ジャーナリストの伊藤詩織さんと、ブロガー・作家のはあちゅうさんが2018年2月23日に都内で、ビジネスカンファレンス「MASHING UP」に参加した。前編では、2人が被害を告発するまでの覚悟や告発後に実際に起きたことを語った。
後編は、セクハラ防止のために職場、人事ができること、加害者の方に偏りがちな日本のハラスメント防止の実態を紹介する。
はあちゅうさん(左)と伊藤詩織さん(右)が告白した被害は、仕事場と密接に関係している。
「被害を届け出たら、日本で働けない」
浜田敬子BIJ統括編集長(以下、浜田):私は1990年代から働いていますが、取材先に誘われて行くと、料亭で2人きりということがありました。(記者として)いい話を聞きたい、とくダネが欲しいという自分の野心がいけないんだと、NOと言えませんでした。詩織さんとはあちゅうさんのケースも仕事が絡んでいます。いい仕事がしたい、という思いから、力のある男性に相談したりするケースは働く女性にとって日常です。でも、それを「好意だ」と勘違いされたり、悪用されたりすると、女性は自分が野心を持ったことがいけないんじゃないか、と自分を責めがちですが、働く女性が健全な野心を持てないことはおかしいと思います。
お二人の話も、仕事と密接に結びついていますよね。
はあちゅうさん(以下、はあちゅう):偉い人の近くで教えを請いたいと思うのは普通のこと。男性がやったら問題にならないのに、女性だと「女を使っている」と言われる。男性が性的なうま味を見出そうとしたとき、「私に落ち度があったのかな」と思って、言えない人は多いと思います。仕事は仕事という意識改革がいると思いますが、これを乗り越える明確な答えはわかっていません。
浜田:「表にすることで、あなたが傷つくんだ」「大変になる」と言われることがあると思いますが、被害者を守る表層的なアドバイスをどう思いますか。
伊藤詩織さん(以下、詩織):確かに(被害を)話すことは、精神的にも時間的にも負担になりますし、働いている場所での被害となれば、そこが自分の社会なのに、そこでどう生きていくのか。本当は周りがサポートしなければいけないことだと思います。
私は、被害を届け出たら日本で働けないと言われたので、じゃあ海外で仕事ができるようにという覚悟を持っていました。でも、被害に遭った話をするだけで国外に行かなきゃいけないなんて、そんなこと無理ですよね?
「#MeToo」の動きが出てきてから、欧米の企業は、ハラスメントに対して、とても厳しくなっています。今までなら許されたことも、もうダメですと厳しく線引きされている。今日もBBCのニュースを見ていたら、セーブ・ザ・チルドレンの元CEOが女性職員の服装にコメントをしていたとして、現在のユニセフの事務局次長の地位を辞任しました。
職場ではダメという認識が世界ではじわじわと変わってきているので、日本で変わってくるべきだと思います。
セクハラを明らかにしたり、無くしたりするために、会社や人事ができることは。
「相手が死んじゃわないかな」
浜田:今、被害を受けている人はどんな行動を取ればいいでしょうか?また、企業の人事、ルールを変える立場の人は何ができると思いますか。
はあちゅう:構造から変えていくことが必要だと思います。
第三者の相談機関を設けることも大事。電通はセクハラ委員会がありましたが、どこの部署の誰がやっているか分かっているので、相談しても、新入社員の言い分より、スタークリエイターを守る思惑が働くと思いました。友人の会社はインドに相談機関があって、全てのセクハラの問題はフェアに調査する。こういったものが日本に導入されてほしいと思っています。
そして、そういった第三者機関には、ぜひ女性を入れてほしいと思っています。あからさまな性的アプローチを男性に話すことには、すごく勇気がいることです。また、私が告発をしたときに、男性から、「訴えた相手が、死んじゃわないかな」という反応がありました。私が死ぬ心配、これまでに死にたかった経験ではなくて、彼が死ぬ方を心配するのか、とちょっと悲しくなりました。どこかで男性は「俺が加害者になったらどうしよう」という思いで対処しているんじゃないかなと傷ついたので、同性で相談できる人がいたら、うれしいです。
(被害を受けた人は)社外の人に相談すべきだと思います。社内の人に相談しても、相手が誰か想像できるから、自分が傷ついてまで助けようとしてくれる人は少ないと感じました。
そして被害を受けている人の周りの人は、その人の話をぜひ聞いてほしいですね。セクハラは立証が大変で、「本当なの?」とすごく疑われるんです。被害を訴えた人が、ネットでは「嘘松」と言われているのを見て、すごく胸が傷みました。
加害者にならないことが先行
痴漢防止を訴えるポスターのポーズをとる詩織さん(右)。
浜田:詩織さんが最近のインタビューで、痴漢防止のポスターの話をしているのが印象的でした。被害者の気持ち、ケアが議論されないまま、いかに加害者にならないかの方が論じられていると。
詩織さん(詩織):ポスターは警察官がこうやって(手を前に突き出して)、「あなたの一生台無しに」と加害者に言っているんですね。それを見たときに、え?って。警察のキャラクターがそう言っているのを見て、すごくびっくりした。加害を防ぐためには加害とその被害についての認識が必要不可欠だと思います。このような語りかけでは、一体どんな被害を相手に与えるのか理解されないでしょう。
被害は見えず、予算つかずの悪循環
被害の届け出
法務省の研究機関「法務総合研究所」の犯罪被害実態(暗数)調査(平成23年度)によると、性的事件の被害者のうち、被害の届け出をしない割合は74%を超え、さまざまな被害態様の中で届け出をしない割合が最も高く、主な理由は「捜査機関は何もできない(証拠がない)」などだった。
支援の予算
内閣府は、性犯罪・性暴力被害者支援交付金の制度を、2017年度に新規に創設したばかり、2017年度予算は約1億6300万円、2018年度予算案は、1億8700万円。
内閣府の調査(「男女間における暴力に関する調査」)によると、「異性から無理やりに性交されたことがある」という女性は、6.5%。一方、そのうち「誰にも相談しなかった」は67.5%、警察に行った人は4.3%。
出典:警察庁
(関連記事:日本は性暴力に麻痺している——詩織さんケースで捜査、報道、社会の問題点を検証する)
浜田:捜査のあり方にも問題があると思います、海外と比べて、日本はどうですか。
詩織:例えば、ロンドンのある性犯罪捜査チームは、被害者が証言をするのは3回だけと決めているそうです。1回目は通報、2回目はビデオに証言を記録、3回目は法廷。捜査をするのは、性暴力に詳しいトレーニングを受けた捜査員です。
そもそも日本では根本的にこういう問題が起きていないと思われています。ただそれは、被害が届けられていないだけだと思うんです。暗数が多く存在する。だから、法的、サポートシステム等の整備がついていけていない。私が電話をしたホットラインは当時、1人体制でNPOとして頑張っていた。今は東京都が介入して、1人増やしました。
イギリスでは(性犯罪・性暴力支援の関連が)年間35億円くらいあると言われています。 日本でも2017年度にやっと交付金制度ができましたが、やっと0円の状況から予算がついたのは、大きな一歩だと思います。
警察の捜査のあり方、国の予算の付け方に疑問を投げかける詩織さん(右)。
浜田:警察庁は被害場面の再現をする場合に、代役を立てるなど、被害者の負担軽減に務めるべきという通知を出ていますが、徹底されていないですよね。
詩織:交通事故でひかれて足が折れている状態で「事故を再現してください」なんて言わないですよね。20年ほど前に被害者を再現に使わないことという通知がありましたが、実行されていません。それを徹底しないといけない、通知だけじゃダメですよね。
#MeTooで証言が次々と出てきましたが、ずっと沸々していたものが表面化しただけであって、今に始まったことではありません。それを私たちが、どうきちんと話して向き合うかが今後のキーだと思います。
(構成・木許はるみ、撮影・今村拓馬)