朝日新聞のスクープに始まった森友学園問題で世間は大騒ぎになっているが、その陰に隠れる形で、日産自動車と仏ルノーの経営統合というメガトン級の話が徐々に進んでいる。ルノーが主導するもので、この再編が実現すれば、日産は「仏自動車大手」となる。
にわかに現実味を帯びるルノー・日産の統合話。ゴーン氏の胸中やいかに。
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2018年3月1日、ルノーと日産は研究開発や購買などの主要部門について機能統合を拡大すると発表した。もともと両者は互いのブランドの独立性を保ちながら、車台やエンジンを共通化するなど、段階的に関係を深めてきた。2014年には研究開発、生産技術・物流、購買、人事の4つの機能について統括責任者を任命し、あたかも1つの会社であるかのような組織運営も始めている。
今回の発表はこの4つ機能についての統合を深めるとともに、コネクテッドカーなどの事業開発や品質・顧客管理、アフターセールスなどについても統括責任者を置いて業務の統合を推進するという内容。日産が34%を出資する三菱自動車も枠組みに加わる。
一見、これまでの提携関係を深めるという発表に見えるが、過去の機能統合とは状況が全く異なる。
ルノーの筆頭株主である仏政府は2015年ころからルノー主導の日産との経営統合を強く求めてきた。これにルノーの最高経営責任者(CEO)で日産会長のカルロス・ゴーンは強く反発、「仏政府がルノーの株主にとどまり続ける限り、日産はいかなる資本構成の異動も受け入れない」などと主張してきた。
「仏政府は意向に沿わないゴーンをルノーCEOから退かせるだろう」
自動車メーカー関係者の多くはそう見ていたが、2018年2月15日、ルノーはゴーン続投を発表した。「ゴーンの粘り勝ち」と解説する向きもあるが違う。ゴーンは仏政府と手を握ったから続投するわけで、今後は経営統合に向けてまい進するだろう。
マクロン仏大統領肝入りの政策
マクロン仏大統領にとって日産の統合は支持率回復の切り札なのか。
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「仏政府vsゴーン・日産」から「仏政府・ゴーンvs日産」という構図の変化をうかがわせる動きはすでに表面化している。
続投を決めたゴーンは仏メディアの取材に「(ルノーと日産の関係について)全ての選択肢がありタブーは無い」と発言。さらにゴーンが2月にルノー最高執行責任者(COO)に指名したティエリー・ボロレもインタビューで、「仏政府の中には完全統合すべきだと公言する人たちもいる。それは事実だ」と述べた。
仏政府が再編を進めようとするのは、国内の高い失業率が頭痛のタネだからだ。成長力でルノーを上回る日産を取り込み、フランス国内にあるルノーの工場で日産車を生産、雇用を生むというシナリオを描く。実際、日産は2017年、欧州向け小型車「マイクラ(日本名はマーチ)」の生産を日産とルノーが共同運営するインド工場からルノーの仏工場へ移管している。同様の展開を今後も狙っているのだろう。
ルノーの日産に対する出資比率は15%しかないが、2014年に制定された*フロランジュ法のおかげで議決権では28%に達し、経営介入の余地がある。同法を制定したのは当時経済産業デジタル相で現大統領のマクロン。支持率を回復するためにも「ルノーと日産の経営統合は本人が打ち出す政策のなかでも優先順位が高くなる可能性がある」(経済産業省幹部)という。
フロランジュ法:株式を2年以上保有する株主に2倍の議決権を与える条項などが柱。
当然ながら、こうした動きに日産は反発を強めている。
これまで広報トップには外国人を置いていたが、2018年2月28日付で「日産広報の生き字引」と言われる浜口貞行に替えた。浜口は2017年に定年を迎え嘱託となっていたが、チーフコミュニケーションオフィサーに舞い戻った。「これから情報発信は重要になる。それにはゴーンの息がかかった人材では不都合と判断したのだろう」というのが自動車業界広報の共通の見立てだ。
その浜口の復帰後最初の仕事はメディアへの挨拶だったが、単なる挨拶ではなかった。3月1日の発表を受けた新聞の解説記事には「ルノー・日産連合は緩やかな連携によって成長を続けてきた。仏政府の介入で両者の独立性が損なわれれば、成長が維持できなくなる恐れもある」といった内容が目立つ。これは浜口が挨拶ついでに各メディアに説明した内容で、もはや日産が「仏政府・ゴーン連合」を対立軸とみなして行動をとり始めた証左とみられている。
森友問題で機能不全の官邸と霞が関
政府が森友問題に足を取られる中、日産が仏自動車大手になる日は近い?
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それにしてもゴーンはなぜ態度を一変させたのか。「仏政府との反目が続き、ルノーのCEO退任を余儀なくされたら、離婚した元妻への慰謝料が払えなくなるから」などと解説する向きはあるが、定かではない。「仏政府との密約を実行すれば、生まれ故郷のブラジル大統領になるという昔からの夢を叶える道が開ける」という指摘は荒唐無稽だが、かつて「ケイレツ」を破壊した実績もあるゴーンだけに否定はできない。
ゴーンを取り込んだ仏政府が今後かけてくるであろう攻勢に日本政府は警戒を強めている。「どんな手を使ってでも阻止する」と経産省幹部は息巻くが、官邸も霞が関も森友問題への対応におおわらわで、機能不全に陥り気味。2017年発覚した無資格検査問題で日産と政府の間にも隙間風が吹く。「仏自動車大手NISSAN」の誕生を一笑に付すことはできない。(敬称略)
(文・悠木亮平)
悠木亮平(ゆうき・りょうへい):ジャーナリスト。新聞社や出版社で政官財の広範囲にまたがって長く経済分野を取材している。