視察有料化や選考も。「ハードウェアのシリコンバレー」深センに急増する日本人の“お勉強”視察団

ハードウエアのシリコンバレーと言われ、注目が集まる中国・深セン。日本のテレビ番組で紹介される機会も増えたためか、視察団や観光客が増えている。残念ながら歓迎されない訪問者も。

有名どころをとりあえず押さえることしか考えていない、目的を欠いた状態で現地の企業を訪問する視察団を「スタンプラリー」と揶揄する声も聞く。

いくつかの企業やコワーキングスペースは、訪問時に協力費の請求や申込フォームによるセレクションなどの防衛策を始めた。

(関連記事:日本企業は「お勉強」海外視察を撲滅せよ。日本人は相手の時間奪う意識が希薄

深センの街

「ハードウエアのシリコンバレー」と呼ばれる中国・深セン。

写真:Shutterstock / fuyu liu

年間2000枚以上も売れるSIMカード

中国のインターネット事情は特殊で、グーグルやFacebookといったサービスが使えず、地図ソフトも中国のものを使う必要がある。タイなどに比べて英語も通じないし、VISAなどのクレジットカードが使えないところも圧倒的に多い。

そのため、僕がボランティアで主催するニコ技深圳観察会は「参加者は必ずブログを書いて感想や知見をシェアすること」をルールにしている。

過去の参加者達のおかげで、訪問のためのwikiハウツー記事中国でfacebook等が使えるSIMの買い方Wechat Payの有効化方法、果ては銀行口座開設で使える中国語までネットに記載され、アップデートを続けている。

このサイト経由で2017年は2000枚以上のSIMが購入された。それだけ深センに来る人たちが増えているということだろう。

もともと、深センに来る人を増やしたくて始めた活動だ。来る人が増えるのはありがたい。でも最近、深センの人たちに迷惑をかけるケースが増え始めているのはなんとかしたい。

専用申し込みフォームにセミナー費用

僕の手元には、「何がやりたいか決まっていないのだが最近よく聞く深センに行きたい」という人達の視察依頼がよく届く。

視察団は●●総研、●●銀行といったシンクタンクや大企業のもの、●●協会などが広告代理店を介してオーガナイズするものなどの2種類があり、どちらも5〜20人ぐらいで通訳付き。期間は3日ほど。1日に午前1つ、午後2つほどの企業訪問を希望することが多い。

スクリーンショット

【2018年版】 中国滞在時に Twitter、 LINE、Instagram ができるプリペイドSIM/スマホの準備。このように、準備しないで中国に来ると大幅に動きが制限される。

参照:shao's diary

視察団のリクエストは「話題の深センの、とにかく有名なところに行きたい」。ドローンのDJI、アメリカ発で深センにラボがあるハードウエアアクセラレータHAX、メイカーフェア深センを始めたオープンソースハードウェア企業、Seeedの運営するコワーキングスペースXfactoryなどだ。つまり世間で名前をよく聞く会社だ。

最近、この3社とも「訪問専用の申込みページを設けて、訪問時はセミナー費を請求する」ようになった。

SeeedのXfactoryはコワーキングスペース、HAXはスタートアップの支援施設なので、ネットワークを広げるのは彼らの仕事の一つだ。

だが、HAXからは「その後何にもつながらない視察に来られても困る。こちらは手元のスタートアップを支援するのが仕事」、Seeedからは「訪問客が多すぎるし、自分たちはコワーキングスペースなので、そこで働いている会員達の邪魔になると困る」と、それぞれ同じような苦労話を聴いた。

Xfactory

Seeedの運営するXfactory。コワーキングスペースなので、頻繁に開くイベントを除いて、会員に仕事に集中できる環境をつくる必要がある。もちろん、メイカーフェアに出展しているような人ならまず大歓迎だ。

HAXの支援を受けたスタートアップWalkies labのCEO 藤本剛一氏は、HAXでこれまでで2組しかいない日本人のスタートアップだったこともあり、参加中に多くの視察対応を受けた。

今回の原稿を書く上で改めて話を聞いたところ、「8〜9割の視察団はきちんとしていた」と話しつつも、以下の3ポイントを苦言として挙げてくれた。

1. 事前に分かることを全く調べてきていないで質問する。深セン、HAX等について解説した書籍『メイカーズのエコシステム』や、HAXのページに書いてあることを質問する。

2. そもそも何をしに来ているのかわからない。質問もしない。聞いてるのかどうかもわからない。

3. HAXとあまり関係ない一般的なことをいきなり聞いてくる。なんで日本にはイノベーションが起きないのか、など。

いずれも、シリコンバレーやオランダなど、海外の企業視察を行う日本人に対してよくある不満だ。深センもそういう場所になったということだろう。

彼らが視察費を取るようにしたのは、利益目的というよりは一種のフィルターだと考えるべきだ。

実は、ここに挙げた例よりもさらに困る「トホホな人たち」が問題になっていて、視察費をとると、それをフィルタリングすることができる。

深圳蛇口の改革開放博物館に展示されている、深圳を象徴するスローガン。

深セン蛇口の改革開放博物館に展示されている、深センを象徴するスローガンは「時間就是金銭 効率就是生命」だ。時間と効率は深セン側の価値観に合わせないと、実りある訪問は難しい。

急増する観光客。アポなし、遅刻……

視察団以外の自力で来る観光客も急増している。

電気街に部品を買いに来る、日本で売っていないガジェットを買いに来るなど、目的意識がある人たちが大半だが、「最近話題なので来た」という人たちも増え続けている。

通訳や現地コーディネーターを雇い、視察費を払える出張組と違い、中国は地図ソフトも移動も特殊なので、自力移動する観光客の訪問はトラブルが多い。

僕も仲間達と深センでニコ技深圳コミュニティというメイカースペース・コワーキングスペースを運営している。HAXやSeeedと比べられるようなものではないが、日本人が主催しているということで、日に数度も訪問希望者がある。

しかし、ノーアポでの訪問や迷子になることがきわめて多く、僕が見た範囲だと時間どおりに来られるのは5組に1組ぐらいと行った印象だ。

僕から必ず最初に送っている案内。これをまったく読まないか、読んでも理解できない人が困った訪問者になる。

誰でも海外で初めての場所なら混乱するものだし、他人に助けてもらうものだ。でも、1日に4回も5回も最寄りの駅まで迎えに行っているようでは仕事にならない。

また、学生や日本のスタートアップのアポイントは他より優先しているが、彼らは「気が変わった」「寝坊した」などでアポイントがキャンセルになることが多く、さほど頻度は高くなくても精神的にはつらい。

結局現在は、月に1度オープンデイを用意し、それ以外の訪問はお断りとしている。

コワーキングスペース

深圳の華強北にある、僕たちが運営するコワーキングスペース。

特に興味があるテーマがないなら、個別の企業より街やショップを見にいく方が、興味のないスタートアップにスタンプラリーしに行くより深セン全体への理解ができると思う。

僕自身も2018年に初めて視察団の案内をすることになったが、スタートアップやコワーキングスペースを案内するのではなく、深センの街を産業構造含めて案内するプランとしている。

僕は「知られざる深圳シリーズ」という深センの紹介記事を書いている。そこでは、基本的にアポイントの要らない街と深センのエコシステムを紹介している。深センに観光客が増えるのは大歓迎だし、今後も面白い場所を紹介していきたい。

僕のFacebookには、開けられていないメッセージリクエストが溜まっていく一方だ。申し訳ないが、残念ながら処理できなくなってしまった。

「視察に行きたいが、相手に興味がない」不思議

不思議に思うのが、多くの視察団・観光客からDJI訪問の相談を受けるが、彼らがDJIのドローンを所有している話をほとんど聞かないことだ。

僕らのコワーキングスペースもHAXも、オープンデイやイベントに合わせて訪問してくれる視察団なら大歓迎、駅まで迎えに行くぐらいの勢いなのだが、そうした人たちはあまり多くない。

僕宛ての個人的なアポイント依頼も、過去に僕が書いたものを読んだ人はせいぜい1割といったところ。

「申し訳ないが忙しいのでお会いできない」と回答すると、急に汚い言葉を投げつけてくる人もいる。アポイント依頼の2割ぐらいは外国人だが、急に汚い言葉を投げつけられたのは、なぜか全て日本人なので悲しい。

ヘビーユーザーはどのスタートアップでも歓迎される

M5Stackを訪問したときの様子。こういうケースが増えて欲しいと思っている。

DJIやAppleのような大企業と違い、スタートアップ企業の多くは、ヘビーユーザーと話すことを楽しみにしている。

例えばM5StackというHAXに支援を受けているスタートアップは、日本からヘビーユーザーが訪ねてきたとき、視察団35人分のTシャツを用意して一緒に写真撮影をリクエストしてきた。

インターネットの時代になって、コミュニティが大事になった。ヘビーユーザーと企業はすごく近しい存在になった。

企業がコミュニティを作るために、自分たちの手法をシェアする資料を公開し、イベントを開くことも盛んになっていくだろう。

日本のユーザーが大好きで、日本向けに優先出荷していたり、ヘビーユーザーと親しくしている深センの会社は、ほかにもいくつもある。

僕はそういうケースがますます増えることを願っている。もっともっと深センと深センのスタートアップのファンが増えて欲しい。

(文・写真、高須正和)

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