1年前の2017年2月10日、保育園に落ちた。忘れもしない、金曜日の昼だった。「日本死ね」とまでは思わなかったが、ガツンと頭を殴られたぐらいのショックはあった。どうする、私。仕事に戻れるのか。まず何をしよう? いったい何から手をつければいい? どうしよう、どうしよう、どうしよう———。
結局、何とか子どもの預け先を確保して仕事に復帰するまで、それから半年を要した。
「保育園、全部落ちたらどうなるか」リアル、私の場合をお伝えしたいと思う。
認可保育園に全て落ちてしまったら、次にどうするか。
撮影:今村拓馬
キャンセル待ち100人
目黒区に住む43歳、会社員。2016年に第1子の長男を産んだ。新卒で入社して以来、20年近く働いてきた勤務先に翌年4月に復職する予定だった。子どもが1歳になるまで一緒にいたい気持ちはあったが、「0歳のうちに預け先を見つけないと、1歳になってからでは間に合わない」と、区役所の人にもワーキングマザーの先輩にも急かされた。なのに、ふたを開けてみたら手にしたのは「不承諾通知」。0歳児で申し込んだって、区が所管する「認可保育園」には入れませんと、門前払いを食らったのだ。
頭の中でぐるぐると「どうしよう」の文字が回転しているような状態で、 まず夫にLINEで結果を伝えた。保活の話でしょっちゅう連絡を取っていたママ友にも報告した。 その上で、とりあえず名前を覚えていた近所の認証保育園に、急いで電話をかけてみた。今からでも申し込みは間に合うかを問い合わせるためだ。
だが、いくつか電話をかけ終わったところで、さらに厳しい現実を知った。どの園の回答も「4月入園の申し込みはすでに終了」。しかも「キャンセル待ちが100人。5月以降に年度途中で入園するのも難しい」「5月になったら、来年4月の分を受け付けるので、その頃お電話ください」。
今からもう、翌年の話……。保育園に落ちるってこういうことなんだ。保活の厳しさは聞いていたが、我が身に起きて、初めて骨身にしみた。
周回遅れのランナー
「保育園に入りたい」人は、だいたいみんな「認可保育園」を希望する。国の定めた基準を満たす保育園で、設備、人員面で充実し、公的助成があるので料金も安い。用地も広く、ご近所との付き合いも長く、ベテランの先生がいる。しかし、圧倒的に数が足りない。
目黒区では2017年2月10日時点で319人の0歳児が入園できなかった。全申し込み723人の44%(2月10日時点)で、前年度より2%増えていた。
次に親たちが頼るのは認証保育園だ。国の基準よりゆるく設定された東京都の基準に準拠し、助成金が出るのでやはり保育料は抑えられている。準備の良い人は、認可に申し込むだいぶ前から、滑り止めとして認証園に申し込んでおく。
ひと家族が何園も申し込むので当然、競争は過熱する。出産を待たずして、妊婦やその夫たちが保活に駆り立てられる。すでに生後半年を過ぎた子どもがいる状態で、認可保育園に落ちてからノコノコと出て行って、認証保育園に電話しているような私は、周回遅れのランナーもいいところだった。
終わったことを悔いても仕方ない。とにかく今は、預け先を確保することが最優先だ。ターゲットは、認可保育園でも、認証保育園でもない、無認可保育園。周回遅れを反省し、気合を入れて保活「第2部」に挑んだ。
認可保育園が一番人気だが、入園のハードルは高い(写真と本文は関係ありません)。
Reuters/Yuriko Nakao
深夜に検索、睡眠時間激減
まず何をしたか。厚労省のHPから保育所一覧表をダウンロード。書かれている住所と最寄り駅から、自宅から徒歩・自転車圏内はもちろん、通勤途中に寄れそうな園を片っ端からピックアップした。夜のうちに問い合わせメールを送った。
作業は深夜だ。当時、生後半年ちょっとだった息子はまだ、一人で遊ばせておくのは難しく、一緒にいる状態ではPCはおろかスマホでも、保活に時間を割くことは難しかった。
厚労省のリストとは別に「保育園 認可外 目黒区」の組み合わせで、ネット検索もした。ツイッターで、保育士の求人募集をチェックすると新設園の情報が分かるという書き込みを見てからは、「新設 保育園」「目黒区 保育士募集」も頻繁に検索した。夫は基本的に朝8時前には家を出て、帰ってくるのは22時を過ぎる。毎日の進捗状況を共有するのも深夜になった。
3月初旬まではそんな風に夜を過ごし、日中は毎週2〜3園のペースで見学に行った。連絡をした保育園は約20園に上っていたが、「入園可能」という園はまだみつからなかった。
育児休業をいつまで延ばすか
2月10日に保育園に落ちたことがわかってすぐ、直属の上司と人事部門の担当者に状況を伝えた。4月1日の復職を正式に断念し、預け先が見つかったらその時点で、4月後半か連休明けからの復職を目指して調整することにした。 だが、3月後半に入っても、預け先は見つからなかった。
保活に感じるのは「徒労感」だ(写真と本文は関係ありません)。
本当に保育園は見つかるのだろうか。このままズルズル休み続けていて、果たして仕事に戻れるのか。不安は膨らみ、焦りは募る一方だった。朝、電動自転車に子どもを乗せて、さっそうと走っていく親子連れがうらやましく見えた。あの子たちは保育園には入れたんだなぁ。いったい私は何をしてるのだろう。
春の空を見上げているうちに桜は咲き、そして散り始め、2016年度は去っていった。
保活を経験して心に残ったこと
あれから1年。私は今、産休前にいた部署に戻ってフルタイムで働いている。年度をまたいで5月に、3月に申し込んでいた認可外保育園に空きが出たのだ。園は自宅から勤務先とは逆方向に、2駅さかのぼったところにある。月13万円の保育料で懐は苦しいが、4月に認可園に転園するまでの、期間限定の出費と捉えて腹をくくった。
自分事として保活を経験し、心に残ったことが3つある。行政や制度への違和感と、待機児童問題に冷たい政治家たち(区長も含む)への怒り、そして、保活そのものへの徒労感だ。
1. 行政や制度への違和感
区役所では、保育園を管轄する窓口の人が平然と、こう言う。
「(認可保育園に入るには)認可外に預けていることが大前提です」
おそらく、窓口に来る親たちによかれと思い、「認可外に預けると認可に入りやすくなる」というアドバイスのつもりで口にしているのだろう。でもちょっと待ってほしい。児童福祉法24条によれば、市区町村は、保育を必要とする子を「保育しなければならない」のだ。そして1歳までの育児休業は、育児・介護休業法が認めている国民の権利だ。
認可に入りたければ「まず認可外に入れ」というのも、「0歳で復職しろ」というのも、公務員の発言として何かおかしくないか。
もう一つは、世帯収入が多いと選考で不利になる規定があることだ。つまり、長時間や時間外の仕事が多かったり、年をとってから子どもに恵まれたりすると、保育園に入れる可能性が低くなる。
なぜ、私たちはそこまでして保育園に入りたいのか。
Reuters/Kiyoshi Ota
納税額によって保育料の負担が変わる制度は理解できるが、なにも門前払いの理由にしなくてもいいのに。私は特別、バリバリのキャリア志向という自己認識はない。任せてもらえる仕事を自分なりに頑張りたいと思ってきただけなのだが、それが子どもの保育園選考で足を引っ張ることになるなんて、思ってもみなかった。
2. 待機児童問題に冷たい政治家たちへの怒り
保活で情報収集をしていると、自治体トップや議会のやる気とセンスがそのまま、制度に反映されていることが見えてくる。役所の窓口でのやりとりが「のれんに腕押し」なのも、制度や仕組みが実態にそぐわないのも、結局、政治の本気が官僚に伝わっていないからではないのか。
大抵のことは人生の糧になると前向きにとらえて生きている。でもさすがに今回ばかりは、何の生産性も感じられなかった。区役所とのやりとりも、保育園にリダイヤルし続ける作業も、保活のすべてが不毛だ。
3. 保活そのものへの徒労感
ではなぜ、そこまでして私たちは保育園に入りたいのか。
働き続けたいからだ。なぜ働き続けたいのか。子どもを育てるにはお金がかかり(この国は教育への公的支出が著しく低い)、寿命を全うするにもお金がかかり(年金が十分に支給される安心感がない)、そして、もし今の職を手放したら、二度と安定した働き口を得られないのではないかと不安だからだ。待機児童問題は、この国が抱えるさまざまな不安の濃縮エキスみたいなものなのだ。
そんな徒労感を背中に漂わせながら、区役所の保育課には今年も、保育園を求めて、赤ちゃん連れの親たちが、窓口に並んでいる。
嶋戸きふう :大学卒業後、都内のメディア企業に入社。地方勤務を経て、現在は医療分野を中心に取材する。