3月19日、僕は日本での1年間の交換留学を終えて中国に帰る。留学先の秋田市を3月上旬に発ち、バスで東京に来た。友人の家に荷物を置いて最初に向かったのは吉祥寺。中国でドラマ『火花』に出合い、来日後は又吉直樹原作の小説も読んだ。『火花』に登場した場所を巡る「聖地巡礼」は、僕が日本で一番やりたいことだった。
『火花』の登場人物が飲みに行く吉祥寺のハーモニカ横丁。
作品見てなくても知っている鎌倉の踏切
映画のロケ地やアニメに登場した場所を訪ねる「聖地巡礼」は、2016年の「ユーキャン新語・流行語大賞」のトップ10に選ばれた。その言葉は2015年ごろから、10〜20代の中国人にも浸透している。
最近、日本に行ったことのない中国人の友人7人に、「日本で行きたい場所があるか」と聞いたところ、6人が具体的な場所を挙げた。そのうち5人が行きたい場所は、アニメや映画の舞台だった。
中国の旅行サイトでは、スラムダンクの舞台、鎌倉を巡る日帰りツアーも売り出されている。
中国人の間で最も有名な聖地巡礼の地は、『スラムダンク』の鎌倉と、『君の名は。』の飛騨高山だろう。
スラムダンクに出て来る鎌倉高校駅前の踏切のシーンは、スラムダンクを見たことがない人でも知っている。東京から近いので、訪れやすい。鎌倉は映画『海街diary』のロケ地でもあるので、2作品の舞台をはしごする人もいる。
『君の名は。』は、中国で公開される前から大きな話題を呼び、日本映画としては初めて、上映期間が延長された(僕も中国で3回見た)。飛騨高山まで足を運ぶのは大変だけど、男性主人公が憧れの女性とデートした六本木の国立新美術館を訪ねるファンは多い。
聖地巡礼の情報は、中国のネットでもたくさん見つけることができる。動画共有サイトのビリビリ動画(Bilibili)には、聖地巡礼に行った人たちの動画が数多くアップロードされている。『君の名は。』で主人公2人がすれ違った歩道橋の所在地も、そこで調べることができる。
個人旅行の情報サイト、馬蜂窩(mafengwo)もお勧めだ。「日本」というキーワードで検索すると、旅行ブログや旅行指南、観光名所、ホテルなど16万件の結果が表示される。「『スラムダンク』聖地巡礼のための1日の流れ」が詳細に書かれた旅行者ブログもいくつもある。
日本のアニメは人生の一部
なぜ中国でもこれほど聖地巡礼が人気なのか。それは、僕たち90後(1990年代生まれ)が、無意識のうちに日本のアニメと一緒に育った世代だからだ。
僕は大学生になってから、子どものころからこれまで見てきた作品の半分以上が日本のものだと知った。中学生の親戚も、『ONE PIECE』(ワンピース)に夢中だ。
中国のクチコミサイトで見る番組を決める。日本留学中はNetflixを利用していた。
漫画『NARUTO -ナルト-』が2014年に連載終了したとき、中国のファンは青春が終わった気持ちになった。だが、ワンピースは続いている。同級生は、ワンピースの主人公、ルフィの台詞「おれは海賊王になる男だ」をもじって、「おれはワンピースを最後まで見続ける男だ」と宣言している。日本のアニメを人生の一部だと思っている若者は、決して珍しくない。アニメだけでなく、中国人の心に響く日本のドラマや映画もたくさんある。
将来に悩んでいたとき出合った『火花』
東京タワーにあるワンピースのショップで、就職について助言してくれる先輩へのお土産を買った。
今、1年間の日本生活の締めくくりとして、僕も東京で聖地巡礼をしている。ジブリ博物館がある三鷹市、映画『言の葉の庭』に出て来る新宿御苑にも行った。中でも思い入れがある作品が、冒頭で書いた『火花』だ。
大学で日本語を専攻した僕は、音楽や映画などのコンテンツ評価サイト「豆瓣」(douban)で評価が高い日本ドラマを見るようにしていた。『火花』のドラマを初めて見たのは、3年生になったばかりの2016年10月だった。
李華傑作成
その直前の夏休み、僕は中国・大連のユニクロで初めてアルバイトを経験した。交換留学のチャンスもあって、今後の進路について思い悩む自分を、『火花』の主人公で売れない芸人の「徳永さん」に重ねた。
1年前に秋田に来てからは、家からの仕送りを断り、アルバイトで生計を立てることにした。ファミリーマートと居酒屋のアルバイトを掛け持ちし、学業と両立する生活は楽ではなかった。そしてこの1年、卒業後の進路についても考え続けてきた。
初めての海外生活、そしてこの先の就職問題。不安でたまらなくなると、『火花』のドラマを見た。見た時期が数年ずれていたら、これほどは刺さらなかっただろうと思う。
未来と向き合う勇気をもらいに
僕は河北省の出身だが、6月の卒業後は北京での就職を目指している。北京でルームシェアなど節約生活をしながら、夢のために奮闘する若者は「北漂」と呼ばれる。地方から出てきた僕たちが、格差が広がる国の首都で居場所を勝ち取るのは容易ではないが、それでも故郷よりはチャンスが多いから、希望を持って生き抜くしかない。
実はこうやって聖地巡礼をしながらも、図書館に行き、履歴書を書いて、ネットで北京の会社のインターンに応募している。一番行きたかったIT企業は、履歴書を出したその日に、「あなたの選考は終わりました」と通知を受けた。
僕の日本での生活は間もなく過去のものになり、新しい生活が始まる。だからもう一度、『火花』から未来と向き合う勇気をもらうために、吉祥寺に聖地巡礼にやってきた。
日本を離れる前の最後の思い出に井の頭公園に。
吉祥寺駅やハーモニカ横丁に行って、ドラマのシーンを思い出すと、興奮とともに、切なさに襲われた。
(火花の主人公の)徳永さんは結局、コンビを解散し、サラリーマンになった。漫才師として10年間頑張ったが、そこでは成功できなかった。
僕も就きたい仕事に就けないかもしれない。10年頑張っても出世できないかもしれない。最後は北京から逃げるかもしれない。
井の頭公園を歩いているときも、「中国に戻って、僕を採用してくれる会社があるかなあ」と考えた。その時、徳永さんもここを歩きながら、「売れるかなあ」と不安だったんだろうと想像した。
夢はかなわなかったけど、徳永さんはやり切ったのだろう。僕も「やり切った」と自分に言えるまでは頑張ろうと思う。
(文・撮影、李華傑、編集・浦上早苗)