森友学園への国有地売却に関す文書の書き換え問題。公文書を改ざんしたとされる財務省が窮地に立たされている。2018年3月20日、Business Insider Japanの取材に応じ、なぜこういう事態が財務省という職場で起きたのか、について語った。
なぜ公文書の改ざんが起きたのか。財務省とは、どんな組織なのか。
撮影:今村拓馬
山口さんは東京大学法学部を首席で卒業し、2006〜2008年に財務省に勤務、主税局に所属していた。職務上の政治家との付き合い方、改ざん問題が起きた背景について聞いた。
Business Insider Japan(以下、BI):2017年2月の森友問題に関する第一報を見たときの印象は。
山口真由さん(以下、山口):佐川さんの答弁に細かい穴が多かったのでは、と思います。細かく資料を見られていない段階で、答弁が始まってしまったという印象を持ちました。
本来、佐川さんは主税局が長く税が専門の方です。なので、(専門外の)理財局の仕組みをレクするのにも、時間がかかったんじゃないかなと思います。今、理財局長は“お客様”みたいな存在になっているんです。近年、天下り先がなくなり、上の年代が詰まっているため、一旦国税庁長官になる前のポスト待ちのような形で理財局長になるケースも多いのです。なので、専門外のところでいきなり森友問題の答弁の最前線に立たされてしまった、ということはあると思います。
普通は答弁で「しまった!」と思ったら、その後の答弁を少しずつ修正していきますが、森友問題が総理の進退を賭けたものとして注目を集め、最初の答弁が大きく新聞報道に出て、その前提を守ろうと、答弁がどんどんずれていったのではないでしょうか。
BI:2018年3月になって、公文書改ざんの報道が出てきたときは、どう感じましたか。
山口:本当にびっくりしました。決裁が終わったものを書き換えるなんてないです。決して一般的な事件ではないです。
常軌を逸する記録のわけは
財務省内の仕事のプレシャーを語る山口さん。
撮影:木許はるみ
BI:山口さんは決裁文書にあれだけの詳細な交渉記録があるのは珍しいと話していらっしゃいますね。
山口:むしろ改ざん後の資料は短い印象かもしれませんが、本省だと普段の決裁文書はあれくらいの感覚です。改ざん前の詳細な記録は、経験上、霞が関では考えられない内容です。
ただ、地方(財務局)だとこのぐらい詳細に書くこともあるという人もいます。本省に送る文書は、本省が政治家からの問い合わせに対応できるように詳しい情報を上げたという考えもあります。
BI:近畿財務局が今回の特例を通すにあたり、自己防衛のために記録を残したと指摘する人もいます。
山口:経緯を残しておかないと、現場が暴走して特例にしたと思われてしまう。本省に向けた文書にだけ政治家の文章を書き込んでいるという事実からは、本省へのアピールともとれます。特例を通してほしいから政治家の名前を挙げたというストーリーも成り立つのではないでしょうか。
BI:上が改ざんを指示することはあり得えますか?
山口:大臣や総理が改ざんしろ、というのはリアルには想像できません。(佐川局長の)答弁と(決裁文書の内容が)ずれた。この決裁文書を、このまま国会に提出したのでは、この燃え盛る火に大量のガソリンを注ぎ込むことになってしまう、と慌てて下が文章を合わせた可能性もあるのでは、と思いました。
財務省のレクの問題点
BI:今回は森友問題そのものを財務省の責任にしたい政治家の意向が見え隠れします。
山口:財務省の責任は大きいだろうと思います。(2017年)2月17日の総理答弁の前に、財務省の職員が総理にレクをするはずですが、本省の手元にあった資料に昭恵夫人の名前が出てきているなら、何らかの情報を総理に入れておかないといけません。(情報を知らせていれば)総理はあそこまで言い切らなかったと思います。
ただ、近畿地方に所在する国有地売却の10億円規模の案件は、本来ならば近畿財務局で終わる話。今回は、3年間を超える貸付という特例を通すために、本省まで上げて局次長決裁でやっていますが、本件のような国有地の売却は、本来、近畿財務局内の権限で決裁できるものです。
佐川宣寿前理財局長の後任の太田充理財局長。太田氏は「国会答弁はものすごく緊張するもの」と3月19日の答弁で繰り返した。
REUTERS/Issei Kato
BI:今の理財局はどのような状況だと思われますか。
山口:異常な緊張感に包まれていると思います。
平時の何でもないときでも局長室に入る時には、ものすごく緊張します。そんな局長が異常なプレッシャーの中、毎日国会で責められている。佐川(前)局長からすると、(国有地売却の交渉は自身の就任前のため)「自分の預かり知らないこと」「自分は理財局はあまり関係ない」という思いがよぎる可能性は否定できません。
先ほども言ったように、佐川さんは本来理財畑の方ではない。さらに、森友問題が総理の進退を賭けた問題となって以降、国会では理財局長への質問が相次いだ。担当部署は寝ないで答弁案の作成を続けて、極限的な疲労だったのだろうと想像します。それでも、答弁を十分に詰められないまま、佐川さんが自分で考えて答えなくちゃいけないとこもあったのでは。局長がうまく答えられないと、次は、財務大臣、総理へと矛先が移る。国会で理財局長が感じたプレッシャーは、理財局全体の相当な緊張感につながったのではないでしょうか。
自分があの場にいたら、(改ざんに)断固反対するという選択は、とても難しいと思うんですね。初めに局長に全部の資料を上げていなかったとしたら、自分にも後ろめたいところがあると思う人もいるでしょう。賢い人が集まって愚かな選択をするはずがないという人もいる。だけど、エリートが集まった集団ほど、答弁の整合性とか短期的な最適化を図った結果、大きな意味での不合理を行ってしまうことはある。財務省独特のヒエラルキーと、あの空気の中で集団ヒステリーみたいなものがあるのではないでしょうか。
財務省内に飛び火させたくない
国会前では、安倍首相の退陣を求めるデモが行われている。
REUTERS/Issei Kato
BI:文書を改ざんした可能性を麻生大臣に伝えるのが遅れたのは、なぜでしょう。
山口:後でいろんなことが分かって大臣に報告する内容が二転三転するよりも、内容を確定させて、というのは、一般論としては官僚の通常の反応だと思います。上司に報告をした場合は、「これで(情報は)全部か」と言われますし、一番収まりやすいストーリーを精査して報告をあげたい思いは、官僚の反応として、十分にありうるものです。省内の事務次官までは官僚ですが、その上は、特に、大臣は政治家の中でも相当な大物です。官僚と政治家との間の緊張関係がある。「ちょっとこんなことが起こってしまって困っています」なんて、フランクに相談できる環境ではありません。
例えば、(2009年に酩酊会見をした)中川昭一元財務大臣に対して、後から世論は「なぜ財務省職員は酔っ払っている大臣が会見に出席することを止めなかったのか」と言われてました。今なら止めた方がよかったとみんなが思っている。ところが、会見前はそれが失敗か成功かなんて分からない。もし止めて大臣のご不興を買ったらと考えれば、大臣が出ると言っているものを現場が止めるようなことはとてもできるような関係ではないのです。
BI:本来、省庁のリスク管理は官房長の仕事ではないのでしょうか。
山口:国会対応は、確かに官房長の仕事ですし、政治家には相談しなくとも、官房長や次官に一言の相談もなかったかとの疑問もあるでしょう。ただ、財務省としては、省内で問題を飛び火させることを好ましく思っていないようです。官房長や主計局長など、次に続く事務次官候補を何人も引っ張られないで、エース級を温存させたい意識があると思います。佐川さんがどの程度、この財務省の意向に沿った動きをするかは、今後の注目点ではあります。
「ヅキ」の問い合わせは配慮してしまう
BI:日頃の業務で政治家からのプレッシャーはありますか。
山口:財務省の現役の官僚の中には、政治家の依頼は日常茶飯事という人も多いです。でも、(特別な配慮をしない)ゼロ回答をすることも多いのだとか。
ただ、総理が関わるとなると格が上がるのも事実のようです。実際問題としては、総理夫人付き(通称・ヅキ)からの直接の問い合わせとなると、昭恵夫人の思いがどうであれ、官僚としてはその背後に総理夫人の思い入れを読み取るものでしょう。
少なくとも、第一次安倍政権の下では、総理夫人とヅキの女性同士はかなり密なコミュニケーションを取っていたと聞きます。そう考えると、ヅキからのファックスというのは、総理夫人とのコミュニケーションを前提としたものなのだろうと。
強くなりすぎた政権を見すぎる、ということもあったのかと。
BI:答弁は通常どのクラスの職員が作るんですか。
山口:4〜5年目クラスの係長か、30代前半くらいの若手が書きます。場合によっては、課長が見ます。局長答弁の場合には、局長がOKをすればセット。大臣へのレクは、課長クラスが行い、国会へのモントリ(質問取り)は1年生がしていました。今では、1年生のほか、担当補佐もモントリに行きますが、財務省だけは1年生も国会対応をします。
公文書管理は「省の利益のため」
“行政文書”を公文書にしない慣習とは。
撮影:今村拓馬
BI:なるべく公文書に残さないような指導はありましたか。
山口:公文書は簡素・完結に、と。場合によっては、「メモ」と資料の左上に書いて、公文書ではない扱いにしています。メモを職員個人の手控えとして、個人フォルダに自分用に保管しておきます。
BI:メモ、手控えは情報公開請求をしても出てこないのですか?
山口:出てこないか、黒塗りか、だと思います。公文書アーカイブがありますけど、保存年限が切れた公文書を入れようとしたら、嫌がられたと聞いたこともあります。キャパがあって、なかなか入れさせてもらえなかったとか。
文書管理をしてしっかりと残しておく傾向もありますが、ただ、それは第一義的には省の利益のためです。財務省は予算を握っているため、ほかの省庁に嫌われやすい。だからこそ、過去の事実は交渉を有利に進めるための手がかりにもなるでしょう。そう考えて、文書を残す傾向にあったように思います。
もっとも、役所は文書の洪水です。毎年、作成される文書は膨大な量に及びます。「働き方改革」担当部署の公務員の残業時間の平均が177時間というように、中央官庁の日々の業務は多忙を極めました。文書の山に押し流されそうになりながら、なんとか省内の管理規則に従って、文書をファイリングするのが実情です。100年後の国民に分かりやすいように公文書を残す余裕は持ちにくかったように思います。
今回のような意図的な文書改ざんは言語道断としても、多くの真面目に働いている公務員のためにも、不要な文書を体系的に廃棄して、貴重な文書を後世のためにきちんと残していく仕組みづくりが大事だと感じました。
BI:財務官僚は省益のために働いていると。それがモチベーションになるのですか。
山口:私は、もともと国の行き詰まった財政を傍観者としてただ見たくないと思って財務省に入りました。財政を健全化させるという使命を持った人が多いのは事実です。ただ、東大の同級生とご飯を食べに行っても、官僚時代は結構つらい。コンサルティングや外資銀行で働いている同級生は、割り勘で2万、3万も平気で出せる。「今日の会計、いくらぐらいになるんだろう?」って密かに気をもんだことも(笑)。財政再建という大義は嘘ではないと思う。
でも、給料では大学時代の同級生にはかなわないというコンプレックスが、どこがでねじれて、国を動かしているというプライドに変わってしまう危険もあるのだと思います。
(聞き手・浜田敬子、木許はるみ、文・撮影、木許はるみ)
山口真由(やまぐち・まゆ):東京大学法学部を首席で卒業、2008年から2年間、財務省勤務。その後、弁護士。ハーバード大学ロースクール修了。現在は東京大学大学院博士課程で家族法を研究。
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