2018年2月7日未明(日本時間)に初飛行を成功させたFalcon Heavy。
SpaceX
日本時間2018年2月7日午前5時45分、イーロン・マスク氏が経営する米スペースX(SpaceX)社が超大型ロケット「ファルコン・ヘビー(Falcon Heavy)」の初打ち上げを成功させた。ダミーの積荷(ペイロード)として搭載されたのは、同じくマスク氏経営のテスラ社のテスラ・ロードスターと、乗員を模した宇宙服「スターマン」。地球を背景に撮影した映像は、2013年の計画から5年越しの初飛行を鮮烈に飾った。
ファルコン・ヘビーの打上げの様子。開始後30分近辺の、2基のコア機体がほぼ同時に地上へと帰還する様子は圧巻だ。
ファルコン・ヘビーの成功が宇宙ビジネスに与えた影響は、単なる国際的な商業ロケットの競争のみならず、理屈抜きに「格好いい」イメージを作り、宇宙開発を志す人々に希望を与えたという点で計り知れない。
今回は、この打ち上げ成功がもたらすロケット市場への影響と、各国の打ち上げ価格を解説していきたい。
宇宙関係者注目の“格安”打ち上げ「98億円」の意味
地上に帰還したファルコン・ヘビーの2機のコア機体。
スペースX
ファルコン・ヘビーは、同社のファルコン9ロケットで実績のあるマーリン1Dエンジンを9基搭載した「コア機体」を3基束ね、全27基のエンジンで飛行する。その積載能力は、現時点で米国最大級の搭載能力を持つロケットで、文字通り「ヘビー」な期待を背負った存在だった。
もう少し専門的な話をすると、打ち上げ可能な重量は地球低軌道(LEO)に63.8トン、静止トランスファ軌道(GTO、静止軌道を目的とする衛星が利用する中間的な軌道)に26.7トン、さらに火星(!)に16.8トンとなっている。
さらに、ファルコン9で培ったロケット第1段の帰還・再利用技術を踏襲し、再利用、高頻度の運用により価格を抑えることができる。初打ち上げでは、3基の第1段のうち2基は帰還に成功、1基は海上に落下したという。
これだけの能力を持つロケットの打ち上げ費用だが、スペースX自身は価格を9000万ドル(約98億円)と公表している。
スペースXが公表しているファルコン・ヘビーの打上げ価格。
実はこの価格、少々注意して見る必要のある数字だ。アメリカのロケット打ち上げ許認可を管轄する米連邦航空局(FAA)は、毎年2月ごろに年次商業宇宙レポートを発表している。最新版はファルコン・ヘビー打ち上げの翌2月8日に発表された。このレポートによると、ファルコン・ヘビーにはスペースX公表価格とFAA推定価格の2種類があるのだ。
2018年版のFAA商業宇宙レポートによると、スペースXの言うファルコン・ヘビーの9000万ドルとは衛星が利用する軌道(GTO)へ8トンまでの衛星を打ち上げる際の価格だという。搭載能力は8トンを大幅に越えることから、スペースXの公表価格はいわば「量り売り」の価格。全体の打ち上げ価格は2018年版レポートには記載されていないが、2017年版によると1回あたり推定2億7000万ドル(約294億円)となっている。
スペースXの公表価格とFAA推定価格に差があるとはいっても、これはスペースXが商業静止衛星打ち上げ市場(ほぼすべて静止通信・放送衛星)向けの情報を優先して公表いるだけだとも言える。しかも、1機まるごとの価格が重要になる政府系衛星の打ち上げ市場に関しては、この推定2億7000万ドルの価格だとしても、「破壊的」に安価なのだ。
アメリカのロケット調達に与える影響
スペースXはロケット打ち上げ市場でさまざまな相手と競争を繰り広げている。国際的な商業静止衛星打ち上げ市場でも戦っているが、米国内での政府系衛星の打ち上げでも競争がある。
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この分野で現在のライバルとなるロケットは、ULA(ボーイングとロッキード・マーチンによる合弁会社)が開発、運用するデルタ4(Delta IV)だ。デルタ4の中でも最大のヘビー形態では、地球低軌道(LEO)に28.79トン、GTOに14.220トンという打ち上げ能力を持つ。打ち上げ推定コストは4億ドル(440億円)とされている。
デルタ4は「国家のヘビーリフター」といわれ、米空軍の基幹ロケット計画「EELV」の認定を受けている。これまで搭載した衛星には民間の衛星はなく、偵察衛星や早期警戒衛星などの軍事衛星がほとんどだ。2014年には、NASAの次期有人宇宙船Orionの試験飛行を実施した。顧客は空軍とNASAだけ、といって良い国策ロケットだ。
ボーイング、ロッキード・マーチン合弁企業ULAが運用するDelta IV Heavy。
United Launch Alliance
アメリカの基幹ロケットをこれまで主導してきたのは、空軍の軍事衛星打ち上げロケット調達だ。その方針が変化しつつあると言われている。冗長性を重視し、ロケット開発企業を支援して技術や打ち上げ能力を「育てる」ことから、コストを重視して調達する方針になってきた、というのが一般的な見方だ。
長らくEELVの座を担ってきたデルタ4は、コストは高くとも「衛星を静止軌道に直接投入ができる」という、長所を持っていた。だが、今回イーロン・マスクCEOのコメントによると、ファルコン・ヘビーは静止軌道直接投入を目指して打ち上げを行ったという。静止トランスファ軌道という「中間地点」ではなく、静止衛星の最終目的地である静止軌道衛星を送り込めるならば、米基幹ロケットの座は、ついにコスト勝負の時代になったといえる。
そしてもう一つ、政府系打ち上げのライバルとなりうるロケットがある。NASAの深宇宙探査を目的として現在開発中のSLS(スペース・ローンチ・システム)だ。低軌道に70~130トンの打ち上げ能力を持ち、火星有人探査や木星の無人探査を行うことを目的としている。ただし開発スケジュールはたびたび延期され、打ち上げ価格は2012年の時点で5000万ドルと見られているが、サイエンス誌によると10億ドル(約1091億円)に膨らんだという情報もある。
大型深宇宙探査ロケットSLSの構想図。
NASA/MSFC
そうした背景から、米宇宙科学界は今、ファルコン・ヘビーへ熱い視線を送っているという。米科学雑誌サイエンス誌に掲載された記事によると、史上初の冥王星接近探査を達成したニュー・ホライズンズ探査機チームの主任研究員アラン・スターン博士も、ファルコン・ヘビーの能力とコストに期待を寄せているという。
一例として、NASAが2022年頃に予定している、木星の衛星エウロパ探査機「エウロパ・クリッパー」は2022年頃にSLSで打ち上げることになっていた。3.6トンの探査機を搭載するロケットとしてSLSは能力面では問題がないが、開発遅れが続けば間に合わないこともあり得る。また、打ち上げコストが報道通り10億ドルにまで膨らんだのであれば、予算に議会の承認を得られないこともあり得る。
また、NASAは2020年代にハッブル宇宙望遠鏡や後継機のジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)に続く次世代の宇宙望遠鏡「Large UV Optical Infrared Surveyor(LUVOIR)」を検討している。JWSTを越える口径8メートル以上とされる「超大型の科学衛星」の打ち上げ能力をいち早く提供したという点からも、ファルコン・ヘビーへの期待は高まる。
今後は2020年にかけてライバルULAの新型Vulcan、(アマゾン創業者ジェフ・ベゾスの)ブルー・オリジン(Blue Origin)のニュー・グレン(New Glenn)など、搭載能力を大幅に増強した民間ロケットが続々と登場する予定だ。とはいえ、検討対象となる打ち上げロケットとして先行したことは間違いない。
(文・秋山文野)