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名門女子校から東大進学、そして家出、アフリカへ。NGO代表・土井香苗さんが語る「自分に正直な生き方」

「私にはここまでしかできない」「本当にやりたいことなんて、見つからない」「今いる場所から動くのが怖い」…… 。昔も今も女性からよく聞く言葉。誰かに決められたわけでもないのに、自分自身を殻の中に閉じ込め、自分の可能性を小さくしてしまっている —— 。

その呪縛から逃れるにはどうしたらいいのだろうか。かつて同じように悩んでいたのが、現在ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表を務める土井香苗さんだ。まずは土井さんのこれまでの人生を振り返りながら、なぜ一歩を踏み出すことができたのか、そこからどんな未来が拓けていったのかを聞く。

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左からBusiness Insider Japan統括編集長の浜田敬子、ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表の土井香苗さん。

「大学3年生の時に家出するまで、他人と自分を比べてばかりで苦しかったし、自分の評価も低かった。不幸な人生だったんです」

そう語るのは、国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表として活躍する弁護士の土井香苗さんだ。「女子御三家」と呼ばれる名門女子校の桜蔭中学・高校を経て、東京大学法学部に入学。1996年、当時最年少の大学3年生で司法試験合格……と聞くと、順風満帆なエリート人生を歩んでいるように聞こえる。しかし、実際は苦悩に満ちた青春時代だった。

「勉強ができなかったら私に価値はない」と思っていた

2018年2月22・23日、東京・渋谷の「TRUNK(HOTEL)」。一人一人が「自分はどうありたいか」を発見し発信することをテーマに、時代をリードするスピーカー陣によるセッションやメンタリングなどを行う「MASHING UP」(メディアジーン主催)が開催された。その中の1つのワークショップとして、23日、ポーラの協賛により「私の一歩は私の中にある —— ともに考える未来へのメッセージ」が行われ、前述の土井さんとBusiness Insider Japan編集長・浜田敬子が登壇した。「次の一歩を踏み出したい」と願っていても、自分自身がハードルになっているケースは少なくない。このセッションは、自身の「転機」を見つめ直す体験を通じて、これからの未来の自分や社会を形作るヒントを見つけていくというもの。初めに浜田が聞き手となり、土井さんが自分の人生を次のように振り返った。

「親が厳しく、いわゆる過干渉でした。『勉強しろ』とガミガミ言うタイプではないけれど、 勉強以外のことに打ち込もうとするとそれはダメ。友人たちと違い、打ち込むことがない自分なので『勉強ぐらいはできなかったら私には価値がない』と思っていました。自尊心の低い中高生だったんです。東大法学部に進学したのも、特に弁護士になりたいわけではなかったけれど、親が『あなたはダメな子だから、弁護士か医者か資格を持っていないと社会でやっていけない』と法学部か医学部しか受けてはならないと言われたから。やりたくない司法試験の勉強をしているうちに精神的に追い詰められ、司法試験の直前、当時高校生の妹と二人で衝動的に家出をしました」 土井さんには夢があった。中学時代、アフリカ難民キャンプのルポ『人間の大地』(犬養道子著)を読んで以来、難民支援に携わりたいと思っていたのだ。家出をしたことで、親に眠らされていた思いが爆発した。そして内戦の末にエチオピアから独立したばかりのエリトリアに渡り、1年間法律づくりを助けるボランティアを行った。これが第一の転機。難民支援の現場できれいごとばかりではない現実を知り、弁護士という職業に改めて関心が向いた。難民や弱者の人権を守るための活動をしたいと思うようになったのだ。

弁護士を辞めてニューヨークへ留学

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現在、4歳と2歳の子供の母でもある土井さん。「これまでは100%の力を仕事に注いできたけれど、子育てという新しい経験は、人権を考える意味でもプラスになっている」と話す。

弁護士となった土井さんは、日本へ逃れてきたアフガニスタン難民の力になったり、不法滞在の外国人のもとに生まれた子どもたちの人権を守るための活動をボランティアで行ったりした。その一方で自分の生活費を稼ぐために離婚裁判などの民事訴訟を手がけるようになった。そこへ第二の転機が訪れた。「弁護士として5年ほど経験を積んだ後、グローバルな人権問題の最前線を勉強するためにニューヨークに留学しました。それまで、5割は人権の活動、5割は自分が生きるための“ライスワーク”としていましたが、100%人権の仕事に専念したかった。ニューヨークで模索していた時、ヒューマン・ライツ・ウォッチという世界的人権NGOの本部に1年間、フェローシップ(研究奨励金)をいただいて潜りこみました。 この組織に惚れ込み、東京に事務所を立ち上げたいと思っていたところ、代表から『やってみてよい』と言われて現在に至ります」

「自分に正直に」「自分を大切に」未来の私へのメッセージ

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テーブルに置かれたポストイットに、すらすらと「転機」が書き出された。参加者同士で発表し合うことで、忘れていた自分の転機にも気が付ける。

弁護士としての道を約束されていながら、新しい世界に飛び込んだ土井さん。聞いていると、「自分だったらどうしていただろうか」という気持ちが湧いてくる。

「どんな状況でも、自分の可能性を信じたい」「自分らしくいきいきと働ける場所を見つけたい」 —— 。そう考えているすべての女性を応援しているポーラからの提案で参加者にも声がかけられ、「自分のこれまでの転機を振り返って紙に書き出そう」というワークショップが始まった。今悩みや不安を抱えている人も、これまでにさまざまな転機があり、その都度どの道に進むか決断をしてここまで来たはずだ。その決断を振り返ることで、自分が何を大切に生きてきたかがわかる。そして決断ができた当時の自分も見えてくる。

「このときは一歩踏み出すことができた」と思い返すことは、今後について決断する上で励みとなるだろう。 未来を踏み出すための一歩は、外ではなく実は自分の中にあるのだ。

「アメリカに行って楽に生きられるようになった」「退職した」「入院して周りの人が助けてくれた」「恩師との出会いで変わることができた」……色とりどりの用紙がテーブルに貼られていった。

次に真っ白なカード配られ、「『未来の私』へメッセージを書きましょう」と浜田が促した。土井さんが書いたメッセージは「自分に正直に」。

「NGOを起こした時、成功できるかどうかわからなかった。周りには『やめたほうがいい』と言う人もいたけれど、10代までずっと親の言う通りに生きてきたので、これからは自分に正直に生きていきたい。 やりたいことをやってしか人は成功できないと思うし、仮に失敗しても納得がいくと思う。それに、他人の目を気にしてマジョリティの道に進むと、どうしても他人と比較してしまう。自分に正直になってやりたいことを続けていくと、だんだん“オンリーワン”の存在になれるんですよ。他人と比べることができなくなり、評価も気にならなくなる。生きることがかなり楽になりました」

浜田も同様に、未来の自分へのメッセージを書いた。

「私が書いたメッセージも土井さんと似ていますが、『自分を大切に』。今、私は51歳。50歳で初めて転職しました。私がやりたいことは『若い世代の人たちにいいニュースを届ける』ということ。その思いを大切にしていきたい」。転機の振り返り作業を経たためか、参加者たちも自分へのメッセージをすらすらと書き出していた。

「やりたいこと、楽しいことをしていきたい」「無理しない、プライドを捨てる」「好きなことを仕事にする」などのメッセージを互いに発表し、頷き合う様子が各テーブルで見られた。

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1つだけでなく、複数のメッセージを書く人も。ときどき思い出せるように、カードは各自持ち帰る。

「皆さんが書いたものでも『自分を大切に』『自分に素直に』といったメッセージが多いようですね。私自身も他人の評価を気にしていた時期がありますが、若い時期にはそういう人、多いのではないでしょうか。だから、こういったメッセージになっているのだと思います。今日をきっかけに、自分が大切にしたいことは何かを考えてみてほしいと思います」。最後は浜田の言葉で締めくくられた。

参加者全員が“自分の転機”や“未来の私へのメッセージ”を恥ずかしがることなく書き出し、同じテーブルに座った初対面のメンバーと共有できたことに驚かされた。

「照れくさい」「なんとなく怖い」といった理由で書けない、言えないという人がいるはずだと思ったからだ。しかしよく考えれば、自分の経験や未来像を語るだけなのに、照れたり恐れたりするのは、まさに他人の評価を気にしているから。

「他人がうらやむような成功したわけでもユニークな経験をしたわけでもないのに、こんなこと言うのは変じゃないだろうか……」、そんな小さな理由で、数行書くことすら躊躇してしまう。

「この国には、幻の女性が住んでいる」「誰かの“そうあるべき”が重なって、いつのまにか私が私の鎖になりそうになる」という、ポーラのCMが2017年夏に公開され話題となった。自分の人生なのに、なぜ正体のわからない“誰か”に縛られる必要があるのだろうか。

私の一歩は私の中にある —— そのタイトル通り、自分らしい生き方は自分を見つめ直せば見つかるのだ、ということに気付かされたワークショップだった。


土井香苗(どい・かなえ): 国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表。1975年神奈川県生まれ。1996年、東京大学3年時に司法試験に合格。大学4年生の時、アフリカで最も独立国(当時)・エリトリアに赴き、1年間エリトリア法務省で法律作りのボランティアに携わる。1998年東京大学法学部卒。2000年司法研修所修了。弁護士業務の傍ら、日本の難民の法的支援や難民認定法の改正のロビーイングやキャンペーンに関わる。2006年米国ニューヨーク大学ロースクール修士課程修了(国際法)。2007年から現在まで、米国ニューヨーク州弁護士。2006年から、ヒューマン・ライツ・ウォッチのニューヨーク本部のフェロー。2008年より日本代表。現在、弁護士業は休業しNGOに専念。2011年世界経済フォーラムYoung Global Leader(YGL)。



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