LDHも世界へ。グローバル化が進む音楽ビジネス——アメリカでメガヒット生むアジア系ミュージシャン

リッチ・ブライアン

インドネシアの無名の少年だったリッチ・ブライアンはYouTubeをきっかけに世界的なスターになった。

今、アメリカの音楽業界でアジア系のミュージシャンが躍進を続けている。ヒップホップが完全に主流になったアメリカの音楽シーンを足掛かりに、アジアから世界的なスターダムを駆け上がる若手ラッパーが続々と登場している。

インドネシア出身の18歳、リッチ・ブライアン(Rich Brian)はその代表だ。きっかけとなったのは2016年に彼が「リッチ・チガ」名義でYouTubeに投稿したデビュー曲「Dat $tick」のミュージックビデオ。もともと11歳の頃から生まれ育ったジャカルタで、SNSにユーモラスな動画をアップするユーチューバーのような活動をしていた。同曲はその当時16歳とは思えないラップの技量とふてぶてしいたたずまいが話題を呼び、公開から半年で600万回を超える再生回数を記録した(同ミュージックビデオは2018年3月現在で8800万回再生となっている)。

YouTubeに投稿した1本のビデオがきっかけに世界的なブームが巻き起こる、という話は決して目新しいものではない。数年前に流行したPSYの「カンナム・スタイル」やピコ太郎の「PPAP」のように、日本発や韓国発のユーモラスな動画がワールドワイドな現象を巻き起こした例もある。

ただ、リッチ・ブライアンがそれらと違うのは、人気が決して一過性のものに終わらなかったことだ。

同曲のバイラルヒットで国境を超えた注目を集めた彼は、2017年にアメリカで初のツアーを敢行する。21サヴェージやXXXテンタシオンなどアメリカの若手ラッパーたちとも交流を深め、彼らをフィーチャリングに迎えた楽曲も発表。満を持して2018年2月にリリースしたデビューアルバム「Amen」は米ビルボード18位にランクインした。

ミレニアル世代のグローバルなアジアカルチャーを盛り上げる

なぜリッチ・ブライアンは無名のジャカルタの少年から次世代のヒップホップ・シーンを担う若いスターの一角に成り上がることができたのか?

これら一連の動きには「仕掛け人」がいる。それがショーン・ミヤシロ。リッチ・ブライアンが所属する「88rising」の代表だ。

2015年にニューヨークのブルックリンにある小さなオフィスで「ミレニアル世代のグローバルなアジアカルチャーを盛り上げる」ことを目指してスタートした88risingは、そこからわずか3年で目覚ましい成長を遂げた。現在ニューヨーク、ロサンゼルス、上海に拠点を置く88risingには数々のアジア系ミュージシャンが所属する。

そうしたミュージシャンのマネジメントやレーベル業務だけでなく、メディアプラットフォームとしての機能も持つのが88risingの大きな強みだ。彼らはYouTubeに150万人以上の登録者を抱える自らのチャンネルを持ち、そこでは所属ミュージシャンのミュージックビデオだけでなく、さまざまな番組を配信している。それらの動画がSNSでバズを起こすことでヒットを生み出してきた。

88risingに所属する中でも最初にブレイクを果たしたのが韓国人ラッパー、Keith Apeだ。ブレイクのきっかけになったのが、日本人ラッパーKOHHをフィーチャリングに迎え2015年に発表した「It G Ma」という曲だった。

韓国出身のラッパー、Keith Ape(左)。従来のK-POPとは違うルートでヒットした。

Keith Apeは、従来のK-POPとは違う経路でアンダーグラウンドから人気を拡大していった。最初はニューヨークやロサンゼルスの韓国系アメリカ人のコミュニティから。そしてリミックスや客演を通じて、徐々にアメリカの若い世代のヒップホップファンにその名を知らしめていった。

88risingには中国のラップグループも所属している。中でも人気を拡大しているのが成都出身の4人組Higher Brothersだ。彼らは2017年、前述のKeith Apeをフィーチャリングに迎えた「WeChat」を発表。「グレート・ファイアウオール」と呼ばれる中国のネットアクセス制限を皮肉ったリリックで注目を集めた。

中国で巻き起こるヒップホップブーム

Higher Brothersの「WeChat」のミュージックビデオ。中国でもヒップホップは音楽シーンの主流になりつつある。

中国では2017年よりラップバトルのオンライン番組「Rap of China 中国有嘻哈」が全土で人気を博し、ヒップホップのブームが巻き起こりつつある。2018年1月には、中国政府がテレビやラジオ番組にラッパーを出演させない方針を示し、これが「ラップ禁止令」として報じられニュースにもなったが、その背景にはこうした番組出身のラッパーが起こした不祥事があったと言われている。

そして、日本の音楽業界からも、こうした潮流と同時代性を持った動きが生まれている。

2月23日、EXILE HIRO、DJ MAKIDAI、VERBAL、DJ DARUMAらからなるクリエーティブユニット、PKCZ®が、「BOW DOWN FT. CRAZYBOY from EXILE TRIBE」でオランダの名門レーベル「SPINNIN’/TRAPCITY」より世界デビューを果たした。

この楽曲を手掛けたのが、ロサンゼルスを拠点に活動するアジア系アメリカ人のトラックメイカーYultron。楽曲には西海岸ヒップホップのレジェンド、スヌープ・ドッグが参加している。このミュージックビデオの制作を手掛けたのが88risingだ。

PKCZ®の「BOW DOWN FT. CRAZYBOY from EXILE TRIBE」のミュージックビデオ。LDHはアジアだけでなく、欧米にも拠点を置いている。

スヌープ・ドッグのプライベートスタジオにて撮影されたこのミュージックビデオは、スヌープ本人の希望でカンフーをイメージした映像になり、西欧諸国から見たアジア観を盛り込んだ内容となっている。

PKCZ®の所属する日本の事務所、LDHは2017年よりアメリカ、ヨーロッパ、アジアに拠点を置き世界展開を強化している。

apple music

Vasin Lee/Shutterstock

2014年にEXILE HIROの呼びかけによりスタートしたPKCZ®は、これまでもシンガポールで行われた「ULTRA SINGAPORE」やベルギーで行われた「Tomorrowland」などでEDMフェス出演するなど海外での活動を精力的に行っている。今回の「BOW DOWN FT. CRAZYBOY from EXILE TRIBE」の世界デビューも、こうしたLDHの海外戦略の一端と考えられる。

Apple MusicやSpotifyなどストリーミング配信による収入が収益の基盤になったことで、音楽ビジネスは急速にグローバル化が進んでいる。ヒットの基準は「売れた枚数」から「聴かれた回数」となり、YouTubeのミュージックビデオがSNSなどのソーシャルメディアでバイラルヒットとなることで流行は簡単に国境を超えて伝播する。

リッチ・ブライアンの成功と88risingの戦略はそれを前提にしたものだ。そしてPKCZ®の世界デビューにも、そういった状況における布石の一つという意味を見出すことができる。

編集部より:初出時、Yultronさんについて韓国系アメリカ人としておりましたが、正しくはアジア系アメリカ人です。訂正致します。 2018年3月9日 14:20


柴那典(しば・とものり):音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌やウエブなどを中心に音楽やサブカルチャー分野を中心にインタビューや執筆を行う。著書に『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』『ヒットの崩壊』など。

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