米朝首脳会談前の突然の国務長官解任。最大の外交イベント前に「イエスマン」登用で混乱拡大するトランプ政権

3月13日午前8時44分(アメリカ東部時間)、トランプ米大統領がツイートした。

「CIA長官、マイク・ポンピオが、国務長官に就任する。素晴らしい長官になるだろう!レックス・ティラーソン現国務長官には礼を言いたい」

ホワイトハウスの側近にですら、寝耳に水だったと米メディア。就任後、わずか1年余りで、ティラーソン氏は側近が手渡した大統領ツイートを見て自らが解雇されたことを知った。トランプから正式な電話を受けたのは、それから3時間後だった。

北朝鮮の金正恩委員長が、トランプ大統領に会談を要請し、トランプ氏は5月までに会談すると応じたばかり。実現すれば現職の米朝首脳の会談は初めてで、ティラーソン氏は米朝首脳会談の前にしかるべき予備協議が必要だ、という常識的なコメントをした直後だった。

トランプ大統領は記者団にこう語った。

「(ティラーソンと自分は)同じ考え方ではない」

大統領との意見の対立を隠すこともなく、2017年10月からいつ更迭されるかとメディアが騒いでいたティラーソン氏の去就は、米朝首脳会議の前に唐突に終わった。米メディアによると、外交で最大のイベントを迎えるにあたり、トランプ氏がポンピオCIA長官という「イエスマン」を国務長官にしたかったのではないかと伝えられている。

ティラーソン氏は3月31日で辞任することを記者会見で発表し、こう付け加えた。

「私はプライベートな生活、一市民、そして、アメリカに尽くすチャンスを得た、誇り高きアメリカ人に戻ります」

ティラーソン元国務長官

ティラーソン国務長官の解任で、米朝首脳会談は行方はますます見通せなくなった。

Laeh Millis/Reuters

アメリカばかりでなく、世界を左右する外交を担当する国務長官は、閣僚トップとして、副大統領よりも存在感と影響力がある。ヒラリー・クリントン氏、ジョン・ケリー氏らは、それぞれオバマ前大統領の最初の任期4年と、再選後の任期4年を務め上げた。ヘンリー・キッシンジャー元長官は、ベトナム戦争終結に果たした役割で、ノーベル平和賞まで受賞した。

ティラーソン氏の抜擢は、トランプのニューヨーク人脈であるキッシンジャーの推薦だったとされる。そうした重鎮を、あろうことかツイッターで解雇した。

「トランプは、自分が大統領だという自覚があるのだろうか」

CNNのコメンテーターが、こう指摘した。

20人以上のトランプ政権の幹部が解雇

トランプ氏のホワイトハウスと政権は、解雇・辞任が相次ぎ、死屍累々たる状況だ。以下は、ティラーソン氏以外に直近に解雇された幹部リストの一部だ。ニューヨーク・タイムズによると、大統領が指名し、宣誓をもって就任する政治任用ポストを解かれた幹部は、20人以上に及ぶ。

  • スティーブ・ゴールドスタイン国務次官:トランプ氏がティラーソン氏解雇ツイートをした直後、ティラーソン氏が事前にトランプ大統領から連絡を受けていなかったことをツイートしたために同日解雇。
  • ゲーリー・コーン国家経済会議(NEC)議長:辞任発表。自由貿易主義者で、高関税を打ち出したトランプ氏と対立したため。
  • ホープ・ヒックス広報部長:トランプ氏の長期に及ぶ側近だったが、議会で「大統領のために“罪のない嘘”をついた」と証言し、解雇。
  • ロブ・ポーター秘書官:元妻二人が、ドメスティック・バイオレンス(DV)を告発し、解雇。

このほか、ジェイムズ・コミー米連邦捜査局(FBI)長官、「影の大統領」といわれた極右の論客、スティーブ・バノン主席戦略官(いずれも当時)など、通常は手を下さない司法のトップや側近の解雇もあり、誰もが度肝を抜いた。さらに、ジョン・ケリー大統領補佐官、ジェフ・セッションズ司法長官も常に辞任するのではないか、と名前が挙がる。

見通せない米朝首脳会談

トランプ

またもやツイッターでの仰天人事。ティラーソン氏が米朝首脳会談に対して「常識的」な発言をしたことが気に入らなかったとも言われている。

Reuters/Kevin Lamarque

長官クラスの“超大物”が解雇されるたび、トランプ氏を囲む主要閣僚や側近が、解雇を恐れて「イエスマン」となり、誰もトランプ氏の「暴走」を止められないという負の連鎖に陥る。国民に資するべき政策を進言するべき閣僚や側近が、トランプ氏の機嫌を損ねないような政策になびくという末期的な状況だ。

「まさに、カオス(混乱)なのです」

と、筆者がワシントンで会ったコンサルタントは、苦り切った表情だ。

ホワイトハウスが幹部の解雇や人材流出で、常に人材不足であるだけではない。トランプ氏の「自由時間」が多く、執務時間が過去の大統領に比べて極めて少ないことにも懸念が高まっている。

政治専門のニュースサイト、Axiosは2018年1月、トランプが執務室にいる時間が過去の大統領に比べて短く、幹部とのミーティングも少ないというスクープを流した。

前任のオバマ大統領とバイデン副大統領が、午前9時には執務室にいたのに対し、トランプの「出勤時間」は午前11時。午前8〜11時は、「エグゼクティブ・タイム」と呼ばれて、自室でテレビをチェックし、電話やツイッターに専念するという。Axiosによると、午前にも午後にも数時間のエグゼクティブ・タイムがあることもあり、幹部とのミーティングの回数も極めて限られている。同タイムが増えるほど、ツイッターに専念する時間も増えて、世界の政府や外交官だけでなく、ホワイトハウス内部さえ驚かす不規則で、正確さに欠けるツイートが増えてしまう。これも負の連鎖だ。

トランプ氏が就任して14カ月が経った。「混乱」が収まる兆しはなく、ティラーソン国務長官の更迭で、トランプが混乱をものともしていないことも明白になった。初の米朝首脳会談の見通しは、さらに不透明だ。アメリカのリーダーシップはますます縮小する。日本も海外も、独自の危機管理体制が必要だ。

(文・津山恵子)

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