返済総額1100万円。奨学金延滞で自己破産の27歳「大学に行ったことを後悔」

ドシン! 全身に強い衝撃を受けて、慌ててブレーキを踏んだが間に合わなかった。

2017年5月下旬の早朝。畠山博さん(27)は居眠り運転でガードレールに衝突した。幸い、と言っていいのか、乗っていた軽自動車は大破したものの、けが人はなかった。

5月から教育ベンチャー企業で働き始めたばかりの畠山さんは、奨学金やカードローンの返済と生活費補てんのため、土日はコールセンターでバイトし、さらに家業の農業も手伝っていた。事故は、田植えのため50キロほど離れた実家に戻る途中で起きた。

「今の生活では持たない」

大破した車を見て痛感したが、勤め先の給料は手取りで約15万円。毎月の返済額は合わせて約5万円。途方に暮れるしかなかった。

教室

3人兄弟で一番勉強ができた。母に「あんたくらいは大学に」と言われた。

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農家の長男、母子家庭で高校から奨学金

畠山さんは九州の小さな農村で生まれ育った。家は代々続く農家の本家。婿養子に入った父は、畠山さんが中学生のときに離婚し、出て行った。以後、家では祖母が一人で農業を営む。母は以前からパートに出て、家業からは距離を置いていた。3人兄弟の長男だった畠山さんは、早い時期から跡取りとしての役割を背負っていた。

家計は楽ではなかった。県立高校在学中から奨学金を借りた。2人の弟は工業高校卒業後就職したが、県内有数の進学校に入った畠山さんは、国立大学を目指した。しかし第一志望の国立大学は不合格。代わりに、隣県にある難関私立大学法学部に合格した。

「自宅から通うにはちょっと遠かったし、うちには私立に行けるだけのお金がないと分かっていた。でも浪人して予備校に通うのも難しい。どうするか迷った」

背中を押してくれたのは母だった。

「あんたがうちで一番勉強できるんだから、少しくらい学費が高くても大学に行った方がいい」

とは言うものの、入学金すら親戚から借りないと賄えない。高校時代の奨学金に重ね、大学ではさらに日本学生支援機構から一種(無利子)、二種(有利子)の両方の奨学金を借りた。アルバイトもして、学費と一人暮らしの生活費を工面、2012年3月の卒業後は、地方の中小証券会社に就職した。

飛びこみ営業で自分見失い1年で退職

新入社員の畠山さんが命じられたのは、新規個人客獲得のための飛びこみ営業だった。毎日数十軒の個人宅を訪問し、株式投資を勧めた。前年の東日本大震災の影響で、日経平均株価が8000円台に低迷していた時期、ほとんどは居留守を使われるか追い返された。たまに口座を開設し、株を買ってくれる客がいても、株価はなかなか上がらない。

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東日本大震災後の株価低迷期、証券会社に就職した(本文と写真とは関係ありません)。

撮影:今村拓馬

「飛びこみ営業の日々に加え、お客様の資産を減らして得た手数料が自分の給料になる仕組みに、自分の仕事の意味が全く分からなくなってしまった」

週末は実家に戻り、祖母の農業を手伝った。実家がある集落は過疎化と高齢化が進み、貴重な戦力として歓迎された。農作業の合間、近所の人々に「早くこっちに戻ってきて」「おばあちゃんを助けてあげないと」と言われると、自分が必要とされているのを感じた。

証券会社の仕事は、体調を崩すほど苦しいものだった。

入社から1年後、畠山さんは退職を決めた。

日雇い生活でカードローンに頼る

現場作業員

農業だけでは食べていけないので、解体作業現場や土木工事現場で働いた。

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現実を冷静に見れば、農業一本で食べていくことは難しい。畠山さんは日雇いで働ける解体現場や土木現場の作業員と、農業とを兼業した。月収は減っただけでなく、不安定になった。月の手取りは10万円台前半から後半。社会人2年目で住民税の支払いが発生し、さらには大学時に借りた奨学金の返済も始まっていた。生活費が足りず、カードローンを利用するようになり、月々約4万円の奨学金返済は後回しになった。

仕事中にけがをしたこともあり、その後1年ほどで、時給が高くて内勤で働けるコールセンターの仕事に移った。

返済督促の手紙、中身見ず

コールセンターの同僚には家事や子育ての傍ら働く女性が多く、柔軟な働き方ができた。職場の雰囲気もよく、初めて仕事が楽しいと思った。契約社員になり、残業代を含めると月の手取りが20万円台後半に増え、ようやく返済できるようになった。だが、カードローンと目の前の奨学金の返済に加え、それまでの数年で延滞した奨学金返済も残っていた。

「奨学金返済の督促の手紙などは実家に来ていたのかもしれないが、中身を確認した記憶もない。返さなければいけないと認識していたが、毎月どこにいくらとまでは把握していなかったし、引き落とされなかったらそのまま放置していた」

このまま生活は安定に向かっていると思っていた。だが、返済延滞の重さに気付いてはおらず、実際は少しずつ破たんに向かっていた。

そして大学卒業から4年ほど経った2017年、大きな転機が訪れる。

祖母の体調不良で農業の負担増

2016年秋、80代の祖母が体調を崩し、車に乗れなくなった。代わりを務められるのは、畠山さんしかいない。自分も周囲も、当たり前のようにそう受け止めた。

生活に占める農業の比重が大きくなった。コールセンターでは正社員のオファーも受けていたが、農業と両立できない働き方は厳しい。実家に戻り、塾でも開いて兼業農家になろうかと思っていたときに、声を掛けてきたのが、教育ベンチャーの東野直樹社長(32)だった。

東野社長は人材教育会社に勤めていたサラリーマン時代に、大学生の学力低下を痛感し、経済力が低い家庭の子どもたちの学力向上を支援する事業を立ち上げた。事業拡大のため人手が必要になり、以前からイベントなどを手伝ってくれていた畠山さんを、「うちで働かないか」と誘ったのだ。

畠山さん自身、進学や就職に関して家族になかなか相談できなかった経験があり、東野社長が取り組んでいた「生きていくための教育」という理念に共感した。農業との両立を認めてくれたことも決め手の一つになり、畠山さんは正社員として東野社長の会社に就職することにした。

社長から何度も「大丈夫か」と念押しされ

ただし、転職はいいことづくめではなかった。東野社長自身が言う。

「創業から数年が経ち、少しずつ規模を拡大していましたが、経営基盤はまだ不安定な社員数人の会社です。正社員と言っても払える給料に限界があるから、『大丈夫か』と何度も確認しました。本人は『大丈夫』と答えていましたが、実際は大丈夫じゃなかったと、後から知りました」

畠山さんも、そのやり取りは覚えているという。

「あの時は大丈夫と思ったんだけど」

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朝7時、田植えのために実家に戻る途中で事故を起こした(写真はイメージ)。

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2017年5月、畠山さんは東野社長の会社に正式に入社した。月の手取りは15万円ほど。収入を補てんするため、副業として前職のコールセンターの仕事も週2日残した。入社時は田植えの繁忙期だった。

全てが自転車操業。自宅と実家を往復し、昼夜休まず働いた結果、1カ月後には居眠り運転をして事故を起こしてしまった。

だが、東野社長に「大丈夫」と断言した手前、誰にも相談できないまま、8月末まで3つの仕事の掛け持ちを続けた。

社外取締役が見抜いた“異常”

経営コンサルタントの高田健治さん(52)が、畠山さんからSOSの電話を受けたのは、2017年10月の3連休、仲間と旅行していたホテルでだった。

受話器の向こうで、畠山さんは明らかに切迫していた。

「銀行のATMで、お金が引き出せないんです」

高田さんは畠山さんが働く会社の社外取締役を務め、月に一度会議に出向くついでに、社員とも個人面談していた。

畠山さんと9月に面談した高田さんは、何気なく「今日はちょっと元気がないように見えるけど、どうしたの?」と尋ね、今の給料では借金が返せないこと、他の仕事や農業と掛け持ちしていたが、両立が困難になって八方ふさがりとなっていることを打ち明けられた。

畠山さんは奨学金とカードローン、さらに親の生活費や借金まで肩代わりしていた。全て合わせた借入額は「はっきり分からないけど、500~600万円」。

高田さんは「一人で処理できる額じゃない」と感じ、どこからいくら借りているのかを整理するように助言し、法テラスを紹介していた。

その数週間後、ATMで生活費を引き出せなくなったことに気付いた畠山さんは、事情を知っている高田さんに思わず電話したのだった。

親の生活費も背負い、返済額は1100万円

「ATMでお金が下ろせなかったのは、住民税滞納による差し押さえが理由でした」(畠山さん)

3連休後の最初の週末、畠山さんと高田さん、そして東野社長の3人が集まった。

高田さんは畠山さんに貸すつもりで10万円を用意していたが、既に東野社長が生活費を貸していたという。

資金調達を控え、東野社長は関係機関に提出する書類作成に追われていたが、「もう一つくらい書類が増えても同じだから」と、その日数時間かけて、畠山さんの債務一覧表つくりを手伝った。こうして、畠山さん自身も把握していなかった、借金の全貌が明らかになった。

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法テラスの弁護士からは自己破産を勧められた。

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自身の生活費のためのカードローン借り入れ約40万円に、奨学金を延滞し、畠山さんも知らない間いに債券回収会社に回っていた分が約150万円。そして今後の奨学金返済金が約200~300万円。さらに、親から「生活費が足りない」と相談され、カードローンで工面した分の借金が、利息約200万円を含めて、約550万円あった。全体の返済総額は約1100万円になる。今の給料ではとても返しきれない。

法テラスで相談した弁護士からは、自己破産を勧められたが、畠山さんは「家族や親せきに迷惑がかかる」と渋った。奨学金債務のうち約400万円は母親が連帯保証人になっている。その他、親族が保証人になっている分も数十万円あった。

畠山さんに、自己破産を強く働きかけたのは高田さんだ。

「君だけのせいじゃない。やり直すために、一度リセットしようよ」

「畑は売れない」自己破産渋る実家

畠山さんは今、自己破産の準備を進めている。しかし、自分が破産した後にも、母親や親族の債務は残る。親族が保証人になっている80万円は、畠山さんが返済することで話がついたが、母親が連帯保証人になっている400万円については、決着していない。

もともと畠山さんは家庭の経済力がないため、高校から奨学金を借りている。母親が返済できるめどはなく、一緒に自己破産することが最も現実的な方法になる。

田んぼ

ベンチャー企業に転職して以降も、農業の繁忙期は家の手伝いに戻っている。

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朝日新聞の2月の報道によると、日本学生支援機構は、奨学金にからむ自己破産が2016年度までの5年間でのべ1万5338人(同一人物の重複含む)に上ることを明らかにした。そのうち連帯保証人と保証人が計7230人で、奨学金による破産の連鎖が広がっていることが浮き彫りになった。

だが、自己破産によって債務を整理できるのは、ある意味“まし”なのかもしれない。

正月、畠山さんは実家に帰って事情を話したが、家族や親せきは母親の自己破産に反対している。

「自己破産したら畑を処分しないといけなくなる」

「近所の人にも知られたら体面が悪い」

「返せないのは、給料が安い会社に勤めているからだろう」

「転職するか、戻ってきて公務員を目指したらどうだ」

畠山さんは、つぶやいた。

「農家にとって、田畑は何よりも大事なもの。もしかしたら家族よりも……。畑のことになると、親族まで出てくる。僕もずっと農業に縛られてきた。お金にならない畑は処分して、場所に縛られず働いた方がいいと自分でも分かっているけど、いまだにできていない」

大学に行ったメリットよりデメリットが大きい

東野社長は、畠山さんが抱える問題について「もちろん本人にも甘いところは多々あると思います。社員にもっと多くの給料を払えるよう、事業を軌道に乗せるのが自分の今やるべきことですが、そのためにも畠山さんにはうちで働き続けてほしい。できるだけの手助けをしたい」と話す。

畠山さんは「今振り返れば、奨学金の返済猶予を申請することもできたが、当時はそういう発想もなく、情報を探そうとも考えていなかった。勉強ができたから大学を目指したけど、お金や社会の仕組みに関する知識が乏しかったし、借りた金を返せなくなるなんて想像もしていなかった。大学に行ったメリットより、デメリットの方が大きくなってしまった。自分のような人間をこれ以上出してほしくない」と語った。

満員列車

「自分の人生を差し出す代わりに、賃金上昇と定年までの雇用が保証される時代ではなくなった」

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昭和の価値観に縛られた奨学金制度

畠山さんの債務問題に気づき、手助けしてきた高田さんは「奨学金の返済滞納を自己責任と切り捨てるのは、家庭の経済力や、頼れる助言者など、環境に恵まれた人の考えではないか」と指摘する。

「畠山さんのケースは、一人で背負いきれるはずのない負担を背負い、周囲もそれを当たり前と思ってきた点に、問題の根本がある。自己破産は無責任に映るかもしれないけど、リセットしないとやり直すこともできない」

2016年度は、高等教育機関在籍者の2.7人に1人に相当する約131万人が、日本学生支援機構の奨学金を利用した。年間貸与金額は1兆円に上る。非正規社員などの増加で、多くの人々が奨学金返済に苦しむ問題がクローズアップされ、「返済能力を審査せず、誰にでも貸しすぎ」と学生支援機構に批判が集まる一方、借りる側の意識の低さも問題視されている。2016年度の3カ月以上の延滞者は返還者の3.9%(16万1000人)。奨学金を借りて進学した人の大半は、滞りなく返済している。

高田さんは、「30~40年前、大学生は高度人材で、就職は“徴兵”だった。会社に自分の人生を差し出し、その対価として給料の上昇と定年までの雇用保障が得られた。今、そのシステムは崩れ、転職や非正規雇用、メンタル疾患での休職・退職は珍しくない。時代が変わっているのに、昭和の社会を前提としたまま奨学金制度を運用するのは、無理があるのでは」と疑問を投げかける。

「畠山さんの家族や親族の、『個人の人生より家業や畑が大事』という価値観も、昭和のものだ。昭和に捕らわれた制度や人々は、平成も終わろうとしていることを認識してほしい」

(文中全て仮名)

(文・浦上早苗)

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