「できれば誰も転勤したくない」損保大手AIGが全国転勤を廃止する理由——金融エリートも人手不足に危機感

電車とサラリーマン。

全国転勤のない会社は、増えるのか。

Reuters/Yuya Shino

新生活が一斉にスタートする春は、転勤の季節。この春は引っ越し業者の人手不足から「引っ越し難民」が大量発生するのでは、とも言われているが、その一因は4月1日付けの異動に合わせた“民族大移動”が起きるからだ。

そんな中、外資金融大手のAIG損害保険が、総合職も含め全国転勤制度を廃止することが話題となっている。

今後は国内を13のエリアに区分けし、希望エリアの中でしか異動させない。男女共に、育児や介護に直面することを想定し、より働きやすい環境を整える狙いだ。全国に支店をもつ大手金融としては異例の決断。その背景には、業界4位の危機感に駆られた戦略がある。

「全国転勤して昇進することに興味がない」

社内の声をとると、できれば誰も転勤したくないのです。採用選考では全国転勤しますと言うが、入社後に希望をとると『職種はなんでもいいので関東で』といった声が多い。女性を積極的に登用したいが、全国を飛び回ってキャリアを形成していくことができないし、興味もないと言う。それならいっそ、転勤制度のない会社をつくればどうか、という話になりました

そう話すのは、AIG損保の人事担当執行役員の福冨一成氏だ。

福富氏

転勤制度廃止を決断した理由を語る、人事執行役員の福冨一成氏。

提供:AIG損害保険

AIG損保は2019年1月から、社員が希望する勤務地からの転居を伴う異動をなくし、望んだエリアで長期的なキャリアを築く制度を本格導入する。

2018年は試行期間とする。制度のポイントは以下のとおりだ。

・全国を13のエリアに区分。そこから「ホームベース」と呼ぶ、希望の勤務地を社員が選ぶことができる。

・一方で、勤務地をどこでもいいと意思表示した社員で「モバイルエンプロイー(仮称)」の集団をつくる。

モバイルエンプロイーを、ホームベースで希望の集まらなかった支店に配置。その代わり、住宅手当を引き上げたり、会社が負担する帰省費用を毎週分認めるなど、単身赴任となる負担を極力、会社が負うと言う。

・全社員を対象に「ホームベースをどこにするか。どういう仕事に就きたいか」のアンケートを2〜3月に実施中。対象者は、約7000人に及ぶ。

アンケートの結果に基づいて「試験的に(2018年の)7月に希望を反映した異動を2エリアで実施して、そこで何が起きるかをあぶり出したい」と、福冨氏はいう。

全国に、営業店舗と事故受付センターで約370の拠点があるAIGのような金融大手は、転勤がつきものだ。金融大手の多くは、転勤を免除される「地域限定社員」の採用枠を作るが、それにならわなかったのはなぜか。

「地域限定社員を作る発想もなかったわけではないが(他社の例では)賃金にも登用にも差がある印象。それでは地域限定社員が多くなってしまうと、主要なポジションにたくさんのタレント(能力ある人)をつけることができなくなる。だったら全員を転勤なしにしようという発想に変わった。むしろ、転勤のある人が特別とした方がスッキリするのでは、と

実際、各国のAIGでは、世界を転勤する社員が「特別」というのが通例だ。

日本が大きな変革に出たことについて、福冨氏はいう。

少子高齢化で育児や介護を抱える社員が増えているが、転居を伴う異動は変動要素になる。社員が少しでもライフプランを立てやすいように、会社がサポートする仕組み、環境をつくりますよというメッセージです」

電車で移動する。

転勤で勤務地が決まらないと、育児や介護を抱えた社員はライフプランは立てにくい。

Reuters/Yuya Shino

業界4位の採用覚悟

こうした決断の背景には、空前の人手不足による、採用難がある。

リクルートキャリアの「就職白書2018」によると、2018年卒で採用計画に対する充足率は47.5%。多くの企業は採用目標数に届いていない。

ディスコキャリタスリサーチの調査では「2月時点での志望業界」で、長らく1位だった銀行は4位に転落。

これについては「銀行に限らず金融業界全体で、学生の人気が低迷している」(ディスコ担当者)との指摘もある。2017年に銀行の人員削減の報道が相次いだことや、AIにより業務が取って代わられるといった話題が出たことも影響していそうだ。

こうした状況を踏まえて、福冨氏は言う。

「国内ではメガ損保と言われている3グループに続く4番目に(AIGは)位置付けられる。4番目の保険グループだからといって、選んでもらえるわけではない、他社との差別化が必要です」

新しい制度には採用戦略としての期待をかける。

「転勤のない会社を作ることで、採用そのものにもいい影響が与えられるのではと思っています。最近、地元で貢献したいという声が、採用の現場でも聞こえてくる。転勤そのものがイヤ、環境を変えたくない、という学生からの声もある。転勤制度廃止は、採用そのものの競争力も上げられるし、 入社後の離職減にもなるのでは

あくまでも勤務地、働きたい仕事を個人に委ねることで「社員の満足度も上がる」(福冨氏)と、考えるからだ。

「合意のない転勤は人権侵害」

転勤を望まない風潮は確実に高まっている。AIGが転勤をなくす方針を報じるニュースについて、インターネット上の反応はおおむね好意的だ。

働く場所を選べないのは、本当はおかしいのではないかという指摘。

「合意がないなら人権侵害」という、サイボウズの青野慶久社長。

転勤のない一般職を望む男性が増えている様子を描いたBusiness Insider Japanの記事も、大きな反響を呼んだ。記事を取り上げたYahoo!ニュースのコメントは、2000以上寄せられている。

複数の新卒採用支援エージェントによると、働き方改革が言われるようになり、2018年卒採用から「転勤なし」を希望する学生は、男性にも増えている。

AIGには「他社からも、どうやって転勤なしを実現できるのかという問い合わせが寄せられています」(人事担当者)と言う。企業側の関心も高い。

地元採用の活性化

さらに、AIGの新制度は採用のやり方そのものを変える可能性がある。

「今までは東京、大阪中心に有名大学の学生をターゲットに採用してきました。今後は、よりローカルエリアの大学にも目を向けることになるでしょう」と、AIGの福冨氏は言う。

「東京の大学に通うが地方出身という人に、どう訴求していくかも考えます。地元に戻れるんですよと、採用のアプローチそのものも変えていかなくてはならない」(福冨氏)

その先には、東京に一極集中している本社機能を分散化させることや、世界のAIGではすでに進んでいる完全リモートワークも視野に入れているという。

大きな変革には、労力やコストも伴う。しかし、少子高齢化、究極の人手不足時代を迎えた日本で、従来通りの採用や人事異動を続けることこそ、困難な時代がすでに来ている。AIGに続く動きが注目される。

(文・滝川麻衣子)

編集部より:初出時、メガ損保の単位を「社」としておりましたが、正確性を期して「グループ」に改めました。2018年3月9日 12:30

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