北朝鮮の狙いは何か?——金正恩夫人の呼称と後継者への動き、悲願の金体制100年へ

「不倶戴天の敵」であるアメリカのトランプ大統領と直談判に臨む北朝鮮の若き独裁者、金正恩。果たして彼は国際社会の圧迫に屈したのだろうか? 答えはノーだ。

金正恩朝鮮労働党委員長

史上初となる米朝首脳会談を決断するなど、急激な歩み寄りを見せる金正恩の狙いとは。

KCNA/via REUTERS

2月8日、平壌の金日成広場で朝鮮人民軍創建70周年の軍事パレードがあった。平昌冬季五輪開幕の前日である。

バルコニーに現れた金正恩は夫人の李雪主を伴っていた。彼女が軍事パレードに姿を見せたのはこれが初めてだ。しかも朝鮮中央テレビは、彼女を従来の「李雪主同志」から「李雪主女史」と呼称を変えていた。

彼女は文在寅韓国大統領の特使をもてなすために、朝鮮労働党中央庁舎で開かれた晩餐会にも同席したが、北朝鮮メディアは「女史」と呼んだ。

すぐに連想したのは金日成の夫人、金正淑のことだった。彼女は同志とも呼ばれるが、1970年代、金正日が後継者としての地歩を固めようとしていたころ、金正淑をたたえる宣伝が繰り広げられた。「金正淑女史」と呼ばれ、同名の伝記も出版された。金日成の傍らで抗日パルチザン闘争を補佐しただけでなく、後継者を産み、育てたことが偉大な業績だというのだった。彼女はまた「尊敬するオモニム(お母さま)」とも称された。金正日の夫人、高英姫も「尊敬するオモニム」と呼ばれた。

金正恩の9歳誕生日前に作られたお祝いの歌

かの国では母の呼称は後継者にからんでいる。その突然の呼称変更に意味がないはずはない。ずばりポスト金正恩、4代目がある年齢となり、後継者と目されはじめているのではないか。気が早いなどと言うなかれ。私は「金正日の料理人」だった藤本健二氏から聞いたエピソードを思い出した。

1992年1月8日、日本海側にある元山招待所で開かれた金正恩9歳の誕生日パーティーだ。普天堡電子楽団によるお祝いの歌が披露された。それが「パルコルム(歩み)」だった。

♪われらの金大将のパルコルム 2月の偉業仰ぎ見て 前へ タッタッタ パルコルム パルコルム さらに高く鳴り響け 輝かしい未来が近づく タッタッタ……。

金正日が倒れた2008年の翌年あたりから金正恩をたたえる歌として広まったと思われていたが、私はこの歌が誕生日パーティーの前年に創作されたことを平壌の文献から突き止めた。こうした後継者登場を予感させる称賛の歌は兄の正哲、妹の与正にはつくられなかった。

金日成と金正日の銅像

金一族は体制100年周年へ向けての動きを加速させている。

Damir Sagolj/REUTERS

金正恩ファミリーはベールに包まれている。

ただ2017年8月、韓国の情報機関、国家情報院が国会情報委員会で「李雪主氏が2月に第3子を出産したようだ」と報告した。李雪主は金正恩と2009年に結婚し、翌2010年夏ごろに第1子を産み、2013年1月に第2子を出産したという。

また2013年に平壌に招かれ、金正恩の別荘で家族と一緒に過ごしたNBAの元選手、デニス・ロッドマン氏によれば、「ジュエ」という女の赤ちゃんがいたらしい。第2子の可能性がある。別の有力情報によれば、第1子は息子とされ、2010年夏生まれなら、今年8歳になる。第2の「パルコルム」を発注しなければならないころなのだ。

金王朝ドラマの次章は「富強祖国」建設

私は北朝鮮で刊行されている実録小説を読んできた。そこで気づくのは、金日成から金正日、金正恩へ、軍事重視の「先軍」をキーワードにした金王朝のドラマが生産され続けていることだ。日本による植民地支配、国土が灰燼(かいじん)と化した朝鮮戦争から彼らが導き出した結論は核・ミサイル開発であった。人民がひもじくともなお莫大な資金を注ぎ込んだ、その正統性を人民に伝えるため、せっせと宮廷作家が小説を書いてきた。その血と汗のにじんだ「核武力」が完成した、と金正恩は宣言した。

韓国の文在寅大統領と握手を交わす金正恩の妹与正。

韓国の文在寅大統領と握手を交わす金正恩の妹与正。

KCNA/via REUTERS

次章からは「富強祖国」建設のドラマになるのだろう。

「パルコルム」のできた2011年、金正恩はひそかに兄、正哲と来日している。東京ディスニーランドで遊び、まばゆい東京の光景を幼いまぶたに焼き付けたはずだ。

2018年の9月9日、北朝鮮は建国70周年を迎える。500年続いた李王朝に比べるべくもないが、あと30年で100周年になる。金一族による「100年王朝」を金正恩は夢見ているに違いない。平昌五輪で妹の与正がソウルに乗り込んだのも一族の一大事だったからだろう。

かくして満を持していたかのごとく南北首脳会談、そして史上初の米朝首脳会談までもが決まった。核・ミサイルという「宝剣」を手に金正恩は「体制の保証」を求め一世一代の大勝負に挑む。

(一部敬称略)


毎日新聞夕刊編集部部長委員。1959年、滋賀県生まれ。大阪外大朝鮮語科卒。「サンデー毎日」記者時代から北朝鮮の深層を追いかける。新聞では政治家から芸能人まで幅広くインタビューを続けている。著書に『日本国憲法の初心』『今夜も赤ちょうちん』『テポドンを抱いた金正日』など。佐藤優氏との共著に『情報力』がある。

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