夜な夜な一人でスナックを訪れる女性が増えている。夜の社交場を安全な心の拠り所にしてほしいと、女子向けスナック講座もあるほどだ。
女性たちはなぜスナックに足を運ぶのか。「みんな甘え下手になってんだよ」、女性たちはスナックのオーナーのそんな言葉に真剣に耳を傾ける。
スナックの店内は、女性でいっぱいだ。女性たちがスナックに導かれるわけは。
2018年2月上旬、赤坂駅から歩いて2分、いくつかのスナックが入るビルにたどり着いた。恐る恐る地下に降り、「スナック玉ちゃん」の扉を開けた。土曜日の夕方というのに、店内は若い女性たち約30人で、すし詰め状態だ。
「スナックって、こんなに温かいところなんだ」
ニットにパンツ姿の会社員女性(35)は、友人に連れられ、この日、ほぼ初めてスナックを訪れた。「毎日が職場と家の往復。普段は一人で入れるビアバーとかでサクッと飲んで帰るけど、温かくしてくれる人と喋れたらいいな」とほろ酔いで話す。
友達や家族ではダメ?と聞くと、女性は「悩みを相談するのは、いつも決まった友人で、同じことを言ってくれる。友人の話も聞く側に回っちゃって。だからと言って、ネットに書き込むのもって」とつぶやく。悩みは?の問いに、「結婚をしないと、ずっと結婚のことを考えてしまうじゃないですか」と女性は明るく話す。
熊本県とスナック玉ちゃんの共同企画のため、期間限定で「スナックくまちゃん」として営業した。
女性の仕事は「いつもパソコンに向かう業務」。社会人経験を重ねるにつれ、新しい出会いはなくなった。たまに出会ったとしても同じような境遇の人たちばかり。
「全く知らない他人の話を聞きたい。普通の場でそういう人と接点がなくて、軽く相談に乗ってくれるところがほしい。想像もつかない人生を歩んでいる人の話を聞きたいし、ざっくばらんに話をしたい」と他人を求める。スナックの重い扉を開けないと言えないこともある、そこでママや良いおじさんに会うと希望になるという。
見知った仲はかえって気を遣うのか、「『甘えられない人が多い』というのは、まさに。みんな、居場所を求めているんだと思う」。
「ママに心のトリミング」
スナックの教科書なるものも登場。教科書を読み込む女性たち。
この日、スナック玉ちゃんに女性たちが集まっていたのは、「スナック女子入門講座」が開かれていたためだ。定員25人の枠が埋まり、増席して29人の一般の参加者とママらが集まった。
講師は、スナックのオーナーでお笑いタレントの玉袋筋太郎さん(通称・玉ちゃん)と、“スナックライター”の五十嵐真由子さん(42)。玉ちゃんは、こう切り出した。
「SNSで生きてる皆さま、あえて、スナックネットワークサービス(SNS)を語りたい。クリックより、スナックじゃないですか」
「みんな甘え下手になってんだよ、腹見せると楽よ。ママはプロだから。トリマーとしてはプロだから、心のトリミングをしてもらうっていうか」
余計なつながりがない人の方が気楽
スナック玉ちゃんのママ・沙那さんは24歳。
会社員の女性(32)と講座に参加した女性は、玉ちゃんの考えに共感する。
「腹を見せられない。働く女性が自分をさらけ出して飲む場所がない気がする。帰り道に、コンビニで1人でご飯を買って、という生活も恥ずかしい」
友人の女性は「十分にさらけ出しているよ」とツッコミを入れたが、「コアな部分は、逆に余計なつながりのない人の方が気楽なんじゃないですか」と理解する。
初めてスナックに来たという30代の女性もこう語る。
「知らない人の方が、友人に言いにくいようなことを言えるし、友人だと正直にアドバイスをしてくれない」
またスナック歴5年の女性(大阪府出身)は「都会では言えない悩みを、地方出張でスナックに行ったときに、ぽろっと言ってしまう」
それぞれがゆるいつながりを求め、支えられるようだった。
講座には50代の主婦らの姿もあった。
主婦の女性(59)からは「親、きょうだいが亡くなり、子どもはパートナーもいて人生もある。主人は働いていて、奥さんの話は聞かないじゃないですか(笑)。家にいても話す相手がいない」
そんな切実な声が聞こえた。
減る社内コミュニケーションの代替?
講師の五十嵐さんは、近年、都心のスナックで、女性を見かけるようになったという。ママから「1人で来る女性が増えた」と聞くようにもなった。肌感覚でスナックを愛用する女性が増えているように感じている。
「30代、40代になると、鎧を着てしまい、今さら自分をどう解放したらいいか、わからなくなっている。スナックはその手ほどきをしてくれ、解放できる現実の世界」
さらに、働き方改革により、「残業をせずに生産性を求められるので、社内のコミュニケーションが減っているんじゃない」と加える。
五十嵐さん自身は元楽天の社員だった。当時は「部下を育てるには威厳を保たないといけない。家庭では女性、妻と見られ、夫も仕事をしているので、仕事の弱音を吐きにくい」という経験をした。そこで頼ったのが「人生の大先輩がいるコミュニティー」のスナックだった。「お客さんが向こうから自分をさらけ出してくれるので楽だった」。通い出して10年になる。
最近では都内に女性専用のスナックが出現。今回は、スナックと自治体が初めてコラボした、熊本県との共催講座。熊本県は、経済的に余裕のある40代男性に県をPRしようと、スナックを拠点に選んだが、「予想外に女性が多かった。女性は発信力がある」(県広報)とうれしい結果に。講座には、「ブームに乗って、スナックを始めたい」という女性もいた。
じわじわと増えるスナック女子向けに、五十嵐さんはスナック入門書とも言うべき教科書を作った。教科書によれば、
- 扉の前やダクトの近くで耳を澄まし、中から聞こえる歌声で客層の年代を判断する。
- 勢いよく扉を開けると、鈴がなるお店があるので、そっと開けて、店内の様子を見る。
などがポイントのようだ。
講座は熊本県との共同企画のため、店内には、くまモンもいた。
「スナックには、こうならないと、他人からこう見られないと、という縛りはない。マイクを持つとみんな壊れますから(笑)」と五十嵐さん。
スナック(バー、キャバレー、ナイトクラブ)の店舗数は、総務省の経済センサス基礎調査によると、2009年から2014年に2割が閉鎖した。一方、カラオケ白書によると、業務用のカラオケの台数は、カラオケボックスよりも「酒場市場」の方が導入台数が多い。講座には市場規模を拡大しようと、カラオケメーカーの関係者らも営業に訪れていた。
しかし、女性たちはそんな心配をよそに、講座の終盤になると、マイクを奪い合うように、「異邦人」など、昭和の歌謡曲を次々予約し、客が一体になって曲の世界を作り上げていた。
「すごいな、女性は。ここで歌えって言われても歌えないよ」
女性とは裏腹に、男性たちが店の脇でぼそっとつぶやいていた。
(文、撮影・木許はるみ)