人口減による国内市場の縮小を背景に、海外市場を模索する企業が増えている。海外市場のポテンシャルを取り込むことを目的に、進出を検討する企業も多い。しかし現実には、知名度の低さや文化・言語の違いから苦戦するケースも多い。日本企業でありながら、グローバルに成長してきた企業はどのように試行錯誤をしてきたのか。
Business Insider Japanのイベントに登壇した、リクルートホールディングス取締役・専務執行役員・CSO・CHROの池内省五さん(左)。
Business Insider Japanでは、リクルート、AGC旭硝子、ローソンに、海外ビジネスの失敗談と成功の秘訣を聞くトークイベントを2018年3月14日、東京・永田町GRIDで開いた。会場は経営者 ・役員、人事担当者、今後海外勤務を希望する人などで埋まった。
イベントは「経営者」と「現場担当者」の2つの視点で構成。第1部では、リクルートホールディングスの取締役で経営企画室長の池内省五さんが、経営層の視点から話を展開。
第2部では、AGC旭硝子、ローソン、Hotspring Venturesで駐在経験のある3人が登壇。グローバル事業担当者の視点から、国内ビジネスとの違いや困難、それをどう乗り越えたかを語った。いずれも聞き手は、Business Insider Japan統括編集長の浜田敬子が務めた。
グローバル”初心者”だったリクルートが中国で経験した失敗
第1部で登場した池内さんは、2000年から中長期成長戦略策定・新規事業開発・アジアを中心とした海外展開の推進に従事。2014年1月から2016年3月末まで、リクルートUSAの代表取締役としてニューヨークに赴任した経験がある。
日本において「海外進出」というと、まず「アジア市場」と考えるだろう。リクルートも2001年、中国進出に乗り出した。約6カ月かけて中国市場を念入りに調査した上で、結婚情報誌「ゼクシィ」を中国で展開。
2003年には、現地のパートナーと合弁企業を設立し、さらに2006年には中国で求人情報事業を展開する人材総合サービスの「51job」と業務・資本提携を行った。しかし、結果的に早期撤退を余儀なくされてしまった。
「進出前、経営企画が市場の調査を行いプランニングしたにも関わらず、実際にビジネスを立ち上げるとギャップが大きかった。M&Aにも言えることですが、計画する人とビジネスを行う人が違っていると、ほとんどのケースでうまくいかない。想定通りにいかないと、現場の状況もわからない本社が、現地にアドバイスするようになる。そして本来、現地のCEOは現地の市場、顧客を見てマネジメントをしなければならないのに、次第に本社の顔色を伺うようになっていく。こうして、マイナスのスパイラルに陥ってしまう」
「現場を最もよく知る人に任せる」を貫く
失敗談も赤裸々に語る池内さんの話に、参加者は熱心に聞き入る。
この“失敗”をもとに、2010年以降、リクルートはM&Aによるグローバル展開に方針を転換、立て直しを図った。「ITで産業のバリュー・チェーンが再編されたら自分たちのポジションはない」という不退転の覚悟のもとだった。
「現場を最もよく知る人に任せる」というマネジメントポリシーを、グローバル展開においても重視。M&Aの主導者は、それまでの経営企画部門から、事業担当役員とした。
現地での経営を円滑に進めるために、買収に手を挙げた事業担当の役員や従業員が戦略立案からPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション。M&A成立後の統合プロセスのこと)まですべてを担当。買収後は現地にチェアマンやCEOとして赴任し、重要経営指標の目標達成を担う。
一方で、原則として買収前の経営陣にはそのまま残ってもらい、日々の事業運営を最もよく知る彼らに委譲する。本社は、現地に赴任する事業担当役員に対しても、買収した企業に対しても必要以上に口を出さないという方針も決めた。
その後、5000億円近くかけてアメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアなどで20以上の企業を買収し、現在は世界60カ国以上でサービスを提供している。海外売上高、海外売り上げ比率は、2012年は293億円、3.6%ほどだったが、2017年は7369億円、40.1%まで拡大した。池内さんはこう言い切った。
「海外へ、成長市場へ打って出る。そうしないとリクルートの未来はない」
先行きに不安を感じているのは大企業も同じ。生き残るために譲れない決断だったのだ。
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言語、カルチャー、働き方……壁をどう乗り越えてきたのか
左からHotspring Ventures「Treatwell」Chief Strategy & Supply Officerの加地恵介さん(ロンドン在住)、ローソン アジア・パシフィック事業本部 アジア・パシフィック営業支援部マネジャーの加藤慎也さん、AGC旭硝子 オートモーティブカンパニー 広島営業所所長の萩原健史さん。
第2部 スピーカー・プロフィール
AGC 旭硝子 オートモーティブカンパニー 広島営業所所長 萩原健史さん
2004年4月にAGCに入社し、自動車メーカー向けの営業・マーケティングを担当。2012年5月より約4年間、アメリカ現地法人へ赴任。現地営業パートナーと共に自動車メーカー向けの営業・マーケティングを担当。アメリカ・カナダ・メキシコ地域を担当。2016年9月より広島へ帰任。所長として全体業務をマネジメント。
ローソン アジア・パシフィック事業本部 アジア・パシフィック営業支援部マネジャー 加藤慎也さん
2004年ローソン入社。店長、スーパーバイザーを経て2012年海外事業本部に異動しハワイ事業の立上げを担当。同年6月Lawson USA Hawaii, Inc.へ現地運営責任者として赴任。事業会社のゼロからの立ち上げを経験。運営指導業務に加え、商品・会計・人事等、幅広い業務に携わる。2016年3月に帰任し、アジアパシフィック地域事業会社における店舗運営のサポートを担当する。
Hotspring Ventures「Treatwell」Chief Strategy & Supply Officer 加地恵介さん
2007年リクルート入社後、「ホットペッパー」湘南編集部で営業担当、札幌編集部で営業リーダーなどを経て、2012年より海外販促事業担当。2015年にリクルートがHotspring社買収後、同社サービス「Treatwell」の事業拡大支援のため、ロンドンに赴任。事業全体の戦略策定や新しい国に事業展開する際のブランディングなどを担当する。
第2部は、海外事業担当者によるセッション。AGC 旭硝子 オートモーティブカンパニー 広島営業所所長の萩原健史さんは、2012年5月より約4年間、アメリカ現地法人へ赴任した経験を持つ。現地の営業パートナーと共に、アメリカ・カナダ・メキシコ地域の自動車メーカー向けの営業・マーケティングを担当し、2016年9月に帰任した。
大リーグの結果を調べて雑談に生かす
英語があまり堪能ではなかったという萩原さんは、当時を振り返る。
「お客様はローカルのバイヤー。商談を始める際に、いきなりビジネスの話題を始めるのではなく、まずは雑談で商談の雰囲気を和ませる必要がある。お客様の出身地はどこか、好きな大リーグのチームはどこかなどを事前に確認し、前日の試合の結果を調べて会話に生かしました」
働き方や考え方も日本と違うことに驚かされた。
AGC旭硝子の萩原さん。同社は2018年7月よりAGCに社名変更予定。名実ともにグローバルカンパニーとなる。
「働き方では、17時ごろ営業先からオフィスに戻ってきて、日本だったらそこからまた仕事をすると思うのですが、戻らずに帰ってしまうスタッフが多いんです。その代わり、朝早く出社する。私もアメリカでは、周りに合わせて朝型に変えました。帰国してからも朝型、夜は早く帰るようにしています。また考え方では、新しい視点での意見に驚かされた。時には学ぶこともありますし、時にはなぜそのように考えるのか、議論をすることもありました。チームとして、お互いが議論をぶつけ合い、1つの目標を達成した際は、非常にやりがいを感じました。また自らも成長ができたと考えています」
中国ローソンの成功例を使えず苦戦
ローソンの加藤さんは、自ら手を挙げて海外事業本部へ異動。アジア外への初出店を担当し、後の黒字化に繋げた。
ローソン アジア・パシフィック事業本部 アジア・パシフィック営業支援部マネジャーの加藤慎也氏は、2012年、海外事業本部に異動しハワイ事業の立ち上げを担当。同年6月Lawson USA Hawaii, Inc.へ現地運営責任者として1人で赴任し、2016年3月に帰任した。
ローソンは1996年中国に進出。すでに中国内で約1400店舗を展開している。海外の進出ノウハウはかなりあると思われるが……。
「中国ローソンは20年の歴史があり、現在は経営層にも中国人の方がいます。ハワイはゼロからの立ち上げで、本社から赴任したのは私1人。現地で採用したスタッフは小売り経験のない方がほとんどで、ローソンのことはわからない人ばかり。文化や事業ステージの違いから、日本ローソンや中国ローソンでのやり方を、そのまま踏襲することはできませんでした。また、コンビニの強みは大規模チェーンだからこその物流システムやITシステムです。日本であれば、コンピュータで数量を入力すれば、商品が配送センターから送られてくる。しかしハワイでは、当初50社近い仕入先に対して、それぞれ個別に電話やメールで発注する必要がありました」
と、かなり苦戦したようだ。
しかし、ハワイでの立ち上げだったからこそのやりがいもあった。
「事業立ち上げの際、当時の社長にこう言われたんです。『ハワイは世界でも有数の観光地。ハワイの人だけでなく、世界中のさまざまな国の人が訪れて、ローソンを見てくれる。今後、世界進出を目指すローソンのフラッグシップであるべき。がんばってください』
この言葉は帰任した今もなお、私の1つのビジョンとなっている。モチベーションの源泉です」
リクルート出身であることを隠す理由
Hotspring Ventures「Treatwell」の加地さんは、普段はロンドン在住。東京出張のタイミングと合って、本イベントに登壇。
欧州の美容予約サイト「Treatwell」を運営するHotspring Ventures社でChief Strategy & Supply Officerを務める加地恵介さんは、2007年にリクルートに入社しホットペッパーの営業を担当した後、リクルートの社内公募制度に応募し、2012年より海外販促事業担当に。
リクルートが少額出資を行った2014年からHotspring Ventures社と関係構築に努めた。2015年にリクルートが同社を買収した後、リクルートからの数少ない出向者の一人としてロンドンに赴任。現在は事業全体の戦略策定や新しい国に事業展開する際のブランディングなどを担当している。幼少期に米シカゴで10年育った経験がある。
「ロンドンに来てから、僕はリクルートから来ているという感じを一切出さないようにしています。たまたま知った同僚からは『お前、リクルートから来てたの?』と驚かれます。“現地化”に徹底的にこだわっているんです。リクルートではM&Aに関する投資委員会で案件の承認、否決を決めるとき、最後までこの事業にコミットするか、M&Aを起案した役員やチームの覚悟を問われます。買収前に想定しなかったことが毎日のように起きて計画通りにはいかないけれど、最後に踏みとどまるところは手を挙げたことの責任感、覚悟です」
前述したように、リクルートが2010年頃に決めた、「買収に手を挙げた従業員が戦略立案からPMIまで担当し、本社は口を出さない」という方針がしっかりと守られている。
「私が関わったようなスタートアップ企業のクロスボーダーM&Aは、ほとんどナレッジがない。人に聞いたり本を探したりしたのですが、見つからなかったんです。それだけ難しいし、希少性の高い経験をさせてもらっている。そのチャレンジに対して成長できている実感があることが一番のやりがい」と加地さん。
萩原さん、加藤さん、加地さん。業種も職種も違うが、共通するのは、国内では想像しなかったようなことが日々起こり、その都度、自ら解決策を探し出してきたということ。その苦労こそが自らの成長であり、事業の成功へとつながっている。海外でサバイブできる人材になるための鍵は、そこにあるようだ。
最後に行われたネットワーキングの時間。登壇者たちとの名刺交換、質問のための行列が途切れることはなかった。