創業5年で90万以上の事業所が導入し、クラウド会計ソフトでトップシェアを誇るfreeeが、金融機関と連携し、本格的な中小企業の経営支援に乗り出している。日本企業の99.7%を占める中小企業(スモールビジネス)のサポートで目指すのは「誰でも簡単にビジネスができる社会」。代表の佐々木大輔を東京・五反田のオフィスに訪ねた。
スモールビジネスを応援する先にある世界とは。
「一緒にヤマダ電機にパソコン選びに行ってほしい」
石川県の北國銀行では、取引先の地元企業の90歳の経理担当といったような高齢者から、経営支援の担当者にLINEメッセージが来たりする。
パソコン購入の目的は、インターネットバンキングやクラウド会計ソフトのfreeeをはじめとした、ITツールを使うことだ。
IT導入による業務効率化に力を入れてきた北國銀行は、2015年にfreeeと業務提携し、取引先の地元企業に会計ソフト「freee」の導入を進めてきた。パソコンすらない取引先も珍しくはない。時には取引先のIT化を支援するサポートチームをつくり、パソコンの機種選びから付き合う。
通常、銀行の担当者は月1回、取引先の財務状況をチェックする。しかし、freeeとのデータ連携があれば、いつでもリアルタイムで財務状況が把握できる。 必要な経営情報の収集・分析のコストを大幅に削減し、より踏み込んだ経営アドバイスに注力するのが目的だ。
北國銀行はの担当者は「業務の効率化と情報共有が進み、freeeを介して取引先や税理士との関係が深まっている」と話す。
freeeが金融機関と連携し、中小企業の経営支援に乗り出すのは、日本の産業構造の課題がそこにあると考えるからだ。
同じ課題意識の地銀と連携
「よく、日本は先進国の中で生産性が低いとされますが、その原因はほぼ中小企業です。大企業で(海外との)生産性の差はそんなになくて、中小企業の差が圧倒的に大きい」
「スモールビジネスからイノベーションは生まれている」
そしてその大きな要因は、IT化の遅れにあると、佐々木はみる。
同じ課題を感じて銀行業務のIT化に力を入れて来た北國銀行との連携は、話が早かった。今、同行は、freeeのデータを活用した業務改善コンサルや、創業融資、支援ツールの共同開発も手がけている。
創業当時こそ「財務データをクラウドに預けるのは怖い」「新しいものを覚えるのはかえって大変」など、消極的な声も多かったが、そこから5年。
「当時とは全然違うステージにいる」(佐々木)と肌身で感じている。
フィンテックに乗り遅れることに危機感をもつ金融機関は増えた。現在、地銀を中心に23の金融機関との戦略的連携をしている。
クラウド会計ソフトで知られるfreeeだが、見据えるのはその先だ。
「誰でも気軽に小さいビジネスを経営できるようにしたい。スモールビジネスは、世の中全体に対するいい刺激です。グーグルも、YouTubeやGoogleMapなどほとんどの新規事業は、小さなビジネスを買収している。イノベーションはスモールビジネスから生まれています」(佐々木)
ビジネスの種はグーグルで閃いた
freeeの誕生もまた、スモールビジネスの成長ストーリーだ。
2000年代初頭、データサイエンス好きの学生だった佐々木は、データ分析のIT企業でインターンをしていた。卒業後は博報堂に入社するものの、「ベンチャーに比べて絶望的にゆっくりだ」と感じて転職。20人程度のスタートアップのCFOを勤める。そこで経理担当の仕事に違和感を覚える。
「経理担当が1日中、入力の仕事をしている。本来やるべき財務の分析にまで手が回っていない」
グーグルでの経験が、起業に駆り立てた。
/Reuters
請求や銀行振り込みも含めてお金の管理を一つの会計ソフトでできれば、入力手作業はなくなるし、リアルタイムで経理の状況がわかるはずだ。 しかし当時、そのシステムを購入するには「安いもので数千万円」(佐々木)という世界。
小さな会社にはとても手が出なかった。
その後、佐々木はグーグルで中小企業向けのマーケティングを担当する。起業家風土のあるグーグルでの経験が「ビジネスの種」を育てることになる。
「会ったことはないのですが、インスタグラムの創業者が同じグーグルのマーケティング組織にいました。彼はグーグルへの提案がはねられて、頭にきて辞めて会社を作ったという。その逸話をふと思い出して、なるほどそういう手もあるかと」
会計ソフトのビジネスをやりたいなら、自分で作ればいい。プログラミングの本を買って、会社勤めの傍ら毎日朝と夜にコードを書く勉強を始めた。
その後、Facebookで一緒にビジネスを始める仲間を呼びかけ、手を挙げたのが、今の共同創業者だ。
「2人でやればなんとかなるんじゃないか」
2012年7月、freeeが生まれた。
挑戦しない国
freeeの普及はちょうど、多様な働き方への関心の高まりと重なる。
フリーランスや副業で、スモールビジネスに挑戦する機運は高まりつつあるようにも見えるが、国際的に見れば、日本で起業する人の割合は著しく小さく、大企業信仰も依然として根強い。
日本では起業に挑戦する人が少ない。
出典:中小企業庁
「挑戦する人が少ない。高校生の将来なりたい職業の1位が公務員という国ですから」
産業の新陳代謝を起こすスモールビジネスの活性化ための「必要な要素」について、佐々木は3つをあげる。
1.雇用の流動化
グーグルでは、起業に失敗して戻ってくる人材は珍しくなかった。
一方、日本では「一度辞めたら戻ってこられない企業がたくさんある。雇用の流動性によって新産業に常に人が移り、新しいパーツとして稼働していく。起業が普通の選択肢になればいい」
2.ネットバンキングの普及
「インターネットバンキングの利用率が低い」ことは、誰でもビジネスできる環境整備の足かせとなっているとみる。調査データなどから、その利用率は「地方だと2割程度」。「8割の人が銀行まで行って振り込みするのは、国全体としても大きな損失」と指摘する。
3.女性の社会進出
スモールビジネスの活性化には「女性の社会進出」も必須だ。
「日本の家族モデルとして、35歳子ども2人、奥さん専業主婦というようなモデルは根強い。これだと絶対起業はできないし、転職もできない。おそらく人生ロックインです」
共働きをしやすい環境は重要だ。「そうしないと、リスクを取れる人が増えません」
昼時のオフィスは、思い思いの時間を過ごす社員の活気にあふれていた。
世界を変える技術でなくとも
freeeのユーザーには、インターネット上で影響力を持つインフルエンサーもいれば、地方在住の高齢の経営者もいる。
「起業家には、戦後、東京に出てきて男性美容師だけを集めた美容室を開いて、地域ですごく繁盛した人もいます。これだってすごく面白い重要なイノベーションです」
世界を変えるような革新的技術でなくとも、こうしたスモールビジネスを営む人たちが活気づけば、世の中は変わる。
「大企業も刺激されて、社会全体のイノベーションのサイクルが圧倒的に早くなっていくし、いろんな価値観が許容される世の中になっていく。スモールビジネスは発言自由ですから」
そこに広がるのは、今よりずっとフリー(freee)な社会であるはずだ。(敬称略)
(文・滝川麻衣子、写真・今村拓馬)
佐々木大輔:freee代表。2002年、一橋大学商学部卒業。在学中にITリサーチ会社でインターン。卒業後は博報堂でマーケティングプランナー、投資ファンドの投資アナリスト、ベンチャーCFOを経て、2008年グーグル入社。日本とアジアの中小企業向けマーケティング統括を担当。2012年7月にfreee(旧CFO株式会社)を設立し現職。
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