Facebookからの個人情報流出問題で、同社が窮地に立たされている。
Facebookを使うアメリカ人5000万人分の個人情報が第三者に不正に流出し、それが2016年の米大統領選挙でトランプ共和党候補者陣営に有利になるように使われていた。問題が報道されてから、同社の時価総額は500億ドル(5兆2500億円)吹き飛び、アメリカ議会ではマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)を証人喚問しようという動きが高まっている。
Facebookは今回の件に対して、ニューヨーク・タイムズやワシンントン・ポストなど英米の主要紙に謝罪広告も掲載。米連邦取引委員会(FTC)は3月26日、Facebookが個人情報を適切に管理していたかどうか、調査に着手したと発表した。同社をめぐる騒動は収まりそうもない。
「Facebookは“何もしていない”」と内部告発者
内部告発者のクリストファー・ワイリー氏(右)。
NBCニュースより
「Facebookは、何も(対策を)していない。アメリカとイギリスで、規制当局や司法当局と話し合うように提案したが、何もしていない」
髪をピンクに染めたこの問題の内部告発者のクリストファー・ワイリー氏は、NBCニュースに出演してこう告発した。ワイリー氏は、米大統領選挙を「操る」ために雇われたデータサイエンティストで、Facebookが持つ個人情報を使うことを考え出した張本人だ。
この問題を最初にスクープしたのは、英紙オブザーバー(ガーディアンの姉妹紙)や米紙ニューヨーク・タイムズなどだった。オブザーバーによると、Facebookは、報道が出る前に法的措置に訴えると、同紙を脅していたという。
ガーディアン紙に掲載されたワイリー氏の証言やビデオは、米大統領選挙がいかにして、Facebookなどデジタルプラットフォームを使って操作されたかが詳細に語られている。
「(Facebookのデータを元に)あなたが、どんな情報を信じやすくて、どんな文脈、話題、コンテンツに反応しやすく、つまりどんな情報に騙されやすいのか。(騙すためには)何回考えてもらったらいいのか。そうして、あることについての考え方を変えていくのです」(ビデオより)
5000万人の個人情報を100万ドルで購入
英紙ガーディアンによるワイリー氏のビデオ。
これまでに出ている報道によると、Facebookから流出したのは、ケンブリッジ大の心理学専門の准教授がアプリを使って得た27万人分の個人情報。そこには何人の友人がいるかや何に「いいね!」をしたのかなどの情報も含まれていたため、最終的に5000万人分となった。これを、ワイリー氏を雇っていたデータ分析会社「ケンブリッジ・アナリティカ」が、100万ドルで購入した。
ワイリー氏はケンブリッジ社で、極右ニュースサイト「ブライトバート」会長で、後にトランプ選挙陣営最高責任者となったスティーブ・バノン氏の下で、2014年から働き始めた。ワイリー氏とバノン氏は、ビッグデータとソーシャルメディアを使った「情報作戦」を米大統領選挙に使ってみるという計画を持っていた。
有権者個人の心理や政治志向を組み合わせたプロファイル・データベースを作り上げるために、Facebookが持つ個人データを利用することを考えついたのも、ワイリー氏だ。ケンブリッジ大の准教授から購入した資金100万ドルを投資したのは、トランプ氏と共和党の支援者であるロバート・マーサー氏だった。
ワイリー氏は、ケンブリッジ社の親会社で、英国防省と米国防総省(ペンタゴン)と契約しているSCLグループから、グループの研究成果を許されたという。軍隊が使う「心理作戦」の手法で、説得工作ではなく、噂・偽情報・フェイクニュースなどの「情報コントロール」で、有権者心理にインパクトを引き起こすという手法だ。SCLグループは、すでに小さな国の選挙に、「情報コントロール」を使っていた実績があった。
ワイリー氏が編み出した有権者のプロファイルは、クリエーターやビデオグラファー、エディターなどがいるチームに渡り、そこが作り出したコンテンツがフェイクニュースなどの形で、ソーシャルメディアなどに投入されていた。
「それを見つけて、クリックしてもらえれば、ハマって、あらぬことを考えてもらえるのです」
ケンブリッジ社はトランプ陣営と契約し、10数人のチームも送り込んだ。データ分析を駆使して、どこにCMを投入したらいいのか、トランプ氏がどこで選挙集会をしたらいいのかなどを指示していたという。
ただワイリー氏は、この作戦がどれほどアメリカ人の気持ちを変えたか、何がトランプ氏を当選させたのかは、不透明だとしている。しかし、5000万人のデータと言えば、単純計算でアメリカの有権者数2億3000万人の4分の1だ。
Facebookは流出を把握していた。しかし……
腕を引かれてオフィスに入る、ケンブリッジ・アナリティカ社CEOのアレクサンダー・ニックス氏。
REUTERS/Henry Nicholls
この間Facebookは、ケンブリッジ社に個人情報が渡ったことを知っていた。ワイリー氏はFacebookの弁護士がケンブリッジ社に送った書面を保存しており、そこでは「違法に取得した」ことを主張していたという。その後もFacebookは個人情報のデータの消去を求めてはいるが、報道によるとデータは最近までケンブリッジ社が所有していたという。
ザッカーバーグ氏は3月25日、ニューヨーク・タイムズなど米英の主要紙に、異例の一面謝罪広告を掲載した。
「私たちは、あなたたちの情報を守る責任があります。(情報の流出は)信頼に反することであり、当時もっと何かしなかったことについて謝罪します」
また、個人情報を吸い取る仕組みとなっているアプリを停止し、アプリの数も限定しているという。
6割が「ソーシャルメディアは民主主義にマイナス」
Facebookの謝罪広告。
ロイター通信は、アメリカとドイツでの世論調査で、Facebookの個人情報の取り扱いを巡り、「過半数の人がFacebookを信頼していないことが明らかになった」と報じた。
独紙ビルトによると、Facebookなどのソーシャルメディアが民主主義に与えるマイナスの影響を懸念しているとの回答は60%に上ったという。民主主義にプラスの影響を与えているとの回答は33%。また、ロイター/イプソスの調査では、Facebookが個人情報保護法を順守すると信じていると回答した人の割合は41%だった。この割合は、アマゾンでは66%、アルファベット傘下のグーグルでは62%、マイクロソフトでは60%だった。
Facebook、グーグル、アマゾンをはじめ、シリコンバレーの「プラットフォーマー」たちは、膨大な個人情報を世界的に独占している。それ故に株式市場の優良銘柄であり、アメリカ経済を支配すると言ってもいいアメリカの「資産」だ。
しかし、その「資産」が、個人情報をきちんと守りきることができずに、アメリカ民主主義の根幹である選挙を操るようなことを許してしまった。Facebookは、首都ワシントンで盛り上がる規制論に反対している。プラットフォーマーが今後、どう解決策を見出していくのか、根深い問題だ。
(文・津山恵子)