三菱重工業社長の任期は5年というのが慣例である。それに従えば宮永俊一社長は4月1日付で後継者にバトンタッチをするはずだったが、異例の6年目突入を決めた。「経営不振に陥った同社の再建に道筋を付けるため、余人をもって代えがたかった」と解説する向きがあるが、事態はより深刻だ。
幻と消えた宮永CEO、安藤COO
交代が予想される中で続投を表明した三菱重工の宮永俊一社長。
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三菱重工関係者によると、同社には新たにCEO(最高経営責任者)職とCOO(最高執行責任者)職を作り、会長兼CEOに宮永氏が、社長兼COOには子会社の三菱日立パワーシステムズ(MHPS)の安藤健司社長がそれぞれ就くという人事案があったが、幻に終わった。その理由をこれから解き明かそう。
2月6日の2017年度第3四半期決算発表。三菱重工はあらかじめ、記者会見に宮永氏が出席すると発表していた。一般に、大企業の決算発表で社長が出席するのは通期決算と第2四半期決算である。「途中経過報告に過ぎない第3四半期決算発表に社長が出席するというのは、トップ交代を発表するからではないのか」。事前にメディアはそう色めき立ったが、実際の記者会見で宮永氏は続投を宣言。「今は大きな問題に会社全体で取り組む『戦闘状態』にある」と語り、ここで自身が戦線離脱をするわけにはいかないとした。
「大きな問題」とは言うまでもないだろう。火力発電設備と造船という2つの主力事業が振るわず、さらに鳴物入りで取り組んできた航空機事業がまさに鳴かず飛ばずという現実だ。
特に厳しいのが火力発電設備を手掛けるパワー部門。売上高全体の4割を占める主力事業だが、2018年3月期の受注見通しは1兆4500億円と、前年同期実績より2700億円以上も減少する。三菱日立パワーシステムズは国内拠点で従業員の配置転換を進め、ドイツの拠点では全体の3割に当たる約300人の削減にも着手したが、事業好転の兆しは見えない。「火力発電市場は弱含みというより構造的に厳しい状況にある。苦しい状況は少し長くなるのではないか」。会見で宮永氏はそう語った。
三菱自動車株売却でも足りないMRJ補てん
納入遅れで受注キャンセルも発生。いよいよMRJは正念場を迎えている。
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宮永氏が頭を悩ますもう一つの懸案が航空機事業だ。「航空・防衛・宇宙」部門の18年3月期の受注高は前年同期実績と比べて一挙に4割近く落ち込み6000億円にとどまる見通し。
特に問題なのが国産ジェット旅客機「MRJ」の開発を担当している子会社の三菱航空機だ。すでに納入延期を5度も繰り返しており、開発コストは当初予定の2倍超に当たる約5000億円に膨らんだ。2017年春時点で510億円の債務超過に陥っている。
債務超過の解消と、さらなる開発費を捻出するには増資が必要だが、親会社の三菱重工の財務は心もとない。そこで三菱重工は、保有する三菱自動車株を約1000億円で三菱商事に売却、保有株比率を2位の9.94%(間接分を含む)から1.45%に大幅に下げる。代わりに2位に浮上するのが三菱商事だ。三菱東京UFJ銀行からも株式を取得する予定で、これによって現行の出資比率10%弱から20%に引き上げて持分法適用会社とする。筆頭株主は34%を保有する日産自動車で変わらない。一見、三菱グループ間での株の移動に見えるが、要は三菱商事が三菱重工に手を差し伸べた形だ。
しかし「三菱航空機を軌道に乗せるには、三菱商事から払い込まれる1000億円だけでは足りない」(三菱重工関係者)。三菱航空機の株主は三菱重工(保有株比率64.0%)を筆頭に、三菱商事(10.0%)、トヨタ自動車(10.0%)、住友商事(5.0%)、三井物産(5.0%)が名を連ねるが、「いずれ奉加帳を回さなければならないだろう」(同)。
不振のMRJ事業てこ入れのため三菱重工は社長のクビと引き換えに増資を目論む?
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むろん三菱重工には見返りとして差し出すものが必要で、それが宮永氏の進退というわけだ。「CEO職とCOO職の新設をあきらめたのは、奉加帳を回すなどした揚げ句、経営責任を取って辞任という運びになった際に、新COOが連座してしまいかねないからだ。経営責任を取るのは宮永さんだけでいい。『ムダ死に』は避けたい」(別の三菱重工関係者)。
宮永氏が続投したのは三菱重工の再建に道筋を付けるためというのは表向きの理由でしかない。増資資金の引き換えとなるクビが必要だったからだ。「自らの辞任に値段を付けるかのようなもの。どうしてここまで三菱重工はみっともない会社になってしまったのか」。三菱重工のOBはそう嘆いている。
(文・悠木亮平)