「保育園落ちてもいい」親たち。待機児童の一方で「不承諾通知」歓迎と内定辞退続出の訳

4月を前に保育園入園をめぐり「#保育園落ちた」が今年もTwitter上を飛び交っている。待機児童問題は一向に解決されていない。

一方で、自治体によっては認可保育園の内定辞退は相当量あり「落ちてよかった」と言う声があるのも事実だ。待機児童問題とは裏腹に見える現象の背景には、何があるのか。

子どもたち

待機児童問題のもう一つの顔とも言える「認可保育園に落ちてよかった」現象とは。

「認可保育園に落ちて、結果的に良かったかなと思っています」

1月26日、上野夏実さん(37、仮名)は、東京都杉並区役所からの不承諾通知を受け取った。医療関係の仕事に就き、1歳になったばかりの男の子がいる。

昨年(2017年)秋の認可保育園の募集では、家から通える5つの保育園と2つの保育室を書いて区役所に申し込んだが、全て入れなかった。最初こそ驚いたが、悲壮感は全くと言っていいほどない。

入園不承諾の通知を受け、近くの無認可保育園に電話してみると、4月からの1歳児クラスに空きが出たという。認可保育園に内定した親が、予約者リストからごっそり抜けたのだ。

見学に行き、清潔で明るい雰囲気に入園を決断した。広くて環境がいいと思って認可保育園を望んだが、ここも悪くない。

とりあえず、時短で週2〜3回の出勤で体を慣らしながら復帰しようと思います。もし認可に決まっていたら、すぐに週5日復帰しなくてはならなかったかと思うと、正直きつかった。今ではこれで良かったなと思います

歩き始めたばかりの1歳の息子は、かわいい盛りだ。働きながらも、一緒に過ごす時間も欲しい。

男の子と母親。

認可保育園に入りたいけど、入るのは怖い。

認可保育園は、園庭がある、一定の広さ、保育士の数など国の設置基準をクリアし都道府県知事の認可を受けている。公費で運営され、保護者側にも一定のルールが課せられる。

「週5フルタイム勤務4月入園」で申し込んだのであれば当然、申し込んだ条件での復職が必要なほか、毎年、勤務先や事業の証明書を提出しなければならない。週5で申し込んで「まずは週3回の復職」などは、基本的に認められない。

おかずは3品以上、結婚後に契約社員に

8歳年上の夫は、上場企業の役員だ。仕事は忙しく、子どもが生まれる前から家のことは当然のように上野さんの役目になっていた。

専業主婦の母親に育てられた夫は、上野さんにも同じことを求めた。夫が帰ってきたとき、家はきれいに片付いていないといけない。おかずが3品以上並んでいないと満足しない。

「それが大変で、結婚後に正社員から契約社員になりました。シフト制で仕事量を調整できるので。そのおかげで復職後も柔軟に戻れるのですが」

仕事を辞めるという選択肢はない。難関の資格を取得し、仕事自体は好きだ。いつ何があるか分からないので、たとえ自分一人でも子どもを育てられる経済力を持っていたい。

上野さんの周囲には、同様に認可保育園の入園について「ラフに捉えている人多い」という。

「育休延長できるし、落ちたら落ちたで、また考えればいいという感じです」

保育園に入れなかったという自治体からの「不承諾通知」を会社に提出すれば、法律により育児休業は最長で2年まで(2017年10月以降)延長される。育休中は、賃金の67%(6か月後から50%)に相当する育児休業給付がハローワークから支給される。当面、生活に大きな影響はない。上野さんは言う。

正直、マスコミは保活の大変をあおりすぎでは、と思うこともあります。経済状況にもよるのでしょうが、保育園落ちた日本死ね、というぐらい追い詰められている人は周囲にはいません。むしろ、不承諾通知欲しい、という人はざらにいます

「むしろ不承諾通知を欲しい」という人に対しては、経済的に恵まれ、即座に働かなくても暮らしていけるからこその“贅沢な悩み”という声は大きいだろう。ただ、これもまた保活の一面だ。復職後の仕事と子育ての両立があまりに過酷になることが予想されるために、保育園に子どもを預け、復職することを躊躇う人は確実にいる。「不承諾通知」は職場に対して、育休延長を主張するための材料でもある。

中央線の通勤電車。

仕事は続けたいが、過酷な生活が待っていると思うと怖い。

Reuter/Yuriko Nakao

「地獄のような生活に戻りたくない」

東京都23区在住のIT企業勤務の30代女性は3年前の4月、当時4カ月だった娘の認可保育園の入園申し込みで、「狙いどおり」区役所からの不承諾通知を受け取りホッとした。

申し込める5枠に対し、そもそも1園しか申し込んでいないので「確信犯」だ。会社には「“認可保育園に”落ちた」ことを伝え、育休をそのまま継続した。

一方、認可外の保育園にすでに予約を取っていたため、4月からは娘を週に2〜3回程度、短時間で預けて保育園生活に徐々に慣らした。法定育児休業の期限である、娘が1歳になる11月に職場に戻った。

1歳の4月まで待てば保育園入園は激戦になる。でも0歳の4月入園では娘も小さいし、産後の体で仕事も育児も家事もと抱え込むのは不安。入園月での復職を求められない認可外で、落ち着いて仕事に戻りたかった」と言う。

赤ちゃん

仕事も子育ても家事も、降りかかってくる。

夫は深夜残業が当たり前の職場で、育児も家事も自分一人がやるのは目に見えていたからだ。

「法定休業の1年までには復職しているので、とくに罪悪感はありません」

この女性の周囲でも「あえて不承諾通知はよくあること」と言う。その場合、4月の復職が在園の要件にならない認可外の保育園を確保して「自分のタイミングで復帰する」のが通例という。

次男のときには育休を最長まで延長し、2歳で復職したという杉並区の会社員女性(36)は「時短で復職しても仕事量は変わらず、手取りが減るだけ。フルタイムにせざるを得ない。夜の8時過ぎに保育園にお迎えに行って寝かしつけの後に持ち帰り仕事をして、親子共々疲れ果てる地獄のような生活に、早々と戻りたくなかった」と話す。

保活を長引かせる一因にも

「不承諾通知が欲しい母たちが相当量いるのでは……」という指摘は保育行政の現場からも聞こえてくる。

世田谷区の保坂展人区長は「待機児童問題を必要以上に深刻にさせてしまっている」と、保育園不足が取り沙汰されるのとは裏腹な、ある現象について訴える。

世田谷区では、保育園に入れずに法定育休の延長手続きを行う可能性のある保護者を、年間800人程度と見込んでいる。

保坂区長

保育行政への影響を指摘する、世田谷区の保坂展人区長。

撮影:室橋祐貴

ただその中で、「不承諾通知(入園待機通知書)」の取得が目的と想定される保護者が、最大で年間190人程度いると推定する。複数園の申し込みが可能な入園申込書に、1園のみしか書かなかったり、入園内定通知を出しても辞退をしたりが、その根拠だ。

こうした現状から「不承諾通知目的で申込みしている本人たちに悪意はなくても、結果的に社会に大きな影響を与えている」と世田谷区の担当者は嘆く。

「一人が内定辞退をしてしまうと、本当はそこの保育園に入れた人が入ることができず、他の多くの人も内定先が変わってしまった可能性がある。結果的に、入れなかった保護者が追加募集に応募しなければならなくなるなど、保活を長引かせる原因の一つになっている」


復職後に何が起きるのか

事情あっての「不承諾通知欲しい」や「内定辞退」であったとしても、正確な保育ニーズが不明になるなど、周囲に深刻な影響があるのは事実だ。ただ、その解の一つは、こうした心理に親を追い込む背景に目を向けることにあるかもしれない。

20代30代の女性に向けた情報サイト「ウートピ」の鈴木円香編集長も、周囲で「そこまで認可保育園に入りたくない」現象を目にしたと言う。

その上で「不承諾通知が欲しいワーママ(働く母親)が一定数いることは、一人の母親としてよく理解できます」と言う。

「無事に保育園に入れても、その後の生活が過酷すぎる。たとえ職場の理解があって時短勤務が可能でも、5時にお迎え、夕飯の支度、入浴、寝かしつけを9時までに済ませる生活は過酷です。しかも、それをワンオペ状態でやるとなれば、早晩発狂しそうになるはず。そんな生活に“復帰”するくらいなら、不承諾通知が欲しいというのは、ごく普通の感覚ではないでしょうか」

「これだけ保育園への入園が困難な時代に『不承諾通知が欲しいなんてけしからん!』という反応は容易に想像できますが、ワーママたちが罪悪感を覚えつつもそういう選択をせざるをえない、復帰後の過酷なワークスタイルが現に存在することに、もっと目を向けてほしいと思います」

待機児童問題のもう一つの側面を、あなたはどうみるだろうか。

(文・滝川麻衣子、室橋祐貴、写真・今村拓馬)

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