対米経済問題の交渉役か金融問題に大ナタか?習近平の懐刀が復活する理由

中国の経済政策をめぐって、ある人物の処遇が注目を集めている。

国家主席(中国共産党総書記)の習近平(シー・ジンピン)の懐刀として腐敗摘発に名をとどろかせた王岐山(ワン・チーシャン)だ。

2017年10月の党大会で内規に従って年齢を理由に政治局常務委員から退いたが、2018年3月に開かれる全国人民代表会議(全人代、国会に相当)で国家副主席に任命されるのではないかという観測が強まっている。

危機対応の能力の高さから「消防隊長」の異名を取った男の新たなミッションは何か。中国の経済問題に詳しい現代中国研究家の津上俊哉氏が解説する。

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2017年11月に開かれた米中首脳会談。トランプ大統領(左)と固い握手を交わす習近平国家主席だが、両国間にまたがる経済問題の溝は大きい。

REUTERS/Damir Sagolj

10年ごとに3度目の中米経済問題を担当?

各種報道では3月の全人代で、王岐山が国家副主席に任命されるという見方が強まっている。現実にそうなるかはまだ分からないが、もし副主席になった場合、どのような役割を負うことになるのか占ってみたい。

王の名前を全世界に知らしめたのは、腐敗摘発での手腕。「ハエもトラもたたく」と大見得を切ったのは習近平だが、実行役として指揮を執ったのが盟友である王だ。中央紀律検査委員会書記として、習の政敵を次々と摘発。習一極体制確立への露払いをしたといっても過言ではないだろう。

外資系経済紙の報道によると、そんな王が今後中国とアメリカ間の経済問題を担当するという。

振り返れば中米経済問題は、王が副総理時代に担当したことのある分野だ。10年前の2008年のリーマンショックのころ、中国が保有していたファニーメイ(連邦住宅抵当公庫)、フレディマック(連邦住宅抵当貸付公社)の発行債券の債権カットが取り沙汰された際には、ガイトナー財務長官を脅しあげて反対したとも言われる。

そのまた10年前の1998年には、広東省の広東国際信託投資公司(GITIC)の債務不履行(デフォルト)問題で、逆の立場でアメリカを含む海外の金融機関との交渉に当たった。そして今回、三たび中米間の経済問題を担当するのであれば10年ごとの節目に当たるわけで、因縁を感じざるをえない。

2018年の中米経済関係は難航必至だ。トランプは白人労働者を中心とした固い支持者層に「アメリカから雇用を奪った中国」に強い態度で臨むと公約して当選した。2018年10月のアメリカ中間選挙に向けて、彼らに公約を忘れていないところを見せなければならない。習近平もトランプの圧力に簡単に屈すれば、国内のナショナリズムから突きあげを食う。

百戦錬磨の王はそんな難題を任せるのにうってつけだ。米側でその王に相対するのが米通商代表部(USTR)代表のライトハイザーでは力不足だろう。そうなると商務長官のロスが出てくるのかなと考えてしまう。

王岐山

2017年秋に党務を引退した王岐山(中央)が再び表舞台に帰ってくる?

REUTERS/Jason Lee

ただ、貿易戦争といっても、米中両国が本気で殴り合うわけではない。習近平は対米関係を非常に重視している。弱腰は見せられないが、常に穏当な「落とし所」を探すはずだ。トランプもしかり。本気で中国と殴り合う貿易戦争になれば、不安定な政権を下支えしている好調な経済(株価)の腰が折れかねない。北朝鮮問題でも中国の協力が必要な以上、支持者にアピールができれば、それで良しとするのではないか。

不逮捕特権の太子党と対じできる人物

「中米貿易問題の処理」が王岐山の次の仕事だという見方は説得的だが、王岐山にふさわしい、いや彼でないと務まらないと思われる仕事がもう一つある。

2018年の中国経済政策の重点領域である金融の引き締めだ。経済全体で債務が危険な水準まで膨張しているのを減らしていく(デレバレッジする)必要がある。また、リスキーな「*理財商品」を元本や利回りを保証して売ってきた金融機関に対する監督も強化しなければならない。

理財商品:中国国内で販売されている高利回りの資産運用商品

そういう路線は既に2017年夏から始まっているが、それで儲けが出なくなる金融機関は「金融を引き締めすぎると、かえって市場が混乱する事件などを呼び込みかねない」として抵抗しているという。

日本では習近平の権力は確立し、もはや誰も逆らえないと思われているが、経済領域ではまださまざまな抵抗があって、習近平の意のままに事が運んでいるとは言い難い(後述)。特に金融分野は新中国元老の子孫である「太子党」が幅を利かせて隠れた抵抗勢力になっている。「太子党」は血筋のおかげで権力の迫害を受けないことを保障された人々だ。だから同じ太子党である習に逆らうことも恐れない。

金融界の「太子党」はいわゆる4大国有銀行など表立った場所ではなく、これら銀行を顧客とする資産管理会社や投資ファンドといった、奥まった場所に潜んでいると思われる。ときにはそういう会社の経営陣に名前を連ねることさえしないが、「中の人」なら「あの会社は誰某がバックにいる」と分かっている。

こういう特権的抵抗勢力を服従させる仕事は、二つの資格が要る。金融に明るく裏の事情まで知悉(ちしつ)していること、そして「太子党」相手でも気圧されないこと(=自らも太子党であること)だ。

王は妻が元老・姚依林(ヤオ・イーリン)の娘であり、若き日に地方に流されてきた習の兄貴分として面倒を見た経緯もあって、深い紐帯を結んでいる。金融に明るくて胆力もある-今の共産党指導者を見回すと、この仕事も王しか任せられる人はいないのだ。

ダッチロールしてきた経済政策を立て直せるか

中国の経済政策はこの2年半ダッチロール状態にある。2013年春から首相の李克強(リー・クーチャン)の名前を文字った「リコノミクス」で改革路線を打ち出したが、同年6月に過剰融資を引き締めようと金融調節を絞ったところ銀行間金利が吹き上がって、ちょっとした*信用収縮を招いてしまった。

信用収縮:金融機関が貸し出しを抑えることによって、 金融市場に資金が十分に供給されなくなる状態

すかさず「李は経済が分かっていない」という批判の声が沸き上がって、「リコノミクス」は夭折(ようせつ)してしまった。

翌年からは習近平自ら「新常態(ニューノーマル)」というスローガンを掲げて投資・借金頼みの成長からの脱却を目指した。習は2014年、2015年と景気が鈍化しても我慢して成長ドライバーである投資のアクセルを踏まなかったが、2016年に入ると一転、再び投資のアクセルを踏んでしまった。なぜ景気鈍化を我慢できなくなったのか。

最大の原因は2015年6月、中国の株式市場が暴落したり、8月に人民元切り下げ騒ぎが起きたりしたせいで、国外からも「中国経済は大丈夫か」という懸念が強まったことだろう。習はこうした信認の低下がつらかったのだ。

投資アクセルのおかげで、田舎のインフラや不動産などB級、C級の融資先にも金が回ったが、与信したのはノンバンク、しかもその債権は転売されて、レバレッジをかけた上で理財商品として売り出されていると言われる。リスクを煮詰めたような危ない金融であり、IMF(国際通貨基金)も1年前に強い警告を出している。

2期目に入った習近平は、2016、2017年と「投資頼み」に戻ってしまった経済政策をもう一度立て直そうとしており、金融引き締めはそのかなめの政策だ。しかし、「二度あることは三度ある」と言う。2013年、2015年と経済を引き締めようとするたびに何か事件が起きて、引き締めが頓挫してきた。そう考えてみると、目下の金融引き締めに対して「引き締めすぎると、かえって市場が混乱する事件などを呼び込みかねない」として金融業界が抵抗しているのは、事件発生を心待ちにしているのではないかとさえ感じられて不気味だ。

不安定なトランプ政権を尻目に余裕綽々(しゃくしゃく)に見える習近平だが、一皮めくると安閑としていられない現実が待ち受けている。王岐山は昨秋一応引退したが、今後もそんな習を支える役割を担い続けるだろう。仕事は外資系経済紙の報道どおり「中米貿易問題の処理」になる公算が大だと思われるが、個人的には金融に潜む抵抗勢力退治も王岐山が担当しないとうまくいかないのではないかと感じている。(敬称略)

(文・津上俊哉)


津上俊哉(つがみ・としや):現代中国研究家。1957年生まれ。1980年東京大学法学部卒業後、通商産業省(当時)に入省。在中国日本国大使館経済部参事官、通商政策局北東アジア課長などを経て、2012年より津上工作室代表。著書に『中国台頭』『「米中経済戦争」の内実を読み解く』など。

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