ワーク・ライフ・ソーシャルの「ハイブリッド人生」のためには「やらないことを決める」

終身雇用や年功序列制度がもはや過去の遺物となり、日本企業のあり方、あるいは企業と個人との関係も変化してきました。従来のように「一つの企業で正社員として全うし、出世を成し遂げる」ことが難しくなってきた今、新たなキャリア形成の軸はどこに向かっていくのでしょうか。

K & Partners代表取締役社長の川島高之さんは、大手総合商社の会社員として長らく勤め、関連上場会社の社長という要職を務めながらも、子育てや家事(ライフ)、PTA会長やNPO法人の代表(ソーシャル)など、家庭と社会活動に積極的に関わる「パラレルキャリア」を実践されていました。

ワーク、ライフ、ソーシャルという三本柱で、バランスのとれた「ハイブリッド人生」を楽しんできた川島さんに、その実践とこれからの時代の「出世」のあるべき姿について伺いました。

川島高之さん

—川島さんは会社員として勤める傍ら、NPO代表、PTA会長、少年野球のコーチなどを務める「パラレルキャリア」を実践されていました。実際、どのような生活リズムで過ごしていたのですか。

少年野球のコーチをする川島さん

少年野球のコーチをする川島さん。

新卒から三井物産に勤めて、2012年から2016年の6月末までは、三井物産ロジスティクス・パートナーズ株式会社の代表取締役社長を務めていました。今は独立して、自分の会社を立ち上げた形です。平日も週末も関係なく、ゴチャゴチャしてきましたね(笑)。

三井物産では会社にいる時間が長かったのは確かですし、副業も禁止されていました。若いころ「24時間戦えますか」なんて広告もあったけど、まさにそんな世界です。けれども24時間が3倍になるわけではないし、睡眠時間は減らしたくない。全部がんばって体調を崩したのでは、本末転倒です。となると、どうでもいいことを省くしかないんです。「やらないことを決める」というのは明確にありました。自分にとって無駄なことを決めるんです。

出社前や昼休みにNPOのことをやったり、移動中にPTAの会報誌作ったり、無駄だと思われる会議中に、資格取得のために証券アナリストの教科書を書類の間に挟んで、こっそり読んだりしていました。スキマ時間や無駄な時間を放置せず、自分のやりたいことに充ててたんです。

川島高之さん

—「やらないと決める」毅然とした態度は、日本企業の中ではなかなか評価されにくいように感じます。そんな中、関連上場会社の社長まで務められたということは、川島さんご自身も会社から非常に高く評価されていたのでしょうね。

優秀かどうかは上司が判断するものだからなんとも言えないけど、ライフやソーシャルの時間を確保するため、出張に行かずに電話とメールだけで顧客から受注したり、飲み会に参加しても一次会で帰ったりしていました。会社の常識的には、マイナスに思われてもおかしくなかったと思います。

そのぶん、「仕事で結果を出すためのコミットには相当こだわる」ということですね。結果を出さなければ、「付き合いも悪いし、仕事の成果もイマイチだし、あいつは何だ」なんて負のスパイラルに陥ります。ソーシャル、ライフを充実させたいなら、「なんとしてでもワークの結果は出しつづける」という強い気持ちは大切です。

—川島さんがパラレルキャリアを実践するようになったきっかけはなんだったのですか。

きっかけというのは特にないんですよね。一生は一度きり。生きているからには、ワークもライフもソーシャルも、3つともやりたいじゃないですか。和食も洋食も中華も食べたいし、ゴルフも野球も音楽も読書も全部やりたい(笑) 「やらない」っていう選択肢はないです。単によくばりなのかもしれません。社内にロールモデルのような人はいませんでしたが、そうしたいからそうした、というか。

川島さんの写真たて

—そのうちの一つである会社社長を辞め、独立起業されたのはなぜだったのですか。

上場企業でしたから、社長に就任した時点で株主に対して「3年以内にここまでやります」と目指す収益などを宣言したんです。やるべきことは見えていましたから、それに対してしっかりコミットし、目標を前倒しして2年半で実現できました。

そうすると、自分も50歳を過ぎ、このまま60過ぎまで「やとわれ」経営者としていつづけるのもどうかな… と思って。何かを始めるなら、早いほうがいいじゃないですか。社長に就任したのと同時期に立ち上げた「子ども教育のNPO法人コヂカラ・ニッポン」が浸透してきて、10年前の創業直後に入った「NPO法人ファザーリング・ジャパン」で提言してきた「イクボス」という言葉もブレークしましたし、会社への奉仕の次は、社会への恩返しかな、と思ったんです。

ファザーリング・ジャパンのパーティ

パラレルキャリアの実践こそが仕事へのシナジーを生む

—パラレルキャリアの実践について、より具体的な方法をお聞かせください。

イメージとしては、「プライベートな時間から仕事の時間を天引きにする」ということ。繁忙期や緊急時以外は「定時に帰る」「週末は仕事しない」など、基本的なことです。

ポイントは、家庭だけでなく社内共有のカレンダーに学校行事、長期休暇、PTA、NPOの予定などプライベートなことも入れてしまうこと。カレンダーから自分の生活時間を確保してしまうんです。

日本人は基本真面目ですから、仕事の時間を優先させて、「あぁ、今年も運動会行けなかったな」となる。けれども最初からスケジュールに公私の予定を入れて、「もう余裕がない」と分かったら、切羽詰まってやらざるを得なくなりますよ。子育て中で時短勤務の社員の集中力にはすさまじいものがありますよね。「仕事の上限時間を決める」ことは重要です。

川島高之さん

そして、プライベートを上司や同僚に開示し、なんでも言い合えるような関係を作ることも重要なポイント。カレンダーで共有していれば、「なんで今日も川島(さん)は会社にいないんだ」と思われるのではなく、「あぁ、今日は息子さんの誕生日なんだな」と分かるし、自然とお互いに家庭や趣味の話ができるようになる。みんなが許容し合えるようになるんです。

—パラレルキャリアを実践したことで、どんなメリットがありましたか。

まずは、ワーク、ライフ、ソーシャルという3本柱(ハイブリッド)の生活を送れているので、何と言っても充実感と幸福感が高まりました。3本の柱なので、強くシナヤカで豊かな人生とも言えますね。

お弁当

川島さんお手製の息子さんのお弁当。

一方、仕事上でのメリットも多大です。要は「ライフやソーシャルが充実することによって、ワーク(仕事)の成果と能力が高まった」ということです。段取り力、集中力、取捨選択力、主体性などが高まったり、頭の中で化学反応を起こせるようになったり、視野や人脈が広がったりしました。結果、生産性が格段に上がったのですね。

若手社員のころでも「部長、あの件はどうしましょう」なんて言ってたら定時には帰れませんから、「あの件はこんな状況ですから、こう進めていいでしょうか」と主体性を持って決めざるを得ない。

お客さまは1度の訪問で口説き落とさなくてはならないし、海外出張も難しいので、そのぶん電話やメールで綿密にコミュニケーションを取って、納得してもらえるようなロジカルシンキングを… と、だんだん仕事の質が上がってきます。

それに、私生活で身についた生活者視点が、仕事に活かされることもありました。10数年前、アマゾンが日本に上陸したてのころだったと思いますが、まだ本格的に日本市場へ対応していなかったんです。

私は当時子育て真っ最中で、ベビーカーを押しながら、オムツとビール1ケースを買って、「かさばるなぁ」なんて苦労していました。その点、アマゾンは「クリック1つでオムツが買える」というじゃないですか。

「これは大きなビジネスとなるに違いない」と踏んで、担当していた金融の知識と子育て世帯のニーズを組み合わせてサービスを提案し、新たな事業として新会社を立ち上げ(社内起業)、3年後には東証に上場しました。そういったシナジーは大きいものから小さいものまでたくさんあります。

本棚

ーワークだけでは起こし得なかったシナジーですね。

「AI(人工知能)によって人の仕事が奪われる」などと言われますが、現時点でも人件費の安価な海外へと生産拠点が移っています。これからの時代、ビジネスを成功させるには、専門性を磨くだけでは勝てません。

会計、法律、ITなど「仕事に関する専門分野」と、私生活や社会活動から得た「経験値や感性」を掛け算すると良いでしょう。そのためには、子育て、家事、PTA、NPOなど通して多様な社会と接し、仕事だけでないインプットがあって、たくさん引き出しがあるほうが強いのではないでしょうか。

また、職場以外の人びとと接することで、多くの仕事能力が磨かれます。例えば、「女性社員とのコミュニケーションに困っている」なんてこぼす上司もいるけれど、PTA活動で十数名というお母さま方とやり取りすれば、格段に鍛えられます。学校の先生、少年野球のコーチ… それぞれが所属する組織やその役割によって、文法も、共通用語もすべて違う。傾聴力もつくし、伝え方も上手になるはずです。

理論も大切だが、生活者としてのインプットやさまざまな経験が「デキるビジネスピープル」になるためには必須条件です。よく、MBAを取ったエリートビジネスマンが見事なプレゼンを作ってくるけど、「言語明瞭・意味不明」「そんなロジック通りに事が進むか!」と思うことがありますでしょう。MBAのロジックを多額のお金と期間をかけて学ぶよりも、PTAでOn the Job Training(OJT)をしたほうがよっぽど力がつくのでは。私は講演で「MBAよりPTAだ!」ってよく言うんですけどね(笑)。

川島高之さん

—川島さんのような方がPTAや地域活動に参加することによって、そこでも良い影響がありそうですね。

多くのPTAが基本的にお母さま方だけでやっているから、ずっと踏襲、踏襲… でやってきたことが形骸化しているところもある。そこに私たちビジネスマンが入るとガラッと変わります。

ベルマーク運動よりもっと良い社会貢献活動があるんじゃないか、フルタイムではたらいている人が参加しやすい会議を設定したほうが良いんじゃないか、先生方ともっと良いコミュニケーション方法があるんじゃないか… と。

PTA活動中の川島さん

PTA活動に携わる川島さん。

「モンスターペアレント」なんて言うけれど、本来PTAが学校と保護者の潤滑油として機能するべきだと思うんです。より良い方法を模索することが、PTAの活性化にもつながる。

ダイバーシティとは、いかにマジョリティの中にマイノリティを交わらせ、化学反応を起こせるか、ということ。「お母さん」がマジョリティのPTAにマイノリティのサラリーマンが入ることで、組織はより良くなります。それは企業も同じです。「オジさん」ばかりの企業では限界がくる。こんなことを言う自分も立派なオジさんですが、「粘土層」になっているオジさんが多数いますからね。

—「粘土層」…ですか!?

「膠着化した、抵抗勢力系のオジさん」のことをそう呼んでいるんです(笑) ちょうど同世代の男性の多くが「男は仕事、女は家庭」「長時間労働は美徳」と信じてこれまでやってきた。そういう人たちが、パラレルキャリアの実践を否定的に考えるのは、無理もありません。

—そういった周囲の反応を覆すには、どうすれば良いのでしょうか。

私生活の時間を確保する一方で、仕事の成果は出し続けること、成果を挙げるため徹底的にこだわって、やり抜くことに尽きます。いくらなんでも、それをとがめる上司はどこにもいないでしょう。あとは、楽しんでいる姿を存分に見せつけることです。「いいなぁ、あいつ」っていうのが、動機になるじゃないですか。

川島さんの家族写真

家族で旅行したり、スキーに行ったり、子どもの運動会に行ったり。そうやって幸せそうにプライベートを充実させながら、ライフとソーシャルをワークに組み込んで、シナジーを出しまくっていると、「自分もやってみようかな」となりますよ。

今までピリピリしていた上司が「初めて子どもの運動会に行くことになった」なんて、周りも少しずつ変化してきます。

仕事人間は定年後「終わった人」になる

—日本企業では「組織の中で出世する」というのが社員が目指す道のように思えます。長年一流企業ではたらき、多くの企業を見てこられた中で、出世そのものの価値や定義の変化を実感してこられましたか。

あまり変わっていないのではないでしょうか。出世というと、ある種「カバン持ち」的な振る舞いを要求されるところがあります。

問題なのは、往々にして職責が不明瞭ということです。「下っ端」だとそれは明確なんですけどね。「明日までにプレゼン資料作れ」とか。けれども上に行けば行くほど… 役職が決まって部下を従えるようになると、だんだん不明瞭になってくる。

そうなるとやはり人間ですから、身近に置いておきたい部下は「好きな人や気の合う人」「俺の言う通りに動く人」になる。さらに「自分の評価を下げる可能性の少ない人」が優先になってくるんです。

すると、たとえ部下が良い提案をしても「今までやったことがないからなんとも言えない」「まだ時期尚早じゃないか」などとよくわからない理由で却下されてしまう。エッジの立っていた部下が丸くなったり、辞めたり、無難なことしかしなくなったりします。そうやってつまずいている日本企業が、見渡すと至るところにありますよね。

川島高之さん

—では、これからの時代にふさわしい「出世」とは、どのようなものでしょうか。

「自分の人生を自分でコントロールできること」、そして「自分人生を会社に見立て、その経営者になるという意識を持つこと」でしょう。

自分でやることを宣言して、それを実行する。誰かのご機嫌取りをして、判断はその人にまかせていれば、ラクなんですよ。自分の責任は発生しないし、ストレスが溜まっても酒を飲んでいればいい。けれど、仕事の主導権を上司や取引先に渡している限りは、いつまで経っても自分の人生をコントロールできないんです。

プロジェクトの目標、仕事の精度、収益など何でもいい。自分で「いつまでにこれを実現します」と宣言し、その達成に徹底的にこだわる。やるか、やらないか。宣言とはつまり、結論を読んでそれに到達することだから、どう人を巻き込んで、成果を出すかを考えることになる。それは仕事に限らず、どの場面においても同じです。

けれども、実際のところはそれをやらない人が多いんですよ。小さいころから「親の言うことは聞きなさい」「いい大学に入りなさい」と言われ、成績優秀な人が大企業に入って… 日本全体がそれを是としてきました。

—「有言実行」することは、自分で人生の道を敷くことにつながるんですね。

「ワークだけではヤバい」と思ったほうがいいですよね。狭義での出世は「大企業で役員を務める」ことかもしれないけど、定年退職して、会社の外の社会に出ると嫌われるんですよ。どこか偉ぶっていて、「元〇〇株式会社 常務取締役」なんて書かれた名刺を持って、地域の行事でもモノ一つ運びもしない。

「定年が生前葬」なんて言葉もあるけど、これから寿命が100歳を超えるようになったら、家庭や地域、趣味やボランティアなど、仕事以外のつながりを持たない人は、40年も「終わった人」になってしまうじゃないですか。

そうなってしまう前にも、とにかく「やりたいことをやればいいじゃない」。それだけですよね。子育て、スポーツ、NPO… なんでもいい。その一歩を踏み出せば正のスパイラル、踏み出さなければ負のスパイラル。どちらを選ぶかは明白です。

川島高之さん

—その「やりたいこと」がなかなか見つからない人もいます。何か良い方法はあるでしょうか。

そういう人は何かをインプットするというよりは、やることや情報入力を制限したほうが良いかもしれません。「やらないことを決める」ということです。バイキングで何を食べたいか分からないまま、何となくお腹いっぱいになってしまうのではなく、「食べないもの」を決めるんですよ。

SNSやネットを見る時間を制限したり、飲みに行っても2次会には行かなかったり… でないと、時間と精神的な空白が生まれない。その空白があってはじめて、やりたいことが見えてくるんです。

—「ソーシャルを充実させたい」とは思いながらも、なんとなくハードルが高いと感じている人へもアドバイスをいただけませんか。

あくまで自然体で、「自分の延長線」で探せばいい。ライフとワーク、それぞれの延長線をイメージする形です。

私の場合は、子育ての延長線上にPTAがあって、少年野球のコーチがあって、その先にまた社会があって、NPOを立ち上げた。仕事の延長線上にも「イクボス」「長時間勤務の是正」「はたらき方改革」というものがあって、その課題意識をNPOのテーマとして、講演を行ってきました。

自分のスキルや経験の先にあるもののほうが、持続性もあるし、社会貢献度もやりがいもある。仕事や子育てにだって、シナジーがあります。グローバルな観点で社会課題を解決するような活動も意義深いことだけれど、意外と身の回りにいくらでも課題はあるんですよ。

川島高之さん

(取材・文、大矢幸世、岡徳之)

"未来を変える"プロジェクトから転載(2017年1月17日公開の記事)


川島高之:株式会社 K & Partners 代表取締役社長。1987年慶應義塾大学理工学部卒業後、三井物産株式会社に入社。2012年から三井物産ロジスティクス・パートナーズ代表取締役社長を務めた後、2016年に早期退社。株式会社 K & Partners代表取締役社長を務める。仕事の傍ら、小・中学校PTA会長(元)、NPO法人コヂカラ・ニッポン代表、NPO法人ファザーリング・ジャパン理事として活動。部下やスタッフの私生活に理解のある上司「イクボス」の提唱者として、年間約300本の講演を行う。NHK「クローズアップ現代」で特集され、AERA「日本を突破する100人」に選出されるなど、多数メディアに登場。著書に『いつまでも会社があると思うなよ!』(PHP研究所)