女性に対するセクハラ・性的暴行を告発する人を支援する#MeToo運動は、アメリカで、告発が恥ずかしいといった古い考え方を覆しつつある。セクハラ訴訟案件を過去10年で数百件、日系・アジア系企業を相手取った案件を100件以上扱ってきたニューヨーク市のセクハラ訴訟専門弁護士、クリストファー・ブレナン氏(ジーグラー・ジーグラー・アソシエイツ)に、アメリカの#MeToo運動がもたらしている変化と、アメリカにある日系企業が抱える問題を聞いた。
♯MeToo運動の広がりは、アメリカ社会にどのような変化をもたらしたのか。
REUTERS/Lucy Nicholson
——2017年からの#MeToo運動の影響は、セクハラ訴訟の世界でありますか。
クリストファー・ブレナン氏(以下、ブレナン):セクハラ案件に関する世界は、2017年10月27日をもって、ドラマチックに180度変わりました。その日は、ニューヨーク・タイムズが、ハリウッドのプロデューサー、ハーヴェイ・ワインステイン氏が過去30年にわたり、女優などにセクハラ・性的暴行をしていたことをスクープした日です。
それまでは、セクハラを告発する女性に対する偏見もあり、事を丸く収めようとするか相手にしないか、さらには「加害者はそんな人物ではない」と反発するケースもありました。
でも、10月27日以来、そういう「決まり文句」は消えて、被害者が言っていることは事実なのだと、企業がすぐに反応するようになりました。企業のゴールはいまや被害者を守ることであり、加害者に対して素早い対応を取ることで、被害者は社会的に以前よりもずっと大切にされるようになりました。
——なぜ、そんなにドラマチックに変わったのでしょう。一方で、ウォール街を中心とする金融業界は、働いている女性がまだ少ないにもかかわらず、セクハラの報道は見当たりません。なぜでしょうか。
セクハラが企業にとって大きな損失になることが認識され始めている。
REUTERS/Mike Segar
ブレナン:少し前から、女性を粗末に扱うと、企業に膨大なコストがかかることが認識され始めました。FOXニュースで視聴率トップの看板アンカー、ビル・オライリー氏が、女性の同僚からの複数のセクハラ訴訟に対し、5000万ドル(約52億円)もの和解金を秘密裏に支払っていたことを、ニューヨーク・タイムズがスクープしました。その記事の直後、番組のスポンサーがCMを中止し、オライリー氏も降板しました。
ウォール街も1980、90年代にセクハラ告発が相次いだ時代があり、投資銀行は集団訴訟に対し、巨額の和解金を払いました。「Boom Boom Room訴訟」(投資銀行スミス・バーニー支店の地下のパーティルームで、顧客の相手をするように言われた女性社員が起こした訴訟)などを経て、セクハラ=大きな損失になると、金融機関は学んだのです。
私は2006年、北米トヨタ自動車社長の日本人アシスタント女性が、社長にセクハラを受けたとして起こした損害賠償請求訴訟を担当しました。トヨタにはまずは社内で対応するよう求めたのですが、拒否されたため、訴訟を公にすることとなりました。しかし、そこからトヨタは学んだと思います。ウォール街でも同じことが、過去にあったのです。
——トヨタに対する訴訟以来、アメリカで事業を展開する日系・アジア系企業に対するセクハラおよび差別に関する案件を100件以上扱ってきたと聞きました。日系企業でそんなに案件があるのは、なぜですか。
ブレナン:個別の案件には触れられませんが、私は多くの日本人女性から、日系企業の女性に対する態度、文化、組織の階層について教わりました。そこから言えるのは、女性に対する言動が、アメリカと180度異なっているということです。日本からの駐在員というのはほとんど男性ですが、数年で帰国するので、日本の環境をそのまま持ち込みます。でも、彼らの女性に対する敬意に欠ける言動は、日本以外のどこでも許されるものではありません。
——どうして、そんなことになっているのでしょう。
日系・アジア系企業を相手取った案件を100件以上扱ってきたニューヨーク市のセクハラ訴訟専門弁護士、クリストファー・ブレナン氏。
撮影:津山恵子
ブレナン:アメリカにある日系企業では、日本人女性が日本人女性であるゆえに差別されています。ある種の階層が背景になっています。階層のトップにいるのは男性の駐在社員、2番目が白人のアメリカ人男性、3番目が女性の駐在社員、4番目が現地採用の日本人女性です。日本人女性は性別が理由で、日本企業に差別されているのです。
特に、最下位にある現地採用日本人女性に対する給与、尊敬のレベルの低さ、昇進のチャンスのなさはあまりにもひどく、到底受け入れられるものではありません。現地採用の女性は、北米トヨタ社長のアシスタントもそうでしたが、驚くほど能力が高い人がたくさんいます。多くの人が、英語も話せないのに10代で留学し、猛勉強してバイリンガルです。大企業に雇われて期待が膨らむわけですが、実際は何のチャンスもなく、下級の社員として扱われます。
ところが駐在の男性は、日本国内と同じレベルの性差別主義をアメリカに持ち込み、つまり日本人女性なら、日本固有の文化を承知していて我慢するだろうと思い込んで、接するわけです。
——セクハラについて、日系企業の人事部などの対応はどうでしょうか。
ブレナン:これも、日本とアメリカが大きく異なる点です。アメリカの人事部の役割は幅広く、セクハラだけでなく何か苦情が持ち込まれたら、仲介役として活発に動きます。問題を解決するのは多様性を奨励し、企業にとって利益になるからです。
一方、日本企業の文化には苦情も含め「バッドニュース」は誰も報告したがらないところがあります。特別な報告がないことが、いいことだとされています。
——安倍政権は、女性を活用する「ウーマノミクス」を掲げています。
女性の地位を引き上げなければ、日本にチャンスはない。
撮影:今村拓馬
ブレナン:高齢化と少子化が進んでいるなら、女性をもっと高い地位に引き上げ、昇進させなかったら、日本にチャンスはないでしょう。労働力を輸入するしか残された道はありません。日本では男女の大学進学率では差がなくなって来ているのに、卒業して社会に出た途端に、女性は女性だからという理由でわきに追いやられてしまう。すると、日本人女性は優秀な人が多いので、アメリカや海外に出て行ってしまいます。
ところが現地で日系企業に就職したら、今度は落胆するような環境に置かれるのです。アメリカにある日系企業は、日本人女性を下の階層においておくのではなく、もっとチャンスを与えていくことが必要です。#MeToo運動で、アメリカのセクハラ訴訟案件への対応が変わったとお話しましたが、日本でも同じような変化があることを切に願っています。
(聞き手・構成、津山恵子)