人材業界でその名を知らぬ人はいないと言われる転職エージェントの森本千賀子さん。これまで2000件以上の採用サポート支援を実現させてきた。
組織と人のマッチングに情熱を燃やしてきた森本さんは、そのエネルギーを講演やNPO支援などの社外活動でも発揮し、「会社の枠にとらわれず活動の幅を広げることが、人脈や技能を磨き、会社にもより大きな成果を還元できる」と実感してきたという。
2017年春からはパラレルキャリアをより本格化するため、正社員から契約社員へと雇用形態を変更。会社員との兼業・複業モデルにチャレンジするため、自身の会社morichを立ち上げた。サブ的な“副”業ではなく、パラレルにどれもしっかりコミットする“複”業モデルが森本さん流。さらに進化した形として幸福の“福”業モデルがまさに理想形とか。
ただ、兼業・複業スタイルを極めようと契約社員に雇用形態を変更した半年後には「会社を辞めて独立する」という決断に至った。「複業は個人のキャリアを高める魅力的なモデルだけど、働き方改革の過渡期において、複業の現実は決して甘くない。私自身の経験から得た学びを皆さんに知ってほしい」とBIのインタビューに答えてくれた。
聞き手は、森本さんと同じリクルートグループ出身の複業研究家の西村創一朗さん。
これまで約2000人超の転職に携わってきた転職エージェントの森本千賀子さん(左)。リクルートに所属しながら株式会社morichを設立するなど、パラレルキャリアを実践してきた。
西村創一朗さん(以下、西村):もりちさん(森本さんのこと)はNHKのテレビ番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」で紹介されたカリスマエージェントです。放送された2012年頃から社外活動も活発にされ、本業にも相乗効果があったとか。まさにパラレルキャリアの理想形だとご活躍を拝見していました。1年ほど前にお会いしたときには「これから会社を作ろうと思っている」とお話をされていましたね。
森本千賀子さん(以下、森本):自分の知見や経験を会社外で活かしながら、一方でその中で吸収した人脈や知見を本業にフィードバックする。複業は個人にとっても雇い主にとっても価値が高いものだと強く実感していました。自分のスキルが倍数ではなく乗数ペースで高まっていく感覚でした。200枚入りの1箱の名刺が1〜2週間でなくなっちゃうくらいネットワークも広がって。気づけばここ数年は、「何も予定がない日」がないまま走っていました(笑)。
西村:すごいハイペース。さすがですね!
森本:でもそれくらい楽しかったんです。だから、「世の中にこの働き方を発信したい!」という使命感がムクムクと。そのためには私がより責任感を持って複業モデルを実践する必要があると思って、会社を作ろうと決めたんです。
もともとリクルートは申請さえすれば副業はOKで、私の社外活動はずっと個人事業主という形でやってきました。3年ほどやってきて、「森本さんが法人でないと依頼できないんですよ」という事情の取引先が少なくなかったことも、法人化を決めた理由の一つです。
会社設立と同時に、24年勤めていたリクルートの雇用形態を正社員ではなく、より自由度が高い形に変更しようと、会社と相談を始めました。
競業避止で難しい本業との調整
西村:やはり、正社員というフルコミットでは難しい面があったと?
森本:物理的にはとても忙しかったですね。休みなし、毎朝3時や4時起きで1分たりとも無駄にできない毎日でした。外で活動を堂々とやっていくには、会社の仕事も期待値に対して100%の成果ではなく150%くらいの成果は出さなきゃ……という思いがあったので、自分にプレッシャーをかけ続けていたと思います。ただ、精神的にはノーストレス!好きなことをやっているだけなので。
西村:むしろモチベーションの源泉になっていたと。
森本:本業では得られないインプットも山ほど。特にNPOの事業に参加したことは大きくて、収益最大化のロジックではなく、「社会をよくするために」というゴールに向かって難易度の高い問題に立ち向かう経験はすごく勉強になりました。
一方で、社外活動が増えていくにつれ、会社の本業との調整が難しくなってきて。会社との関係もお互いに納得できるものにしたいと考えて、報酬体系を出来高制にする特別契約社員という立場にしていただきました。つまり、固定額と成果配分の割合を、成果配分に比重を置いた方式。気分的には楽になりました。
西村:会社との調整では何が難しかったですか?
森本:一番大きかったのはやはり競業避止。人材関係の会社での講演やサポートは不可となることが多かったですね。退社した後輩の子がベンチャーを立ち上げたときに「私も応援団です!」というノリでFacebookにアップしたことも注意を受けました。私としては無報酬で本当に応援しているだけの感覚だったので。
西村:複業の最大の注意点がまさに競業避止ですが、実際にはトラブルは頻発しているようです。予防策の一つとしてはあらかじめ線引きを明確にしておくこと。例えば会社側が「会社規模の大小に関わらず同業他社の支援はダメ」と明示しておくなど。また当事者が「これ、微妙かも」と迷ったときにすぐに会社に相談できるフローを整えておくことも重要です。
試行錯誤はありながらも、雇用形態を変えて会社に籍を置きながら自分の会社も経営していくというパラレルキャリアを半年間続け、そこから退職、独立に至った経緯を教えてください。
本業とのシナジーを問われるプレッシャー
森本:まず環境の変化としてこの1年の間にリクルートの労務管理の変化がありました。従来はフルフレックスで「労働時間の総量を月間◯時間以内に収めさえすれば、ある程度自由裁量で働ける環境」があり複業と両立させやすかったのですが、社員の健康管理のため深夜や土日に働くことにも非常にセンシティブになりました。リモートワークも結果としてできなくなりました。
西村:リモートワーク禁止は、時代と逆行しているようですが。
森本:(リクルート)ホールディングスとしてはリモートワークを進めているんですが、私が所属していた人材系事業会社は個人情報管理を厳重にする必要があり、基本は禁止に。会社の仕事は会社に行かないとできなくなった。小学校に行ってキャリア学を教えたり、地方創生の仕事で出張したりといった社外活動で平日が潰れると、夜や週末に出社して本業をフォローするしかなくなり。すると今度は「本業の仕事はできるだけ平日にやってほしい」と要請されるようになり……。あと、講演のような個人的活動も少なからず制限されるようになりました。
私の場合、会社と交渉してのオーダーメイドの特別契約社員にしてもらったので、いつも「特別扱いなんだから期待以上の成果を出さなければ」というプレッシャーを感じ、契約社員になっても社員時代とほとんど変わらない量の仕事をこなしていました。社外活動一つひとつも、「本業とのシナジー」はいつも問われている暗黙知のプレッシャーを感じていました。
時間も能力も「全てを捧げよ」感覚が抜けない会社
西村:一般論ですが、会社はどうしても社員個人のリソースを独り占めしたくなってしまうんですよね。フルコミット型の正社員から、担当業務や役割を減らす形の雇用形態に変え、時間ではなく成果への対価報酬を互いに約束したとしても、社員時代の「全てを会社に捧げなさい」という感覚が抜けない。働く時間、能力、時に人格までも管理下に置きたくなってしまう。僕が見聞きするトラブルは、ほとんどがそういった感情のもつれによるものです。
森本:私はリクルートという会社が大好きだったし、会社に籍を置きながら複業できるなら、それがベストだったのですが、どうしても難しそうだと。でも、会社の考えも理解できるんです。時代の潮流も含め、特に上場会社にとっては労務管理は無視できません。
だったらと契約社員という形態もやめて、業務委託のパートナーとして会社と関係性を築き直せないかと提案しました。
西村:特定の業務だけを委託して、その対価報酬だけをいただく形式ですね。最近、増えている複業のワークスタイルです。
森本:ところが、その雇用契約書の内容が想像以上に拘束力が強く、有効期間も想定以上に長いものだったので、熟慮の結果、25年勤めた会社を辞める選択をしました。できるなら大好きなリクルートという会社と二足のわらじで働いていきたかったのですが、契約によって、自身の活動に制約が出てしまっては、本末転倒だと思い……。万全の準備をしての退職ではなかったので、さすがに25年間勤めた会社を退社した日は、すぐ近くのスタバで号泣しました。隣のおじさんから「大丈夫ですか、人生いろいろですよね」って同情されたくらいです(笑)。
会社と社員は感情でつながっている部分が大きい
西村:複業は新しいワークスタイルとして注目されていますが、優秀な人ほど会社は引き留めたいと思うし、その人が築いてきた資産を「はい、どうぞ」と気前よく渡せる会社ばかりではない。でも、本業で築いたスキルや人脈の延長上にこそ個人が社会で活かせるチャンスはあるのだし、これだけ個人がネットワークでつながる時代においては、会社が個人を縛り付けるのも非現実的です。もりちさんの経験は、誰にでも起こり得ると思うのですが、気づきや学びはありますか?
森本:私自身、反省することも多いんです。もっとコミュニケーションをとるべきだったと思うし、西村さんがおっしゃるように、会社と社員の関係って感情でつながっている部分が大きいということを自覚すべきでした。例えばフルタイム社員から業務委託契約という働き方に変えるとしたら、長年勤めた職場ではなく、新しい職場とゼロベースから関係性を築く方がスムーズかもしれません。私がそうだったように、正社員よりも緩い雇用形態に変えたはずなのに「成果を出さなきゃという気負いから、余計働き過ぎる」というパターンもよく聞きます。
西村:複業は決して甘くない面があるということですね。
森本:はい。半面、人材屋の立場で考えると、やはり複業モデルが個人と企業の双方にもたらすメリットは非常に大きいと思っています。本業だけでは知り得ない人や思考に触れて、多様な経験をすることが、職業人として格段に速いスピードで成長させてくれる。
特に、人脈の広がりのメリットは大きい。複業経験で得た人脈によって新たな仕事が生まれて、さらにネットワークが広がって……と3次元的な発展をするのを私自身も実感しました。今の私が笑顔でやっていけるのも、すべて出会いやご縁がもたらしてくれた恩恵です。
自由度の高い契約社員希望が増えている
西村:企業側にはどんなメリットがあると思いますか?
森本:1社で提供できるキャリアチェンジは異動や職種転換ぐらいで限界があるので、複業を応援することは人材育成のチャネルを増やすことになります。「やりたいことが他にあるので辞めます」という社員を引き留められるメリットも大きいですよね。「それ、会社に所属したままやっていいですよ」と言えるんですから。
結果、ロイヤリティも高まるはずです。働く側の価値観もここ数年で急速に変わっていて、「正社員にこだわらない。むしろ自由度が高い契約社員がいい」というリクエスト、すごく増えているんですよ。
西村:もりちさんの最新刊を読んでも、これからは会社の枠を超えて人のつながりをつむぎ出させる人が評価を集めて出世していく、という方程式が見えました。複業は甘くない。それでも、チャレンジする価値はあると思いますか?
森本:もちろんです。社外で活躍すればするほど社内で必要とされる。そんな傾向はますます強くなっていくと思います。今はまだ過渡期で、私みたいに反省しながら学ぶ経験をする人も少なくないかもしれません。それでもやっぱり勇気を出して、情熱を吹き消さずに社外で自身の存在価値を発揮できるサードプレイスを見出だす人が増えてほしい。心からそう思いますし、チャレンジする人を私も全力で応援していきたいですね。
(構成・宮本恵里子、写真:竹井俊晴)
西村創一朗のパラレルキャリア分析
ご自身の体験も踏まえ、「複業のリアル」を語って下さったもりちさん。
複業は、会社の枠にとらわれずに自分がやりたいことに挑戦できたり、本業だけでは得られないスキルやつながりが得られたり、メリットもたくさんある半面、限られた時間の中で成果を出すことが求められ、何より高いレベルでのセルフマネジメントが求められます。本業100%の働き方よりも、間違いなくハードモードな生き方です。だからこそ、失敗や挫折も増えますが、その分たくさん成長できる。
現状に満足することなく、もっと成長したい、挑戦したいという成長意欲の高い方は、ぜひ臆せずにチャレンジしてみてほしいです。
森本千賀子:1970年生まれ。1993年にリクルート人材センター(現リクルートキャリア)に入社。新卒・中途採用など企業への人材戦略コンサルティングを担当し、入社1年目で営業成績トップ、全社MVPを受賞。2012年よりリクルートエグゼクティブエージェントで、経営幹部や管理職の採用支援に従事。3万人超の転職希望者と接点を持ち、2000人超の転職に携わる。1000人を超える経営者のよき相談役として関係を深める。2017年3月、会社に所属しながら株式会社morichを設立。同年9月末にリ社を退職し独立、 All Rounder Agentとして「困ったときのモリチ」の体現を目指す。最新刊は『のぼりつめる男 課長どまりの男』。
Business Insider Japanでは、20代・30代から身につけたいリーダーシップについてのトークイベントを開催します。カリスマリーダーでなくてもチームをつくるための秘訣とは何か? 元早稲田大学ラグビー部監督の中竹竜二さんに、複業研究家の西村創一朗さんが聞きます。
日時は3月1日(木)19時〜21時、場所は渋谷のBook Lab Tokyo(東京都渋谷区道玄坂 2-10-7新大宗ビル1号館 2F)。参加費は3000円(ワンドリンク付き)。ご興味ある方はぜひ下記のPeatixページからご登録ください。