2018年1月末、アメリカではトランプ政権が連邦政府による次世代無線ブロードバンド網、いわゆる「官製5G」を検討している、という報道が出て、業界で問題になっている。この話が出てきた背景として「中国との競争」が強調されているが、ホンネは「民間業者にやらせて、機器やソフト経由で中国にスパイされる可能性のあるインフラを作られては困る」という警戒感、というのがテレコム業界人のもっぱらの見方だ。
世界的通信メーカーのファーウェイだが、米国市場では存在感が薄い。
REUTERS/Rick Wilking
また1月の前半には、米国政府の圧力により、中国のファーウェイ製のスマートフォンをAT&Tが採用しないことが決定した。
伝統的に、中国に限らず、アメリカのテレコム業界はアジア諸国にとって障壁が高い。日本との貿易摩擦が火を噴いていた1980年代から今に至るまで、FAXや携帯電話機などの端末はともかく、交換機などのインフラ機器には、日本も韓国も全く参入できていない。ファーウェイも、ずっとアメリカの主要テレコム事業者のインフラへの参入を狙って来たが、うまくいっておらず、ソフトバンクがスプリントを買収した際にも、ファーウェイ製のインフラ機器を使うかどうかが問題になった。現在、アメリカで使用されるスマートフォン端末でシェア5位に入る中国製はZTEのみだが、そのシェアもそれほど高くない。
中国最大の通信企業ファーウェイは、そういうわけで今回もアメリカから締め出されてしまった。
アメリカでのスマートフォン市場シェア
出典:https://www.counterpointresearch.com/q2-2017-usa-market-back-to-growth-as-smartphone-shipments-jump-14-yoy/
中国でのスマートフォン市場シェア
出典:https://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=prAP43197917
アメリカではテレコム網が国家安全にとって重要な位置づけにあるため、外国企業にとって参入のハードルが高い業界なのだ。
しかし、それを割り引いて考えても、中国について「あれ?そういえば……」と思ったことがある。アメリカでは、「中国ブランド」の存在感がほとんどない、という事実だ。
別館に「隔離」される中国メーカー
1980年代は日本メーカー、1990年代は韓国メーカーがアメリカに輸出攻勢をかけ、自動車、半導体、通信機器など、いろいろな分野で貿易摩擦が起こった。現在も、アメリカは中国に対して貿易赤字が続き、トランプ氏は大騒ぎしているので、私は「今の中国はかつての日本や韓国と同じ」という感覚をもっていた。
日本も韓国も、当初はチープだけが強みだったが、その後ソニーやホンダやサムスンのように、ブランドを確立してアメリカの消費者の信頼を獲得していった。ところが、すでに中国が経済的にメジャーな存在になってかなり経つのに、アメリカの一般家庭で親しまれている中国メーカーというのは未だにない。ハイアールなどが製品は出しているが、「消費者に広く知られ、親しまれる」というところまではいっていない。
1月初頭のラスベガスで開催された家電ショーCESでは、出展企業のリストを見ると膨大な数の中国企業が出ているのだが、メイン会場でブースを出しているところは多くない。どういうことなのか、と業界の人に聞いてみると、「別館に隔離されていますよ」と教えてくれた。会場南側の屋外スペースに、「デザイン・アンド・ソース・ショーケース」という名称の大きな仮設会場があり、確かにそこに、ものすごい数の小さなブースがぎっしり詰め込まれ、聞いたこともない中国の会社の名前が並んでいた。
CES2018内のロボティクス・エリアでの中国企業の展示
別館以外でも、例えばロボティクス・エリアには多数の中国メーカーが「ペッパー」風のお目々クリクリロボットを展示していたが、アメリカできちんと販売されているものはない。ファーウェイはテレコム業界の人には「世界最大のインフラ機器メーカー」として知られているし、ドローンのDJIもその業界ではトップだが、一般の人には馴染みがない。
電気自動車(EV)関連では、例えば2年ほど前のCESで華々しくデビューし、多額のベンチャー資金とスター従業員を集めて話題になった中国系のファラデイ・フューチャーは、その後資金難や企業秘密に関する訴訟が話題になった(*注)。2018年のCESでも多くの中国系EVメーカーが出展していたが、いずれもアメリカで存在感はまだない。
*注:Business Insider USは、2月13日付でファラデイ・フューチャーは香港の匿名投資家と総額15億ドル(1600億円)の投資契約を結んだと報じている。
アップルなど米国企業の多くは、ハードウェア製品を中国で製造しており、事情は日本メーカーや韓国メーカーでも同じだが、中国勢はこうした「サプライ・チェーン」にいまだにとどまっているケースが多い。
ネット・IT業界でも事情は似ている。中国には多くの強力なネット企業が存在する。
eコマースのアリババ、ゲームとソーシャルのテンセント(騰訊)、検索のバイドゥ(百度)、中国版ウーバーのディディ(滴滴出行)などがよく知られている。しかし、いずれもアメリカではサービスを提供していない。グーグルなど米テック企業の多くは、中国市場から自主的に撤退したり、事実上締め出されていたりする。
ガラパゴス大陸説か社会主義経済の残滓か
CES2018内のドローン・エリアでのDJIの展示
唯一、「資金」としては大きな存在感があり、アメリカの不動産やベンチャーに中国の投資資金がどんどん入っている。また、中国系のAI企業にも多額の投資が集まっており、今後は中国企業がAI分野で活躍するのでは、とも見られている。
こうしたベンチャー投資の統計を見慣れている私は「中国すごい」という感覚がこびりついており、その頭でCESの「別館隔離」や今回のテレコム摩擦を見て、強烈な違和感に襲われたというわけだ。
これはどう考えればいいのだろう。以下は全く私個人の仮説に過ぎないが、頭の体操のネタとして書いてみよう。
(1)ガラパゴス大陸説
10年ほど前、「日本は外界から隔絶されて異種が発達したガラパゴスである」と言われるようになり、スマートフォンでない、日本独特の高機能携帯電話が「ガラパゴス携帯=ガラケー」と呼ばれるようになった。
同様に、中国は自国の市場があまりに大きく高成長が見込めるため、中国企業は自国市場だけで十分で外に関心を持たない、という説だ。日本がガラパゴス「島」に過ぎないのに対し、中国は巨大なガラパゴス「大陸」ということになる。
まるで関心がないわけではないかもしれないが、冒頭に紹介したような米政府のイチャモンをかいくぐる努力をしてまで、アメリカで売る必要はない、そこまで米国市場に魅力がない、ということかもしれない。中国製スマートフォンは、アフリカなど新興国市場には多く輸出されている。
かつての日本や韓国にとっては、涙ぐましい努力と引き換えでも確保したい存在だった米国市場だが、それがなくても十分な規模の経済が見込めるだけの「中国ガラパゴス大陸経済圏」が出現した、という一種のパラダイムシフトなのかもしれない。
その割には、今も中国にとって最大の輸出先はアメリカ、アメリカにとって最大の輸入元は中国なのだ。ちなみに、2016年に中国からアメリカへの製品輸入は4626億ドル、品目としては、電気製品(28%)、機械(20%)が最大で、それらから大きく離れて家具、雑貨、靴などが続く。アメリカから中国への製品輸出は1156億ドルと大幅に小さく、品目は農作物と飛行機が最大となっている(米国通商代表部による)。
(2)社会主義の「供給側論理」説
19世紀のマルクス主義経済の理論は、20世紀に至って出現した、膨大な「消費者」を計算に入れていないことで破綻した。計画経済では、供給側の計画に沿って生産し、たくさん売るために消費者の好みや販売戦略などを一生懸命考えることはしない。
現在の中国はもはや計画経済とは言えないが、こんな「供給側の論理」が先行する思考回路や予算配分の仕組みが抜け切れていないのではないか、という説である。
中国国内ではそれなりにやっているのだろうが、製品の安全性や信頼性を米国の水準に合わせたり、米国消費者に合わせた商品開発やマーケティングをしたり、などという努力が足りないという印象を受ける。これは(1)と合わせて、「たかがアメリカのためにそこまでやるのは面倒」ということになっているのかもしれない。
果たしていつの日か、アメリカでも、ソニーのような中国メーカーが出てくるのだろうか。私にはだんだんわからなくなってきた。
海部美知:ENOTECH Consulting CEO。経営コンサルタント。日米のIT(情報技術)・通信・新技術に関する調査・戦略提案・提携斡旋などを手がける。シリコンバレー在住。