元WSJ記者ジェシカ・レッシンは何を成し遂げたのか?:購読料モデルの成功例「インフォメーション」創業者

DIGIDAY[日本版]より転載(2017年4月6日公開の記事)

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ジェシカ・レッシン氏は20代のころ、ウォール・ストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal:以下WSJ)の若手記者として、テクノロジー企業やメディア企業に対する粘り強い取材で自身の評判を築いた。メディア界の大物であるジョン・マローン氏とバリー・ディラー氏のあいだで繰り広げられた法廷闘争の内幕を暴き、同紙の一面で一大センセーションを巻き起こしたのも彼女の記事だ。

リコード(Recode)で編集長を務めるカーラ・スウィッシャー氏は、レッシン氏を「いつも手際が良い」と称賛。同じリコードのシニアエディターであるピーター・カフカ氏は、レッシン氏のスクープがあまりに徹底したものだったため、先述の法廷闘争でも取り上げられたと、ビジネスインサイダー(Business Insider)で述べている。

当時の担当編集者だったマーティン・ピアーズ氏は、これらの大御所を前にしても屈しないレッシン氏の芯の強さ ―― 「ディラー氏のような人物はときに人を威圧する」 ―― と、テレビ事業への参入をめざすアップルの計画を頑なに追いかける姿勢に感銘を受けたと語る。「彼女はApple TVに関する報道を続けるようしつこくせがんできた。それほどの時間を費やす価値があるのか、私自身は少し懐疑的だったが、彼女はひっきりなしに私に電話をかけてきた」とピアーズ氏は語る。

そして3年前、レッシン氏(現在33歳)は、サブスクリプションベースのテクノロジー系ニュースサイト「インフォメーション(The Information)」を開設。そのひたむきさと家族の蓄え、およびテクノロジー系エリート層との人脈(マーク・ザッカーバーグ氏はレッシン氏の結婚式で介添人を務めた)を、同サイトの運営に注ぎ込んだ。知名度はなく、1日に配信される記事も2本だけ。しかし、その年間購読料は399ドル(約4万5000円)で、120年以上の歴史とグローバル規模の取材リソースを誇るWSJの購読料と、肩を並べるものだった。

だが、これまでにメディア企業やテクノロジー企業を取材してきた経験から、毛色の違ったメディア企業がつかめる好機は必ずあると彼女は確信していた。

レッシン氏は次のように述べている。「数多くのメディア企業を取材してきたが、長期的な事業目標を考慮せず、むやみにテクノロジー系コンテンツをグーグルやFacebookに提供している企業があまりにも多すぎると感じていた。メディア企業に関するおびただしい数の取材や記事の編集経験がなかったら、いままでにないメディア企業をつくり、インフォメーションを開設する好機を見出すことはなかったと思う」

記者出身の起業家

読者と直接つながること ―― そして、オンラインコンテンツを有料化すること ―― が生き残りに不可欠とみなす傾向がメディア業界でますます強まっている現在、レッシン氏のビジネスモデルには熱い視線が注がれている。

レッシン氏はジャーナリストだった経験から、スタートアップを立ち上げる方法に関して記事を書くのと同じように、ビジネス構築にアプローチ ―― 関係者に取材し、Googleドキュメントで事業計画を作成したのだ。週2回行われるニュース会議には積極的に参加し、インフォメーションのイベントでは壇上にも立つ。そして、普段はSlack(スラック)の専用チャンネルで定期購読者との交流を図っている。

当初はインフォメーションのビジネスモデルを疑問視する人々もいた。当時、マシュー・イングラム氏はIT関連ニュースサイトのギガオム(Gigaom)で、「新規参入の場合はペイウォールがさらに高い壁になる」と述べた。ペイウォールの後ろにいては、新たな読者にリーチし、Webの流れに合流することは困難になる。また、ペイウォールは価値を高めるのに多くの労力も要するというのだ。

だが、開設以来、インフォメーションは影響力を着実に伸ばし、アルファベット傘下のスマートホーム家電開発企業ネスト(Nest)における混乱や、FacebookによるWhatsApp(ワッツアップ)の買収などに関するニュースで注目を集めてきた。それから3年後の現在、レッシン氏によると、インフォメーションのキャッシュフローはポジティブな状態にあり、定期購読者の数も1万人を超えているという(正確な数字については明らかにしようとしなかった)。

レッシン氏は定期購読者数を増やすために、年額234ドル(約2万6000円)となる学生向けの廉価版と、そのほかの独自コンテンツやブリーフィングなどを含む、年間購読料1万ドル(約100万円)のエキストラプレミアムプラン「インフォメーション・フォー・インベスター(The Information for Investors)」を導入した。公のコメントには真剣かつ慎重に言葉を選ぶレッシン氏だが、古巣のWSJをからかい、Snapchat(スナップチャット)の新規株式公開(IPO)に関するニュースについて、次のようにツイートしたこともある。「2カ月以上も経ってから@wsjがインフォメーションの後追いをしているなんていい気分だ」

だが、インフォメーションに懐疑的な目を向ける人々がいなくなったわけではない。サブスクリプションのみのビジネスモデルは、困難だが単純であるがゆえにうまくいく。いまなお、メディア企業のビジネスモデルの大半は、そのどちらでもない。ニューヨーク・タイムズ(The New York Times:以下NYT)の場合、料金の直接的な支払いが同紙ビジネスモデルの中核を成しているが、広告やeコマースをはじめとする副次的な収入源の重要性も高い。

記者は「馴れ合い」を避ける

また「馴れ合い」を避けるべきという問題もある。シリコンバレーのテクノロジー系パブリッシャーは、対象とする企業との親密な関係をめぐって厳しい監視の目にさらされてきた。レッシン氏の夫サム・レッシン氏は、自身が創業したスタートアップをFacebookに売却し、同社に4年間勤務した経験をもつ。また、レッシン夫妻はザッカーバーグ夫妻の友人でもある。

2016年11月、NYTでパブリックエディターを務めるリズ・スペイド氏は、ジェシカ・レッシン氏が執筆した同紙の論説に対して、批判的な意見を述べた。しかし、その論説はFacebookを擁護するため、レッシン氏のFacebookとのつながりについての言及は最小限にとどめられている。同紙の論説担当編集者は、明確さに欠ける情報開示だったかもしれないが、落ち度はなかったはずだと述べる。一方で、インフォメーション側は、レッシン氏が提供したFacebookの開示情報はNYTに掲載されたものよりも長かったと述べた。またレッシン氏本人も、インフォメーションはFacebookに対してしばしば批判的であり、レッシン氏の立場の独立性はインフォメーションで掲載した手厳しいニュースで証明されていると語る。

多くのジャーナリストは商才に欠けているかもしれないが、その才能に恵まれた者こそが、今日のメディア企業のニーズにもっとも適しているといえるかもしれない。レッシン氏の相談役といえる人物のひとりが、米政治メディア「ポリティコ(Politico)」の共同創業者ジム・バンデヘイ氏だ。同氏もまた、新たに開設したアクシオス(Axios)で年間購読料1万ドル(約100万円)のサブスクリプションサービスに打って出ようとしている

メディア企業の設立には、これまで以上にジャーナリストと信頼関係を築くことが必要になっているとバンデヘイ氏は語る。同氏によると、成功を収めるにはビジネスサイド、技術サイド、編集サイドの歩調を合わせることが必須だが、そういうことをもっとも苦手とするのが、実はジャーナリストなのだという。

「これら3つのすべてが異なった動機と関心をもち、話す言葉も違う。いちばん難しいのが、ビジネスと技術のことを気にかけるように編集サイドを仕向けることだ。ジャーナリストとして参加する場合、編集者と話しているときにヨソ者扱いされることはない。仲間の一員とみなされる。レッシン氏は編集の立場で考えて、報道してきた人物だ」とバンデヘイ氏。

レッシン氏は若くしてジャーナリストとしての地位を確立した。コネティカット州で育った彼女が学校新聞づくりに参加したのは7年生のときだった。ハーバードに在籍していたころには、大学新聞「ハーバードクリムゾン(The Harvard Crimson)」に記事を寄稿していた。WSJでは、8年間にわたってFacebookやグーグル、アップルなどを取材し、WSJを含むパブリッシャーがテクノロジー系企業への権限移譲をめぐる問題に頭を悩ませる姿を間近で目にした。

インフォメーションの最初の活動拠点はサンフランシスコにあるオフィスの一室だった。レッシン氏と3人の同僚はその一室を同氏の大学時代の友人たちと共同で使用した。「私たちは常に一丸となってニュース編集に関わるすべての仕事 ―― 編集や報道、校閲 ―― をこなした。ときにはサブスクリプションの売り込みまで行った」とケイティ・ベナー氏は語る。ベナー氏はインフォメーションの最初のスタッフの1人で、いまはNYTに在籍している。現在、同サイトのスタッフは22人(うち10人がエディトリアル側という陣容)で、サンフランシスコ、およびニューヨークと香港にある高層ビルを拠点としている。

有料モデルへの賭け

サブスクリプションベースのパブリッシャーであるインフォメーションは、広告主導型のパブリケーションが陥りやすい、トラッフィックをめぐる泥沼の争いに参加する必要はない。だが、読者からの売上にほぼ依存している以上、同サイトにとっての至上命令は、既存の定期購読者にその価値を証明しつつ、新規の加入者を引き寄せることだ。先頃、サイトをリニューアルした際には、幅広いコンテンツとその見つけやすさを大々的に宣伝した。

インフォメーションが提供するサービスの中心にあるのは、徹底取材された2本のニュース記事だ。これらの記事が毎日、定期購読者の受信トレイに届く。1日に2本しか配信されないため、当然そのハードルは高い。会議でのレッシン氏は、歯に衣着せぬ物言いで、容赦なく担当記者に最新かつ詳細な情報の入手を迫ることで知られている。

「インフォメーションがめざすのは、我々にしか伝えられない記事に100%集中することだ」と同氏は語る。「ニュースを読者に送信するとき、我々はテイクアウトボックスを用意して、彼らにそのニュースの概要を伝える。事業として我々は、ありふれたニュースに無駄な時間を割くわけにはいかない。初期のころに私が言い続けたことは『他メディアからもってきたニュースなどいらない、くだらないニュースもいらない』ということ」

「いつもジェシカから、しつこいぐらいに『このニュースはほかとどこが違うのか』の確信をもつようにいわれている」とピアーズ氏は語る。ピアーズ氏はWSJを離れて、現在はインフォメーションで主筆を務めている。「私はこれまでに7紙で働いてきたが、各記事にこれほどの力を注いだことはなかった。どの記事も付加価値があり、特ダネで、これ以上にないほど詳しいものでなければならない。高い料金を請求しているのだから、何でもかんでも配信するというわけにはいかないということだ」

インフォメーションの読者の多くは、知識豊富な業界関係者だ。ベテラン記者のレッシン氏は、この特有の読者属性に価値を見出し、Slackにチャンネルを開設して定期的に読者と電話会議を行うことを思いついた。そこでは定期購読者が記者と情報交換することができる。その価値は、双方が享受できる。このSlackチャンネルは有益な内部情報の宝庫なのだ。

読者コメントにも同じ考えが当てはまる。多くのパブリッシャーが荒らしを理由にコメント欄の閉鎖に走る一方で、インフォメーションはコメント欄もセールスポイントの1つにしてきた(これを提供できるのも、同サイトが自ら選択した内部関係者や有名人からなるオーディエンスに支えられているからだ)。コメントの質の高さを維持するため、読者には略歴を提出してもらい、コメントを投稿するための承認を受けることを求めている。現在、専任者を雇用して、新たなコミュニティ機能を開発する計画も進められている。

読者のメリットが明確なサービス展開

編集に携わってきたレッシン氏の経歴は、イベントにも色濃くにじみ出ている。ほかのメディア企業とは異なり、インフォメーションのイベントは売上を生み出すことではなく、定期購読者の利益と編集面の拡張を主目的として行われている。同サイトが手がける最大のイベントは半日がかりの「サミット」で、2年に1度開催され、記録も残っている。

プログラムの作成にはレッシン氏が大きく関わり、テクノロジー系企業とのコネクションを駆使して、ブログプラットフォームのMedium(ミディアム)を立ち上げたエヴァン・ウィリアムズ氏や、プロジェクト管理アプリケーションの開発を手がけるアサナ(Asana)の共同創業者ダスティン・モスコビッツ氏など、イベントに招くのが難しい講演者を登壇させている。イベントには企業スポンサーも名を連ねるが、企業側の人間が壇上に姿を見せることは許されない(過去にはゴールドマン・サックス[Goldman Sachs]やコムキャスト[Comcast]、アリババ[Alibaba]などが後援している)。

「定期購読者に向けた講演を依頼すれば、彼らは引き受けてくれる」と、インフォメーションのイベント担当ディレクター、エイミー・ニコルス氏は語る。「我々が強く願うのは、実績のある講演者が登壇するイベントにしたいということだ」

読者たちが気に入っているのは、自分たちと同じ定期購読者からなる集まりに参加して、クリックベイトや、ほかの手法に手を染めていないということを確認しあえる点だ。

フォックス・ネットワークス・グループ(Fox Networks Group)で広告プロダクト部門のプレジデントを務めるジョー・マルケーゼ氏は、次のように述べている。「インフォメーションがページビューを追い求めていないことは明らかだ。重要なポイントがまとめられているので、クリックしてサイトに移動する必要がない。PVを目的としているサイトであれば、読者にあちこちクリックさせるために何でもするだろう。インフォメーションは非常に強固な基盤に支えられて情報や分析、価値の配信に注力しているサイトだ。バイヤーが判断材料にする、必ずしも品質には基づいていないメトリクス(PV)と張り合っているわけではない」

エージェンシーのデジタスLBi(DigitasLBi)で北米事業部門を率いるホルヘ・ウルティア氏は、徹底した報道やコメント、メールのフォーマット、電話会議について言及し、自分自身は参加したことはないものの、イベントの出席者リストを見ただけでも年間購読料の価値があると述べた。「全体的に見てインフォメーションは、大半のパブリッシャーよりも親密な関係をオーディエンスとのあいだに築いている。それが、私が料金を支払う理由の1つでもある」と同氏は語った。

グローバル化

成長という大いなる野心を抱くレッシン氏は、インフォメーションの定期購読者は84カ国以上に広がっていると豪語する。サブスクリプションモデルの拡大に加えて、同サイトはアジアでの雇用を増やし、取材範囲を金融やバイオテクノロジーなど、テクノロジーと交わる産業にまで広げつつある。そのカギを握るのは、規模を拡大し、広告事業(レッシン氏がその可能性を除外しているわけではない)を構築しながら、インフォメーションの成功の一翼を担う、読者との親密さとコンテンツへの集中力を維持することだろう。

「すべての優れたメディア事業が最終的に手にするのは複数の収入源だ。我々の野心は壮大だ」と同氏は語る。「インフォメーションもほかの収入源をもつときが来ると私は確信している。だがいまは、そのことはまったく考えていない。サブスクリプションは素晴らしいビジネスだ。せっかくうまくいっているのなら、ダブルダウン(倍賭け)で打って出るべきだ」

Lucia Moses (原文 / 訳:ガリレオ)

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