コンピューターを使って人を巻き込む —— 香港の公立中で教える10年後に生きるスキル

さまざまな工作機械が揃った学内のメイカースペースでプロトタイピングをつくる学生。

さまざまな工作機械が揃った学内のメイカースペースでプロトタイピングをつくる学生。

写真:Lok Sin Tong中学校

香港の優秀な公立校、ロクシントン(Lok Sin Tong)中学校では、STEMという新しい教育の考え方を「10年後に活躍できる子どもを作る」学問と位置づけている。

STEM:Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Math(数学)の総称

中学校では高校受験を控えているため、小学校よりも一層勉強については厳しく先生にも生徒にも結果が求められる。ロクシントン中学校では、週2コマの時間割とアフタースクールをSTEMにあて、メイカー教育を推進している。

女性のSTEMはセルフィーと食べること?

2017年11月に、筆者はロクシントン中学校を訪問し、マン・ホーウェイ(Man Ho Wei)副校長に話を聞いた。「STEM教育を成功に導く宣伝戦略」というテーマで話し始めた副校長はまず、「女性にとってのSTEMはセルフィー、ツイート、食べること(Eating)、母親とケンカすること(Mom Hating)」という強烈な「つかみ」から始めた。

ウェイ先生は女性。もちろん偏見から出たジョークではない。子どもが興味のある方向に一緒に進んでいくのが最優先という、前回紹介したバプティスト・レインボー(Baptist Rainbow)小学校と共通する教育方針のために心がけていることを冗談めかして話したのだ。

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ウェイ先生

「イメージを実現するためのプロセスが大事」とさまざまなプロジェクトを紹介するウェイ先生。

香港は「15歳時点での学習到達度調査」(PISAランキング)で世界でも常に上位をキープしているが、中でもトップクラスの学校では通常の科目に加えて、生徒が主体となってプロジェクトを進める教育が実践されている。この学校でも、技術をベースにこれまでなかったものをどう生み出すか、その全体的なプロセスを指してSTEM教育と呼んでいる。

ウェイ副校長は基本的な考え方として以下の3つを掲げた。

  • 出来の良い子どもだけでなく、誰でも平等にチャンスを与える
  • 理論・仮説に基づき、実際の挑戦・行動を通して学ぶ
  • STEMにおいては結果だけでなく、プロセスに注目する

「カエルは虫を食べない」実社会の問題を解く教育

ロクシントン中学校のラム(Lum)校長先生は生物学の博士なので、この学校が取り組むSTEMのテーマも生物に関係のあるものが多い。

学校では亀やカブトガニ、魚など多くの生き物を飼っている。学校で生物を飼うことは、生き物と触れ合うという情操教育的な意味合いももちろんある。

waterproject

水耕栽培プラント。いくつかの器具は生徒が考案したもの。

しかし、香港という狭い地域の中での農業や養殖は事業としても魅力があることも教育の中では強調されている。輸入した方が安いものが多いが、地元で取れた作物や魚は新鮮だ。豊かな香港では今後ますます、価格が高くても新鮮なものが求められていく。

プロジェクトの一つである水耕栽培では作物につく害虫が問題になったことがある。なるべく農薬を使わずに害虫を駆除する方法として、生徒が「カエルが虫を食べるマンガを見たから、水耕栽培プラントの中でカエルを飼おう」というアイデアを出し、2匹のカエルを購入した。

ところが、マンガと実際は違い、カエルはほとんど虫を食べなかった。これでは問題は解決しない。子どもたちは問題を改めて調べなおして、「中国から輸入した苗はたくさん虫の卵がついているが、日本から輸入した苗だとついていない」ことを発見。

苗を買い直して問題を解決した。カエルは相変わらずペットとして学校で飼っている。

10年後に役立つスキルを学ぶ

ロクシントン中学校では、学内にあるメイカースペースという工房のような場所で電子工作をする子どもたちも多い。技術を教える教師らも、3Dプリンタやマイクロコントローラ、センサーなど、最近のメイカー向けツールに関心を広げ、実際に学校でも使えるようにしている。

教師も興味の範囲を広げ、学びなおす必要があります。今はスマホのメッセンジャーなどでいつでも子どもや両親から問い合わせがあり、中学校の先生は24時間の仕事になっているので、大変ではありますが……」とウェイ副校長は語る。

classroomdesks

プロトタイプを作る場所は机がチームごとに向かい合うように配置されている。チームで問題を解くことの重要性を意識していることが窺える。

一概にメイカー教育といっても、農作物を育てる、ビジネスアイデアコンテストにチャレンジするなどの技術的な科目もあれば、音楽や美術などの表現の割合が強い科目もある。

ウェイ副校長は生徒は自分の興味のあることを学ぶべきだ、と話す。冒頭で、女性の場合、食べること、セルフィー、ツイートから、と話したのは、そうした理由からだ。

全体の20-40パーセントほどの生徒は技術関連の活動が好きで、進んでやろうとする。15%ほどの生徒は技術よりも音楽や美術を好む」と触れて冒頭のジョークの種明かしをした。

「この中学校で学ぶ子どもたちが社会に出て行くのは10年後。10年後に役立つスキルだと思って、週に40分の授業を2コマとアフタースクールをSTEMほかプロジェクトベースの教育にあてている。嬉しいことに何人もの子どもたちが、アフタースクール含めて自分の興味ベースのプロジェクトに時間を使ってくれている」

工作を例に取っても、目的を持ったプロジェクトが多い。下の写真は香港の青少年科技創新大賞(テクノロジーイノベーション大賞)で1位を取ったプロジェクトで、独居老人の安全対策をするものだ。香港では一人暮らしの老人が多く、ガスをつけたまま外出することによる火事が問題になっている。

メイカースペース

ロボット、テスター、半田ごてなどが揃ったメイカースペースには、青少年テクノロジーイノベーション大賞で1等を取った作品が展示されている。

ドアを模した箱についているマイコン(Arduino)が、ガスのオンオフを検知し、オンになっているにもかかわらずドアが開くと、音声で「ガスがついています、外出しないでください」とアラートを鳴らす。しばらくたってアラートへの反応がないと、ガスを自動で消してしまう。

このコンテストへの応募も、生徒が主体的にどのコンテストにどういう作品を出すかを決め、放課後を使って完成度を上げていったという。コンテストに挑戦するのも、「目標を持って、そこにどうやって近づいていくかのプロセスが大事」(ウェイ副校長)なのだという。

プログラミングを使って何をするかが大事

ラテの上にココアパウダーで絵を描くプリンター

ラテの上にココアパウダーで絵を描くプリンター(上)。これも学生が作ったもの。こういう遊び心あふれるプロジェクトもある。

ウェイ先生は、STEMを「メイカー教育」とよく言い換える。クールなテクノロジーへの愛、手を動かして実際に作ること、それをシェアして仲間を増やし、みんなで作り上げること、社会の中で必要なものをデザインすること、メイカーにはSTEMのすべてが詰まっているという。前回のバプティスト・レインボー小学校でも、案内してくれたクリフォード教授も、STEM=メイカー教育という言い換えは共通している。香港では一般的な考え方なのだろう。

日本でも、プログラミング教育について触れた学習指導要領に「児童がプログラミングを体験しながら、コンピューターに意図した処理を行わせるために必要な論理的思考力を身に付けるための学習活動」とあるが、ここからは「自分とコンピューター」という一対一の形をどうしても想起してしまう。実際にこの文章は「プログラミングを子どもに教えよう」と解釈されることが多い。

ウェイ先生がコンピューターやメイカーを語るとき、具体的なアプリケーションの使い方や機能に触れることはほとんどない。それは道具として絶対に必要だが、身につけるべきなのはさらにその先にある「コンピューターを使って人を巻き込む」「コンピューターを使ってデザインを形にする」スキルだ。

ウェイ先生が21世紀のスキル「コンピューテーショナルシンキング」の要素として語っているのは以下の4つだ。

  • コラボレーション
  • コミュニケーション
  • クリティカルシンキング
  • クリエイティビティ

ウェイ先生

「メイカー」にはSTEMのすべてが詰まっている。

こちらは「コンピューター的思考」というよりむしろ「ネットワーク的思考」や「インターネット的思考」と訳を当てる方がしっくりくる。

シンガポールや香港では、「メイカー」という言葉は作るという行為を越えて、プロデュースやプロモーションを内包している。そして、それが21世紀のスキルであるとされている。

(文・写真、高須正和/編集、西山里緒)

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