土星の北極点に渦巻く六角形のジェット気流の上空を飛行するカッシーニ(予想図)
NASA/JPL-Caltech
- 1997年に打ち上げられた土星探査機カッシーニの燃料が尽きようとしている。
- カッシーニが制御不能になって生命が存在する可能性のある衛星に衝突し、環境汚染を引き起こすリスクを避けるため、NASAはカッシーニを土星に突入させて破壊する。
- カッシーニは土星に突入する前に、土星と土星の環の間を通り抜け、最後までデータ収集を続ける。
20年もの間、NASAは土星探査という未知のミッションに取り組んできた。
1997年10月に打ち上げられたカッシーニ・ホイヘンス(Cassini-Huygens)、通称「カッシーニ」は原子力電池を動力とする土星探査機。2004年7月に土星の周回軌道に到達し、以来、土星と、その多種多様な衛星のデータを収集し続けている。
しかし、この素晴らしいミッションにも終わりの時がきた。NASAは約32億6000万ドル(約3600億円)を投じたこのミッションを、2017年9月15日に完了させる。
4月4日(現地時間)、NASAは記者会見を行い、カッシーニの最後のミッション「グランドフィナーレ(Grand Finale)」について説明した。残されたわずかな燃料を使い、カッシーニを土星に突入させるミッションだ。
エンケラドスから吹き出す水。
NASA/JPL/Space Science Institute
「カッシーニは偉大な発見をしてきた。そして終焉の時が来た」とNASAジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)のエンジニアで、カッシーニ・プロジェクトのマネージャー、アール・メイズ(Earl Maize)氏は語った。
カッシーニは、氷で覆われた衛星「エンケラドス」に、温かく、塩分を含む海が存在することを発見した。エンケラドスは土星を周る大きな衛星で、宇宙空間に向けて水を吹き上げることで知られている。2015年10月、カッシーニは宇宙空間に吹き上げられた水蒸気と氷の中を通過し、そこに含まれる物質を分析した。その結果、氷の下に海が存在することが判明した。海の存在はつまり、生命が存在する可能性につながる。
「(生命が存在する可能性があるため)カッシーニがエンケラドスに不用意に近づくリスクを残すことはできない。我々はカッシーニを安全に廃棄する必要がある。唯一の選択肢は、カッシーニを我々のコントロール下で破壊することだ」
しかしメイズ氏と19カ国から結集している科学者たちは、カッシーニを単に破壊するのではなく、ギリギリまでミッションを託そうとしている。彼らは最終的にはカッシーニを土星に突入させ、猛烈な嵐の中で燃え尽きる寸前までデータ収集を行う予定だ。
「土星に突入する片道切符の旅」
カッシーニが土星の周回軌道に到達した2004年よりもずっと以前から、ミッションマネジャーらは綿密に、この最後の飛行計画を検討してきた。カッシーニは、土星とその衛星、そして土星の環の近くをできる限り何度も通過してデータ収集を行う。
最終目的は、今までにない新たな画像や重力データを記録し、磁気測定を行うこと。カッシーニを危険に晒すことなく、また残された燃料をできる限り使わずに進めなければならない。
地球と土星の衛星タイタンの液体および氷の量の比較
Skye Gould/Business Insider
「我々のミッションは終わりを迎えている。燃料がなくなるにつれて、できることは限られていく。そこで、我々は新しい方法を取ることを決断した」とNASA惑星科学プログラムのリーダー、ジム・グリーン(Jim Green)氏は記者会見で述べた。
カッシーニの最後のミッション「グランドフィナーレ」は、2017年4月22日から始まる。カッシーニはまず土星の巨大衛星タイタンへの接近飛行(フライバイ)を行う。
そしてタイタンの重力を利用して軌道を変え、4月26日、土星と土星の環の間を通り抜ける。
「この別れのキスの後、カッシーニは土星に突入する。突入すれば、戻ることはできない。これは片道切符だ」
最期まで科学に貢献するカッシーニ
土星の内部構造(予想図)
NASA/JPL-Caltech
土星と土星の環の間は約1200マイル(約1900km)の距離がある。おおよそワシントン州北部からカリフォルニア州南端までの距離に相当するが、宇宙空間では極めて短い距離だ。
「土星と土星の環の間を通り抜け、土星に近づくにつれて、我々はこれまでで最高の土星の両極の景色を見ることができるだろう。土星の北極と南極に渦巻く、巨大なハリケーンを観測できる」とカッシーニ・プロジェクトの科学者で、NASAジェット推進研究所のリンダ・スピルカー(Linda Spilker)氏は記者会見で語った。
土星の北極点を覆う六角形をしたジェット気流。
NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute; Jason Major/Lights in the Dark
土星上空で最後の飛行を行うカッシーニは、土星の北極に広がる六角形の気象現象に、これまでで最も接近する。スピルカー氏によると、この「地球の直径の2倍」におよぶ現象は、現在までその謎がほとんど解明されていない。
「カッシーニを接近させることで、なぜこれが北極に発生し、六角形になっているのか分かるかもしれない」と同氏は期待を込めた。
また同氏は、この他にもカッシーニは土星の両極のオーロラの撮影、巨大な土星の環の計測、環を構成する氷片の分析、さらには土星の厚い雲の下の観測を行うと述べた。
これまで行えなかった高感度な磁気計測と重力計測によって、土星の核の大きさや、その周りを金属水素が周る速度など、長らく謎であった土星の内部構造が明らかになるかもしれない。
「(厚い雲で覆われているため)土星の自転速度はいまだに不明だ。だが、わずかでも磁場の傾きがあれば、自転速度を算出できる」
2017年9月15日、カッシーニは土星に向けて最後の急降下を行う数時間前に、地球に向けて最後の画像データを送信する。そして、最後の時を迎える。
カッシーニが燃え尽きるとき
カッシーニは精密で繊細な機器で構成された2.78トンの小さな探査機。本来、時速7万マイル(時速11万キロ)ものスピードで土星と土星の環の間を通り抜けることなど想定されていなかった。また、土星の厚い雲の中に突入して、最後まで通信を行うように作られてはいない。
しかし、このミッションを支える科学者たちは、カッシーニが完全に破壊されてしまうまで、可能な限り機器を保護し、データ送信を続けられるよう知恵を絞った。
1997年、打ち上げに向けて整備を受けるカッシーニ。
NASA
科学者らはまず、アンテナをシールドとして使い、カメラや重要な機器を保護する。
「想定外の事態に対しても、さまざまな対応策を準備している。可能な限りの成果を上げるつもりだ」とメイズ氏は述べた。また万一、氷の破片が衝突し、地球との交信機能が失われたとしても「期待したものよりも科学的な成果は少なくなるだろうが、カッシーニは当初の計画を完璧に遂行できる」と付け加えた。
カッシーニは最後の突入を開始すると、残された燃料を使って土星の重たい大気の中を進みながら、交信用アンテナを地球の方向に向け続ける。
そして土星の大気の中を降下しながら、その成分を測定し、結果をリアルタイムで地球に送信する。
しかし、測定は長くは続かない。
「カッシーニはバラバラになり、溶けて蒸発する。そして、20年前に地球を出発して目指した惑星の一部となる」とメイズ氏は語った。
カッシーニ・プロジェクトのメンバーたちは、最後のミッションを楽しみにしていると述べたが、同時に名残惜しそうだった。
「この素晴らしい、小さな探査機に別れを告げるのは本当につらい。今まで、たくさんの偉大な科学的成果を我々にもたらしてくれた」とスピルカー氏は述べた。
「長い間、一緒に飛んでいた」
source:NASA/JPL-Caltech、NASA/JPL/Space Science Institute、Skye Gould/Business Insider、NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute; Jason Major/Lights in the Dark、NASA
[原文: NASA will destroy a $3.26 billion Saturn probe this summer to protect an alien water world ]
(翻訳:忍足亜輝)