シリコンバレーか中国か。米トップ大卒の中国人留学生が直面するキャリア選択の悩み

キャッシュレス社会、シェア自転車、無人コンビニ……。今、イノベーションの中心はシリコンバレーから中国に移ったという記事を見かけることも少なくない。

そんな中、アメリカの一流大学に留学したミレニアル世代の中国人も「中国に帰国するか、アメリカに残るか」の2択を迫られている。その複雑な思いを、スタンフォード大学院に通う女子大生と、シリコンバレーにある大型スタートアップで働く男性に聞いた。

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スタンフォード大学は、学部生の21%がアジア系だ。

Reuter / Beck Diefenbach

アメリカ留学→中国で起業→アメリカという流れ

中国の北京出身のエイミーさん(仮名、24)は北京大学を卒業後、スタンフォード大学院で東アジアの歴史を学んでおり、今就職活動の真っただ中。アメリカの企業に就職するか、中国に帰国し就職するか、頭を悩ませているという。

中国VC主催のイベントの様子

ある中国VC主催のイベントの様子。パネラーとの距離も近く、双方向のコミュニケーションができる。

提供:取材協力者

スタンフォード大学では、IDGキャピタルやGGVキャピタルといった中国のトップベンチャーキャピタル(VC)が毎月のように起業家を目指す大学生向けのイベントを開いている。

中国のオフィスから担当者がやって来ることもあり、彼女にとってはとても刺激的だ。

中国では、スタンフォード卒業生が一度帰国して起業、成功してVCや投資家として次の起業家を探しにまたスタンフォードに戻ってくる、という流れができています」

直近では、同じスタンフォード卒で、JuMei.comという化粧品のEC販売を手がける会社を創業した2014年にニューヨーク証券取引所に上場、今はZhenFundというVCのパートナーを務める戴雨森(Yusen Dai)さんの講演があった。30歳ですでに成功を収めながらも、次のビジネスに挑戦しようとしている姿に感化されたそうだ。

こういった流れもあり、将来起業をしたい学生は卒業後、中国に帰国することも多いという。

中国人気企業は「スタンフォード卒」だけでは厳しい

しかし、今すぐ起業をするわけではないエイミーさんにとって、卒業後の選択肢は2つ。残ってアメリカの企業に就職するか、中国に帰国して就職するかだ。

エイミーさんによると、中国トップ企業の平均的な給与待遇は、新卒のプログラマーで年収が25万中国元(約420万円)ほどで、ビジネス職になるとさらに少し下がる。やはりアメリカ企業の方が給与は高い。

アメリカの方が仕事のスケールが大きく、さまざまなバックグラウンドを持つ人々と働けるといったメリットもある。だが、最大の悩みの種はビザの取得だ。

彼女の専攻はコンピューターサイエンスといったSTEM(科学、技術、工学、数学)系ではないため、大学院卒業後アメリカで自由に働ける期間は1年間に限られている。

多くの中国人留学生がSTEM系を専攻するのは、就職時の給与待遇がいいだけでなく、3年間自由に働けるビザを得られるからだ。その間に新しいビザを申請し、より長期でアメリカで働くことが可能になる。

アリババ

アリババ、テンセントといった中国トップ企業への就職競争は激化している。

Shutterstock.com / testing

「実は今、STEM系専攻への転向を考えています。幸いスタンフォードはフレキシブルに転向が可能。1、2年卒業は遅くなりますが、それでも価値はあると思っています」

家族のことなども考えると、帰国という選択肢も捨てきれない。

一方で、中国の就職状況も変わってきている。スタンフォードという海外の一流大学を出たという学歴だけで、簡単に中国の人気企業に就職できるわけではなくなっているのだ。

「文系の学生にとって、アリババやテンセントの投資部門への就職は本当に人気で競争が激しい。すでに働いている人たちも海外の一流大学卒の人ばかりですしね。かといって、アメリカの投資銀行やコンサル企業が海外留学生にビザを出すことは稀です。結局どちらも難しい決断なんです」


アメリカでの就職先が中国企業にバイアウト

シエンさん

スタンフォード大学院を卒業し、AppLovinでグロースパートナーシップを担当するシエンさん。

提供:取材協力者

アメリカの一流大学を卒業し、そのままアメリカで就職している中国人は、シリコンバレーにおける中国企業の立場の変化を感じている。

2009年に中国を離れ、早稲田大学に入学。2011年にセントルイス・ワシントン大学に編入・卒業後、スタンフォード大学院で経営科学とエンジニアリングの専攻を終了し、アメリカでAppLovinというモバイルアプリ広告のスタートアップに勤めるシエンさん(27)はこう語る。

「僕がスタンフォード大学院にいた当時(2013年)は、中国経済は急成長していたとはいえ、アメリカにいる人たちの中国に対する見方はうがったものでした。ただ人口が多い国、ただお金をたくさん持っている国、コピーの国だろ、と」

それが一転、2016年〜2017年頃から、中国に一時帰国する友人がこぞってWeChatのQRコード決済、シェア自転車といった自国で起こるイノベーションを話題にするようになった。シリコンバレーでは全く目にしたことのないサービスばかりだった。

中国のキャッシュレス社会やシェア自転車などが話題になり、シリコンバレーの中国に対する見方も変わりつつある。

Shutterstock.com / Freer

アメリカ人の友人の中国を見る目も、ただのお金のある国・コピーの国から、イノベーションを起こす国へと変わったと話す。

実際にシエンさんの働くAppLovinは2017年、一部事業を中国企業に約1000億円で売却している。中国に縁のなかった創業者たちの見方も、当初は高く買ってくれる一売却先にすぎなかったが、時間が経つごとに変わっていった。

今では、中国市場や中国でのコネクション獲得への興味も非常に大きいという。AppLovinの1年ごとのエリア別売り上げを見てもアメリカと中国は同じ額になっており、今後は中国市場がアメリカを抜くことが確実だという。

中国企業からひっきりなしのジョブオファー

そんなシエンさんも「帰国かステイか」の2択で揺れている。

San Jose, California

「基本給はシリコンバレーの方が高いが、可処分所得は中国に住んだ方が高いことも」(シエンさん)

Shutterstock.com / Sundry Photography

中国企業への売却もあり、中国国内でもAppLovinの知名度が上がるにつれて、ヘッドハンターからのリンクトイン(LinkedIn)メッセージがひっきりなしに届くようになったからだ。

2013〜2014年当時、帰国する中国人のミレニアル世代はほとんどが中国での起業のためだったが、今ではその状況も変わってきている。

シリコンバレーと中国トップ企業の給料を比較するとまだ差はあるが、中国の方が給料の上がり幅は大きい上、手にできる株式と固定給のトータルで比較すればシリコンバレーと同等になることもあるという。

「シリコンバレーの家賃の相場は30〜40万円。確かに北京や上海などでも一等地は同じくらい家賃は高い。ただ、探せば10〜15万円ほどの比較的安い家もあります。選択の余地がある。基本給はシリコンバレーの方が高い場合が多いですが、可処分所得は中国に住んだ方が高い

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さらにエンジニアは圧倒的なスキルがあったとしてもアメリカ人との英語のコミュニケーションでつまずいたり、アメリカの文化そのものに馴染めない場合がある。

そういった人にとって、アリババやテンセントなど中国の大企業からのヘッドハントは、給与面だけでなく職場環境面でもとても魅力的なのだ。

残業、休日出勤、接待……悩む中国人ミレニアル

では、シエンさんは中国に帰るという決断をするのか。生活の充実度や今後の中国市場の発展、家族との生活などメリットも多い半面、中国で働くことへの不安もあるという。

1つ目は前出のエイミーさん同様、中国企業からの期待値が高くなっていることだ。

「確かに、スタンフォードを出てアメリカ企業で数年働き、アメリカ人との働き方や商談の仕方も知っているのは、人材としてとても価値が高いです。自分が興味のある会社はお願いすれば、必ず会って、話してはしてもらえるでしょう」

シエンさんが中国を出た2009年当時はアメリカの大学を卒業し、数年間現地で働いた実績さえあれば、帰国時にはとてもいいポジションで中国企業から迎え入れられた。

だが現在は、海外留学・海外職務経験は評価はしてもらえるものの、それに加えてスキルや実績、提供できる価値をしっかりと示さなければならなくなっているという。

働き方やライフスタイルの違いで中国企業に就職することをためらう人も。

Shutterstock.com / Freer

2つ目は、中国企業とアメリカ企業の働き方、ライフスタイルの違いだ。中国の大手企業は残業や休日出社をしてでも自分や会社の成長のために頑張る、という考え方が浸透している。

アメリカではそういった考え方は、スタートアップと金融企業を除くと少ない。人との接し方も、アメリカではビジネス関連で出会った人とはあくまでもビジネス上での関係に留まることがほとんどだが、中国では会食や接待、飲み会の機会も多い

「まだ正直、しっかりと考えられていません。アメリカの生活にも慣れ、友達もたくさんこっちにいますしね。近い将来中国に帰ったとしても、出張などでシリコンバレーに戻る頻度は高いと思います。自分の拠点が変わることは、そこまで悲観的には考えていないですよ」

中国企業と中国市場の急成長によって、「帰国か留まるか」の選択を迫られているアメリカの中国人ミレニアル世代。選択肢の幅は広がったものの、どちらを選んでも、厳しい競争は避けられない彼らにとって、その選択は簡単ではない。

(文・瀧澤優作、小柳歩、編集・西山里緒)


瀧澤優作:1995年生まれ。大学3年次に休学してサンノゼ州立大学へ。2017年7月からアメリカの大学生向けメッセージアプリを作るスタートアップ、Loopに参画、グロース・マーケティングを担当。シリコンバレーを中心に海外情報を日本のミレニアル世代に届けたいと、休日に取材をしている。

小柳歩:1990年生まれ。東京生まれ、ロサンゼルス育ち。カリフォルニア工科大学で機械工学を学び、スタンフォード大学院でコンピューターサイエンスを専攻。その後、シリコンバレーのユニコーン企業でソフトウエアエンジニアとして働く。自身の経験や経歴を生かし、より日本人が海外で活躍できる環境を整えるため情報発信している。

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