海外、子会社、外部 —— 2018年度新社長人事を理解する3つのキーワード

2018年度の新社長人事の発表が相次いでいる。「サプライズ人事」「順当人事」などとくくられて評されることも多いが、内実はさまざま。そこで注目を集めたトップ人事を総括する。

浮かび上がったのは、「海外」「子会社」「外部」という3つのキーワードだ。そこで重ねた実績が、人選の鍵となった。

ソニー次期トップの課題はソニーへの期待の高さ

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平井一夫氏(左)から吉田憲一氏へのソニーのトップ交代は現路線の継承を意味している。

撮影:小林優多郎

世間ではサプライズを持って受け止められたソニーのトップ人事。4月1日付で平井一夫社長兼最高経営責任者(CEO)が会長に退いて、後任に吉田憲一副社長兼最高財務責任者(CFO)が就く。しかし、本当のサプライズ要素は、過去最高益が見えてきた2018年3月期で平井氏がすっぱりと6年で退くタイミングであって、人選ではない

実際、吉田氏の実績は証明済みだ。平井体制下でCFOとしてパソコンや電池といった不採算事業の売却を進める一方で、テレビ事業の黒字化にこぎつけるなどソニー復活のシナリオライターだった。その意味で「平井路線を踏襲する堅実路線を選んだ」(証券業界関係者)というのが周囲の見方だ。

異色と言えるのはその経歴。子会社のソネットに転出して上場を果たすなど経営手腕を発揮。その実績を買われて業績不振にあえぐ平井氏率いるソニー本体に返り咲いた「出戻り組」である。昨今話題のプロ経営者ではないものの、グループ内にプロがいたといってもいい

吉田氏とっての課題は、世間の求める「ソニーらしさ」というハードルの高さだ。ソニーが再び世界を魅了する商品を世に送り出すことができるのか、吉田氏の真価が問われる。

JTは若返り、グローバル人材を舵取りに

JT・寺畑正道氏

JTの新社長となった寺畠正道氏は、若さで舵取りを担う。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

大胆な若返りで世間をアッと言わせたのはJTだ。

2018年1月1日付で52歳の寺畠正道JTインターナショナル(JTI、本社・スイス)副社長が社長に就任。財務担当や総務・企画担当の枢要な副社長ポストにも50代前半を充てるなど、経営陣を大幅に刷新した。

しかしこれも、JTにとっては必然の人事かもしれない。紙巻きタバコの国内市場が縮小する中で、海外市場の開拓や電子タバコなどの次世代タバコの拡販に力を入れざるを得ないからだ。

海外統括子会社であるJTIは、JTが海外でM&A(合併・買収)した会社のいわば“総司令部”であり、グローバルでの経験を積んだ寺畠氏を起用し、若手経営陣を登用することは、JTの直面する課題の大きさゆえといっても過言ではない。今後はJTのトップはJTI経由というのが定着するかもしれない

本当のサプライズだったみずほFG

みずほ

みずほFG社長は、旧興銀組の佐藤康博氏(左)から坂井辰史氏に。証券トップを後任に据えるのは、かつて投資銀行を目指した興銀の宿願なのか。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

その意味で金融関係者もマスコミも本当のサプライズだったのが、みずほフィナンシャルグループ(FG)だ。

みずほFG社長に就いて7年弱となる佐藤康博氏が4月1日付で会長に就任し、後任に坂井辰史・みずほ証券社長が昇格する人事は「FG副社長という声はあったがトップになることを予想していた人は、内部でもほとんどいなかった」(みずほ関係者)と口をそろえる。

ほかに有力候補者はいたが決め手となったのは、坂井氏がみずほFGにとって生き残りに不可欠な海外業務と証券業務に精通していること。「プレゼンテーション能力が高く、説明もクリアで声も大きい」(別のみずほ関係者)など、佐藤氏好みの“胆力”も評価されたポイントとみられる。

坂井氏が佐藤氏と同じ旧日本興業銀行出身であることから、院政を敷くのではないかという見方もある一方で、佐藤氏自身は「性格からいってあっさり引くのではないか。むしろ会長として対外的な活動に精を出すのでは」(先述のみずほ関係者)とみる向きもあり、判断を下すにはまだ時間が必要だ。

岡藤・伊藤忠、永守・日本電産の2人のカリスマの決断

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CEOとして事実上、“続投”する伊藤忠商事の岡藤正広氏。バトンタッチをどうするかはカリスマゆえの悩みだ。

REUTERS/Yuya Shino

院政ならぬ事実上の“続投”となったのが伊藤忠商事。慣例の6年を超えて8年目に入った岡藤正広社長の去就は商社を越えて注目が集まっていたが、4月1日付で次期社長に選んだのは、ダークホースともいえる鈴木善久専務。関連会社ジャムコに転出し、社長を務めた後、伊藤忠に戻った。岡藤氏自身は会長兼CEOとして、懸案の中国への巨額投資案件などに当たるという。

社長在任中に業界2位に引き上げた岡藤氏の手腕は誰もが認めるところ。それが株価さらに押し上げた「岡藤プレミアム」と呼ばれるゆえんだが、退任時期を誤ると「岡藤リスク」となってのしかかる。トップの出処進退の難しさを物語る。

同じく経営カリスマとして、トップの若返りを公言していた日本電産の永守重信会長兼社長は、6月20日付で会長兼CEOに就き、社長の座を吉本浩之副社長に譲る。

伊藤忠と構図は似ているが内実は非なるものだ。吉本氏は3年前に日本電産に入社したばかりで年齢も50歳と若い。その前は日産自動車で海外子会社の社長を務めるなど“他流試合”での実績は十分だ。ドラスティックな人事は、次々に買収を重ねて経営を立て直すことによって成長してきた永守流の猛烈な経営戦略にも通じるところがある。完全交代にはまだ時間をかけるが、創業社長がプロに託した形といえる。

日本電産・永守

日本電産を世界一のモーターメーカーに育て上げた永守重信氏(中央)。明け透けな物言いは数少ない個性が光る経営者だ。

REUTERS/Yuriko Nakao

こうした「サプライズ組」がある一方で、公益企業は比較的、「順当人事」が目立つ。事業の性格上、変革より継続性が求められるからだ。

東日本旅客鉄道(JR東日本)、東海旅客鉄道(JR東海)は、それぞれ深沢祐二副社長、金子慎副社長が4月1日付で社長に就任。ともに事務系副社長で人事や企画に通じるなど、本流を歩んだ手堅い人事といっていい。

むしろ一部で関心を集めたのは、JR東海の「天皇」といわれた葛西敬之名誉会長が代表権を返上すること。安倍晋三首相との距離が近い大物財界人だけに、ひとつの時代の終わりを感じさせる。

東京ガスやKDDIの4月1日付のトップ交代も驚きはない。電力・ガスの自由化競争の真っただ中にいる東京ガスの社長に就任する内田高史副社長は、電力・小売部門トップの経験者。携帯電話事業が頭打ちのKDDIの社長に就く高橋誠副社長は、次の中期経営計画の立案を委ねられた。いずれも、会社の喫緊の課題に対処するためのスムーズなバトンタッチを図ったといえる。

東芝CEOに招かれたメガバンク出身の“豪腕”

最後に不祥事企業の人事にも触れてみよう。

まずは、リニア中央新幹線の建設工事の談合事件に絡み、白石達社長が引責辞任することを発表した大林組。後任には3月1日付で蓮輪賢治専務が昇格するが、白石氏自身が10年前に談合事件を受けて就任した経緯があるだけに「またか」という声は根強い。

ゼネコン業界の中では「今度、談合で摘発されたら潰れる」(ゼネコン幹部)という危機感を抱いていたはずだが、負のDNAはまだ断ち切れていなかったというわけだ。内部昇格する新社長はこの上なく重い課題を背負うことになる。

対照的に外部の人材を招いて抜本改革に挑むのが、不正融資問題に揺れた商工中金だ。

3月27日付でプリンスホテル取締役の関根正裕氏を社長に招く。関根氏は旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)時代の1997年、総会屋利益供与事件で銀行が組織存亡の危機に立たされた際、広報として奔走。その後、有価証券虚偽記載で上場廃止となったプリンスの親会社、西武鉄道に移って再建に尽力してきた。商工中金トップは経済産業省OBの天下りポストだったが、不祥事続発に業を煮やした官邸が人選した結果、危機管理のプロとして関根氏に白羽の矢が立った格好だ。

東芝

迷走が続く東芝に“豪腕”バンカーが乗り込んでくる。危機感が希薄だった東芝の企業体質を変えることができるか。

撮影:今村拓馬

社長人事ではないが、不正会計問題で上場廃止の瀬戸際に立たされていた東芝も、外部の血を入れる。4月1日付で元三井住友銀行副頭取で英投資ファンド、CVCキャピタル・パートナーズ日本法人会長の車谷暢昭氏を会長兼CEOとして迎え入れるのだ。

車谷氏は「一時期、三井住友銀行の頭取候補にも挙がった人物」(三井住友銀行関係者)であり、金融界では知らない人はいない。2011年の東日本大震災後の東京電力の緊急融資をめぐっては銀行団代表として交渉に当たり、救済スキームをまとめ上げた豪腕ぶりは有名だ。今度はその豪腕を東芝再建にどう振るうのか、目が離せない。

いずれにしても経営者の最終評価は退任時や、場合によっては数年たって固まるもの。選任時がサプライズだろうが順当であろうが、あるいは下馬評が高かろうが低かろうが、結果を見せることが全てなのは間違いない。

(文・田中博)

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