その「再生医療工場」は渋谷にあった —— セルソース社 驚きの“合理化 経営”

元商社マンから再生医療事業へ。セルソースCEOの裙本(つまもと)理人(35)。2018年3月15日には、提携する米医療機器大手ジンマー・バイオメットとの事業提携を発表した。再生医療の臨床応用をビジネスの側面から加速させる、異分野からの挑戦を追った。

裙本理人氏

裙本理人。小学生から大学生まで剣道一筋だった。「年間360日は練習していた」。大学では体育会剣道部主将を務め、保健体育の教員免許も取得。

撮影:今村拓馬

2015年に裙本が創業した「セルソース」(東京・港区)の「セルソース再生医療センター」は、渋谷の街中の雑居ビルの1フロアにある。バイオ・スタートアップというと、大学内などの研究室をイメージしていたが、裏切られた。

ここは細胞の加工・培養を行う製造施設だ。渋谷駅から徒歩10分という場所にあるのは、輸送の利便性のためだ。厚生労働省が許可する「特定細胞加工物製造施設」であり、清浄度が管理された「バイオクリーンベンチ」や液体窒素の保存容器、無菌検査を実施するバクテアラート……などハイレベルの設備を備えてはいるが、当初から「可能な限り必要最小限」(裙本)というオーダーで設計された、究極にミニマムな細胞加工施設なのである。

この手堅い経営ゆえに、国内に60以上乱立する細胞加工受託業者の中でも、セルソースは異色の存在感を示す。

バイオ・スタートアップの多くが莫大な研究開発コストに耐えきれずに赤字決算から抜けられない中、同社はベンチャーキャピタルからの資本を入れず、第1期から黒字化を達成。第2期となる2017年10月期の純売上高は5.2億円(前期比約270%増)、経常利益1.6億円(約1800%増)と業績はうなぎのぼりだ。営業利益から研究開発を含む投資に資金を回していく循環が、起業直後から出来上がっている。

セルソースが提携医療機関からの受託で加工・培養を手がけているのは、再生医療製品に使われる「脂肪幹細胞」。さまざまな種類の細胞へ分化する能力を持ち、人の体に幅広く存在する脂肪から容易に採取できることから、最も臨床応用に近い幹細胞と目されている。患者の脂肪組織から採取して培養し、該当箇所に投与することで、関節症や糖尿病、心筋梗塞、脳梗塞……と多くの病気への効果が期待されている。

セルソースで展開する脂肪幹細胞培養サービスでは、医療機関で採取した脂肪を「セルソース再生医療センター」で検査・洗浄して培養し、冷凍保存している。病院が治療に使う際に細胞を発送する。医療機関側は、細胞を加工する専用施設を設置しなくて済むメリットがある。

20代で体感したゲーム・チェンジ

セルソースの冷凍保存装置

脂肪幹細胞を培養後、冷凍保存して管理。一度の組織採取で複数回投与分をストックしておくことも可能だ。

裙本はもともと商社マンだった。10年勤めた住友商事で実績を上げたのは、木材資源ビジネス。まったくの異業種から参入障壁が高い医療ビジネスに参入した動機を問うと、答えは明確だった。

「2014年に世界で先駆けて日本で『再生医療等安全性確保法』という新法ができたことです。これは、ルールが変わるゲーム・チェンジだと。法改正を機にプレイヤーが一気に変わることも、スタートダッシュで0から結果を出してビジネスを切り拓くことも、僕は商社時代に経験しているんです」

商社時代に赴任していたのは、真冬の最低気温がマイナス30度を下回る極寒の地、ロシアのプラスタン。人口7000人の村だった。原木輸出の税制改正を機に裙本に与えられたミッションは、「半年以内に工場を建て、木材の加工を開始すること」だった。日欧の技術者とロシアの地元民による混成チームを即座に結成。無謀にも思えたプロジェクトをチームワークで「やりきる」ことで、未開拓のビジネスを軌道に乗せた。裙本は20代にして「ゲーム・チェンジ」の醍醐味を体感したのだった。

セルソース施設

施設内で最も清浄度が高い区域で無菌操作ができる「安全キャビネット」での作業。施設内に複数台備えている。

商社に身を置きながら、頭の片隅では「いずれ独立を」と考えていた裙本は、需要があり社会的意義が大きい医療分野に着目した。医療に土地勘があったわけではない。趣味として長年続けてきたトライアスロンの人脈で、現在セルソースの最高科学顧問を務める医学博士の金島秀人(65)との出会ったことが大きかった。 セルソースの創業メンバーは、トライアスロンがきっかけとなり集まった。

金島は名古屋大学医学部を卒業後、シリコンバレーでバイオベンチャーの立ち上げに参画したキャリアがある。日米にまたがりバイオ分野のコンサルタントとして活動するなか、国内外の優秀な研究者とのネットワークも持ち合わせていた。裙本は金島の紹介で新しい医療をつくる多数の研究者たちと出会った。

2014年11月には再生医療等安全性確保法が施行。裙本は商社を退職し、再生医療事業の新会社設立に向けて走り出した。

超高齢社会を見据えた潜在ニーズを発掘

細胞培養のための「培地」

赤い色の液体が細胞培養のための「培地」。

まず臨床に携わる医師の元に通って現場の話を聞き、最新の論文はくまなく目を通した。2001年に発見された「脂肪幹細胞」が再生医療の選択肢を広げるキーファクターであることをある医師から教わった。着目したのが「変形性膝関節症」という膝の病気の治療だ。膝のクッションの役割を果たす軟骨が磨り減ることで膝関節に炎症を起こし、重症化すれば骨が変形し歩行が困難になることもある。健康寿命を縮める温床にもなっているのだ。高齢化社会で患者は今後も増えていくと見込まれている。まずは、事業軸をこの疾患関連に絞った。

「需要がとてつもなく大きいことが、決め手になりました」

国内の潜在患者は2530万人(2017年発表論文による)以上いると推定されている。うち、約800万人が膝の痛みに苦しむが、現状では治療の選択肢は限られている。ヒアルロン酸注射はすぐに体に吸収されてしまい、鎮痛効果が持続しない。人工関節に置き換えるには、大がかりな手術が要る。脂肪幹細胞を使う治療なら、患者自身の脂肪から摂取した細胞を加工して投与するため、 拒絶反応などのリスクが極めて低く、治療に伴う重篤な副作用の発現は報告されていない。効果も一定期間持続すると考えられている。

ただ脂肪幹細胞の治療は、現在は保険が適用されない。全額自己負担の自由診療の場合、コストがべらぼうに高ければ、一般の人は受けられない。新しい医療を必要とする人が大勢いるのに、届けられていない—— 。そんな実態を知った裙本は確信した。「臨床応用を加速させる『サービス化』のところで貢献できる」と。

「必要な人に新しい医療を届ける仕組みを構築して、まずは『サービス会社』を目指そうと思いました。医療行為自体は一切しません。臨床応用を加速させるという役割のところで社会に貢献していこうと決めたんです。現在は並行して、次の段階となる研究開発にも力を入れています」

コスト構造を突き詰めれば必要な技術は見える

セルソースの研究員

セルソース再生医療センターの広さは全体で約190平方メートル。一般的な商業ビルの1フロアに、細胞加工を行う施設、業務に必要な備品や業務スペースまで入っている。

前出の通り、裙本は「ミニマム」な事業経営に徹してきた。受注規模から必要な設備と人員を算出し、最適な規模の投資を徹底。身の丈に合わない施設は建てない。余計なものも一切置かない。

「技術ありきで 『これもできる、あれもできる』と大風呂敷を広げるビジネスとは真逆。僕らはニーズから入って市場性を見極め、その規模感に合わせてビジネスの全体像を組み立てる」

セルソース施設

培養した細胞の育ち具合を顕微鏡で確認。施設内で管理する細胞はバーコードで情報の管理を徹底。

適切なコストで再生医療を届けるには、輸送費の圧縮が欠かせなかった。培養した細胞を凍結せずに常温で輸送できる技術をアメリカの上場ベンチャーが開発していることを知った。裙本はニュージャージーのそのベンチャーを訪ねて交渉し、2015年の会社設立時にライセンス契約に漕ぎ着けた。

「コスト構造を突き詰めていけば必要な技術は見えてくる。会社の外にその技術があれば買えばいい。地球規模で必要なものを見つけてくる。こういう交渉は、商社っぽいですね」

輸送のほかにも、細胞の培養、温度管理……と多くの技術やノウハウや人材も要る。



裙本は3つのスローガンを壁に掲示した。

  1. それは真に必要か。
  2. それは本当に不可能か。
  3. それは社会貢献につながるか。

裙本は商社時代、「いかに効率よく原木から木材を加工するかというテーマだけで半端じゃないノウハウを構築した」自負がある。「セルソース再生医療センター」の作業マニュアルを作成する際、研究職を集めて会議室で3時間議論したとき、裙本が持ち込んだのは、企業目標の達成度を評価する指標「KPI」の概念だった。

「歩留まりを◯%にしたら、コストは何パーセント下がる?」

「1時間で生産量を2倍にするような画期的なアイデアを思いついた人は、どんどん言ってほしい」

細胞培養液のメーカーで販売と開発に携わっていた田積俊介(38)は、裙本がスカウトして引き入れた博士社員の一人だ。理学博士で大学院時代は、再生発生学の研究室で遺伝子の機能解析の研究をしていた。現在は同社再生医療部医療機器チームリーダーを務めている。田積はこう証言する。

「『ミニマム』を突き詰める姿勢は、すごいっすよ。裙本からは常に、容赦なく『それは本当に必要なのか?』って聞かれる。研究者って、机上の空論で考えやすいし、凝り固まった習慣もある。でも、実際やってみると、『清浄度を保ちつつも小さなスペースで同じ作業ができるな』とか、意外と僕らの方が研究室的常識にとらわれていたなと気づくことも多い」

セルソースはすでに、細胞加工の生産効率を高めるための特許を、複数出願しているという。

「突き抜けている前向きさがある」

セルソースの理念

セルソースの3つの指針。研究員の作業スペースの目につくところに貼り出してある。

少数精鋭を貫き、従業員は25人。大半が研究員。医科学・理学の博士号を持つ人も多い。最初は裙本自身が知り合い経由でアポ入れしたクリニックを一軒一軒訪ねて口説いた。営業専従の社員はおらず、提携するジンマー・バイオメットの営業網を活用。契約クリニックは急増し、加工受託件数は「毎月100件ペース」(同社広報部)で伸び続け、累計2170件(2018年2月)にも上る。

事業拡大のスピードを着実に加速させている要が、セルソースの事業のもう一つの柱となった「法規対応支援サービス」だ。

現在の再生医療等安全性確保法では、医療機関が再生医療を提供する際に厚生労働省への届け出が義務付けられている。どの施設で細胞加工を実施するか、必要な衛生対策を取っているかといった設備基準、採取や培養、移植方法といった再生医療の提供体制などの計画をまとめて提出する必要がある。手続きは複雑で知識を要するもので、医師が本業の傍らで行うにはハードルが高い。裙本は訪問先で医師たちから何度も「法律対応の方法がわからないから、再生医療を始められない」という声を聞いた。

「だったら、僕らには法対応のノウハウがある。申請業のコンサルティングもサービスとして提供すればいい」と思いついた。

第2の事業の柱を打ち立てるべく、医療の法規対応のスペシャリストであり、裙本自身がコンサルティングを受けていた花木博彦(49)を「この人しかいない!」と直感し、自社に迎え入れた。現在、花木は、同社取締役CCO(最高コンプライアンス責任者)であり、再生医療事業部長を務めている。

この法規対応支援サービスこそが、国内の整形外科医療機関にネットワークを持つジンマー・バイオメットと2018年3月から協業体制を敷くにあたり、セルソースの強みとなった。花木はこう話す。

「心のまん中のところをぐいぐいとつかまれました(笑)。裙本はまっすぐ事業の夢を語る。その夢に賭けてもいいかなと。突き抜けている前向きさがあるんだけど、大風呂敷じゃない。性格は真面目で素直。そういう人に、オジさんはつかまれますよ」

「ボトルネックは常に変わる」

セルソース会社ロゴ


裙本には、いつも胸に置いていた言葉があった。

「ボトルネックは常に変わる」

人、組織の大きさ、制度……とその時々で何が問題になるかは刻々と移り変わっていく。ある時点では、ボトルネックは法律対応だった。

「もう、サービスもできているし、いい技術も出揃っているんだけど、法律対応の壁を突破しなければ、ビジネスの最後の流れまで出来ていかないと早い時点で気づきました」

ビジネスの障壁さえ新規事業の柱にできる。さらに、ブロックチェーン技術の活用による「不可逆的な」医療情報の記録と共有やAI技術を用いた医療情報解析の実現といった「テクノロジー×医療」による社会貢献も視野に入れ始めた。2017年10月には、社外取締役として元グーグル日本法人社長の村上憲郎(70)も招いた。

そんな風に柔軟な発想ができるのは、裙本が「アウトサイダーの視点」を持つからかもしれない。

「医療業界の中だけで物事を考えていない。だからこそ、自分が感じ取ったことを素直に事業構想につなげて、思い切りチームビルディングできるという強みはあったと思います」(裙本)

(敬称略)

(文・古川雅子、撮影・今村拓馬)

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