日本が直面する巨大アニメ市場「中国」の脅威 ——「けもフレ」福原Pインタビュー

2017年のアニメシーンを席巻した人気作品『けものフレンズ』(通称けもフレ)。その制作スタジオ「ヤオヨロズ」でプロデューサーを務める福原慶匡氏が新書『アニメプロデューサーになろう! アニメ「製作(ビジネス)」の仕組み』を刊行する。

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新書『アニメプロデューサーになろう! アニメ「製作(ビジネス)」の仕組み』。クリックするとアマゾンの販売ページに遷移します。

インタビュー記事「独占:「けもフレ」福原Pが語るアニメ業界の“本当の課題” 」では、ネットフリックスら外資系配信業社の参入が日本のアニメ制作業界が主導権を取り戻すチャンスだ、と考える福原氏。

今回は、巨大アニメ市場「中国」の意外な現状と、日本のアニメ業界が向き合う必要がある「教育」問題を聞いていく。(聞き手:まつもとあつし)

関連記事:前編「【独占】「けもフレ」福原Pが語るアニメ業界の“本当の課題” —— ネットフリックスは貧困問題の救世主か」はこちら

福原慶匡:1980年神奈川県生まれ。ヤオヨロズ株式会社取締役、プロデューサー。早稲田大学教育学部卒。川嶋あいのマネージャーとして音楽業界を経験。その後「ヤオヨロズ」を立ち上げ、異色の経歴をもつプロデューサーとして複数のアニメ作品に関わる。音楽とアニメという2つのライセンスビジネスの現場経験を活かし、世界に通用する新時代のプロデューサー教育を試みている。

巨大なアニメ市場「中国」の脅威

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2017年に大ヒットしたアニメ版「けものフレンズ」のプロデューサーとして知られる福原慶匡氏。音楽業界、アニメ業界と2業界の権利ビジネスを見て来た経験から、クリエイターにしっかりと還元するライセンスビジネスのあり方について発信している。

—— アニメの危機として語られることが多いのが、中国を脅威とする見方です。先日あるメディアでも「日本のアニメーターの技術が外注により流出している」といった論調の記事が掲載されました。

福原:私も中国で現場を見てますが、生産能力はたしかに日本を超えています。しかし、技術についてはまだ分からないと思います。一方で、日本のアニメスタジオへの「発注」については勘所をつかんできていますね。

ジャストプロ(ヤオヨロズ親会社でアニメ企画、芸能事務所、声優事務所)でも中国からの依頼でいま新しい企画が進行中なのですが、期間・スタジオのランク・予算に関してなかなか良い線を狙って発注してきています。数年前までは、中国配信事業者から日本のスタジオにバブル的におカネが入ったり、逆にクオリティや納期で無茶を言うことがありました。もちろん文化的なギャップは随所で起きているのも事実ですが、その段階から明らかに学習が進んでいます。

中国の配信最大手はテンセントで、彼らは中国国産のアニメ制作に精力的に取り組んでいますし、中国のアニメの総放映時間では既に日本を上回っています。

ただ、(中国市場の特徴として)ほとんどが子ども向け作品なんです。ハイエンドな大人向けアニメ、例えば『マスターオブスキル』のような作品に力を入れ始めたのはここ数年のことです。

彼らも日本から学んでかなりハイエンドな作品も生まれていますが、それを日本のように量産するまでには至っていない感覚があります。そこは国民性も大きく影響するところですので。

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『マスターオブスキル』のTencent Video紹介ページ。

我々のアンケート調査によると、中国でもほぼリアルタイムで日本のアニメが視聴されており、実は中国も日本も「好きなアニメの傾向」はあまり変わりません。ところが、大きく異なるのが年齢構成です。日本は20代及び30代がそのボリュームゾーンなのですが、中国は20代の次は10代が占めているので、自然と若者向けの作品が中心となるわけです。中国ではたくさんの企画が生まれやすいけれど、深い作品は求められていないのかもしれません。

そういった市場性の違いがあるので、技術流出で即、日本のアニメが危機にというのは考えにくい。私たちが「面白い!」と思う日本のアニメを、世界が少し遅れて面白がってくれる、というトレンドはあるので、私たちが無理に世界にあわせて作品を作る必要もないと思っています。

アニメは、実写と違って文化や人種の違いも意識されにくいものです。ですから、日本人が考える「世界」に寄せない方が、かえって多様性のある面白い作品が生まれるはずです。

中国企業による日本の「アニメスタジオ買収」が起こらない理由

—— アニメスタジオそのものが中国企業に買収される、という危機感はアニメ業界にありませんか? 中国はアニメーターの待遇はずっと良いと聞きます。

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福原:いえ、それもないと思います。

中国の制作スタジオは、制作した尺に応じて国からの助成金が出ていたのもあり、とにかく作ろうという熱量がすごい。生産能力が高いというのはそういうことですね。

ただ、クオリティは現時点では各社ばらつきがあります。工業製品でもそうだったと思いますが工場長だけ日本人だとしても、工員が中国人の場合、文化を伝達するのが大変という話を聞きます。なので日本の監督が中国に赴いて、彼らの生産能力を活かしてハイクオリティな作品を量産する、というわけにはなかなかいかないはずなのです。

一方で、中国が日本以外の国をターゲットにして、日本「風」のアニメを大量投下するということは起こりえます。いずれにしても「中国に負ける」という危機感を煽るよりも、世界にはたくさんの国と市場があり、そこにどうやって日本のアニメを送り込んでいくか、ということを考える方がよいと、私は思いますね。

アニメ業界には人材の「学び直し」が必要だ

—— アニメーターと共に、プロデューサーの登竜門となる制作進行職()の待遇が良くないということもよく指摘されます。福原さんはアニメ業界出身ではないものの、少人数制で作品を作っていたということもあり、制作進行から音響制作に至るまで全て経験しているプロデューサーです。

制作進行職は、作品話数ごとのスケジュール管理や社外スタッフによる原画の回収、部門間の成果物の受け渡しを行う。新卒採用時の月収は十数万円という例も珍しく無い。

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福原:制作進行はアニメプロデューサーへ至る王道ではあると思います。ただ、たしかにプロデューサーへ至る道は多様になってきています。例えばパッケージメーカーなど、二次的なビジネスを展開する会社に就職してからプロデューサーへ、という例も少なくありません。

私自身は、昨年はデジタルハリウッド大学院で社会人大学院生として学んでいて、この春からは慶應義塾大学の博士課程に進みます。プロデューサーを育成するための教育機関を形にしたい、というのが私の1つの目標なのです。4年間でじっくり学ぶというのが難しい現状があるのであれば、何らかのコミュニティを作るのが現実的かなと考えはじめていたりします。

—— 福原さんが言うパートナーシップ方式が広がれば、アニメ以外の異業種からもプロデューサー的役割を果たす人材が出てくることが求められます。そういった人たちにとっても、ノウハウを得られる場があることは望ましいですね。

パートナーシップ方式:制作スタジオが、いわゆる「製作委員会方式」以外に持てる資金調達手法として、福原氏が提案している方式。権利を先に販売する事で、事前に製作資金を調達してから製作開始する「プリセールモデル」の制作方式。詳細はこちらから。

福原:そうですね。海外では大学卒業後いったん会社勤めしたあとも、また大学院で学び直すという例は珍しくありません。

ヤオヨロズ公式サイト

ヤオヨロズ公式サイト。

しかし日本のアニメ業界で、再就学支援をしたり、勤務時間を調整するのは、簡単ではありません。かと言って、「OJT」(On the Job Training)では部分的なつまみ食いになりがちですから、一度きちんと全ての知識をたたき込んだ方が良いのです。

コミュニティや教育体制が整うまでは、僭越ながら私の本を読んでもらうか、info@yaoyorozu.infoに連絡してくださったらお力になれるかもしれません!

一緒にアニメ業界を良くしましょう!


「天職を続ける」ためのクリエイター教育

アニメ市場は、消費者が支払った金額に対して、制作スタジオに落ちるおカネは約10分の1という規模になっている。これに対して「もっとクリエイターに還元すべきだ」という意見もあるが、アニメの流通やライセンスビジネスを広げたビジネス側も、リスクを取って市場を拡大してきたことも忘れてはならない。福原氏が指摘するように、制作スタジオが少しずつでもライセンスビジネスのノウハウを得て、ビジネスを拡大する側も参加することこそが、クリエイターの困窮問題解決の糸口になると取材を通じて改めて再確認できたと思う。

(文・まつもとあつし、写真・伊藤有)


まつもとあつし:IT系スタートアップ・出版社・広告代理店、アニメ事業会社などを経て、フリーランスに。実務経験を活かしながら、IT・アニメなどのトレンドや社会・経済との関係をビジネスの視点から取材している。http://atsushi-matsumoto.jp/

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