“いじられキャラ”がつらく電車に飛び込もうとした。狙われる新入社員と女性総合職の悲鳴

「お前はブスだから話しやすいよ」「お前がエロくないから俺のやる気がでない」

そんな会社の上司の言葉に「何言ってるんですかー」とニコニコ笑って返していた女性が、ある日、線路に飛び込もうとした。“いじられキャラ”を演じていたつもりが、取り返しがつかなくなるほど追い込まれていたのだ。

人混み

撮影:今村拓馬

これは実際にあった話だ。

こうした日本企業独特とも言える職場のいじりとその背景を明らかにしたのが、ジャーナリストの中野円佳さんの新著『上司の「いじり」が許せない』だ。いじりの被害にあった経験者44人に書面アンケートやヒアリングを重ねてきた。

中野さんによると、職場のいじりのネタは次の4つのパターンに分析できるという。

  1. 容姿・体型
  2. 服装などファッション
  3. パートナーの有無や性行為などセクシャルな話
  4. 女子力などの性的役割

その実態はパワハラやセクハラ、いじめに近いが、加害者には悪意のない人も多く、周囲も「愛があるから」「仲間うちでじゃれ合っているだけだから」と許しがちだ。だが、本当にそれでいいのだろうか?

問題は長時間労働だけじゃない、「とやかく言われる感」に疲弊する日本の職場

——そもそも職場のいじりに注目したきっかけは何だったんですか?

中野:2015年に電通の新入社員だった高橋まつりさんが過労自殺で亡くなったことです。彼女のツイッターには、言葉でのハラスメント、しかも加害者はそんなに悪意なく言っているんだろうなという「いじり」が記されていました。友だちとのやり取りのようなちょっとユーモアを交えた文章の中に、彼女の悲痛な本音が見え隠れしているように思えて……。遺書ではなく不特定多数に向けたツイートで亡くなられた後も残っていたからこそ、彼女についてのニュースは多くの同世代に衝撃を与えたと思います。

長時間労働は大きな問題ですし、その後、改善の動きが進んだのは良いことです。でもそれだけでは解決しない。当初は長時間労働についての報道しかなかったのも、まだまだ社会全体にいじりやパワハラ・セクハラへの意識が低いからですよね。パワハラもセクハラもその名前がついたことで、被害者は訴えられるようになったし、加害者も注意するようになった。だから、いじりも言語化していくことに意味があると思ったんです。

高橋まつりさんのツイート

2015/10/31
部長「君の残業時間の20時間は会社にとって無駄」「会議中に眠そうな顔をするのは管理ができていない」「髪ボサボサ、目が充血したまま出勤するな」「今の業務量で辛いのはキャパがなさすぎる」わたし「充血もだめなの?」

2015/12/20
男性上司から女子力がないだのなんだのと言われるの、笑いを取るためのいじりだとしても我慢の限界である。おじさんが禿げても男子力がないと言われないのずるいよね。鬱だ〜。

2015/12/25に投身自殺

働く女性

撮影:今村拓馬

中野:2017年4月から夫の転勤でシンガポールに住んでいるんですけど、アジアで暮らす20〜30代の日本人女性に話を聞くと、仕事も子育てもラクで生きやすい、という人がすごく多いんですよね。日本と違って服装やプライベートについて「とやかく言われる感」がないからだそうです。

私も長年、働き方についての取材をしてきましたが、そもそもこうした職場のコミュニケーションレベルで課題が山積みなのに、ダイバーシティや女性活躍が実現できるのか疑問に思います。いじりのような問題から解決していかないと、働きやすさは向上しないんだと、日本の外に出て改めて気づいたというか、危機感を持ったというのも大きいですね。

うつ、休職、転職、線路に飛び込みそうになった人も

——いじりと言うと軽く聞こえますが、体調を崩したり深刻な状況に追い込まれている人もいるんですよね。

中野:大手メーカー子会社で営業職をしている25歳の女性は、職場の先輩と比べられ、「お前は女として勝っているところが一つもないよな」「女子力がない」「お前はブスだから話しやすいよ」と言われたり、飲み会では「お前がエロくないから俺のやる気がでない」とホステスのような振る舞いを求められたりしていました。傷ついたり落ち込むけれど、だからといって媚びたりセクシャルな方向にはいきたくない。それで「何言ってるんですかー」とニコニコ笑ってコツンと叩いて終わり、というような「いじられキャラ」を演じ続けていたら、ある日、涙が止まらなくなり、駅のホームで線路に飛び込もうとしていたそうです。

もし通りすがりの人に腕をつかまれていなかったら……。病院に行くよう先輩から勧められたこともあったようですが、休職したらさらに馬鹿にされるからと拒んだそうです。今は気持ちが落ち着いたようですが、当時はそれくらい判断力が落ちていたんだと話してくれました。

うつ病など精神疾患の診断を受けた人は多かったですし、休職している人、休職してその後に転職した人もいました。

コミュニケーション至上主義がいじりを生む

本

中野さんの新刊『上司の「いじり」が許せない』。クリックするとアマゾンの販売ページに遷移します。

——こうした問題が起きやすい職場や被害にあう人の特徴はありますか?

中野:業種でいちばん多いのは銀行などの金融業、次いで広告・メディアコンサルティングファームです。職種だと営業職。共通しているのは、コミュニケーションが全てという文化があることですね。金融は人柄がすべてとよく言うじゃないですか。広告系も社内でも盛り上げ役を期待されたり、いじられてひどいことを言われても面白おかしく受け流す対応を求められ、それも仕事の一環だというような風潮が強い。

日本企業ってすごく「モノカルチャー」ですよね。新卒一括採用した人たちを会社のカルチャーに染め上げていく過程で、上下関係も覚え込ませるので、「こいつには何を言ってもいいだろう」という上司の勝手な判断でいじりのターゲットにされる人が出てくる。それになじまない人は脱落していけばいい、多少の淘汰は必要だと考えているんです。

新入社員の通過儀礼、いまだマイノリティー扱いの女性総合職

中野:ターゲットになりやすいのは、コミュニケーション能力がある程度高く、嫌なときでも自分の感情をうまくコントロールして人と接せられる人です。嫌なことを言われて傷ついても顔に出さなかったり、面白く切り返したりするので、相手からは「あっ、もっとやっていいんだ」と思われてしまう。例として話したメーカー営業職の女性は実は元からの知り合いなんですが、普段の様子やSNSの投稿からは、いじられて苦しんでいるとは全く感じませんでした。むしろ自分から進んで自虐エピソードを提供して楽しんでいるように見えるかもしれません。

性別を問わず、いじりが始まるのは新入社員や転職直後などの新入りの時代がほとんどです。仲間に入れるための通過儀礼なんですよ。うまくいけば早く名前も覚えてもらえて組織に打ち解けられる可能性もありますが、精神的なストレスなど払う犠牲が大きすぎます。

——性別によっていじられ方に違いはありますか?

中野:新入りに加えてターゲットになりやすいのが組織におけるマイノリティー、日本の場合は女性総合職です。男性と同じように仕事の量も質も求められる一方で、メイクやファッションに気を使えないと「女子力がない」。セクハラされてうまく受け流さないと「空気が読めない」と言われて

高学歴であるほど、それをネタにいじられる傾向もあります。高橋まつりさんも「やっぱ東大生キモイな、最高学府はちがうわ、みたいないじりが定着してきた。」「キャラもいじられキャラだしつらい」という記述をスマホに遺していました。(『過労死ゼロの社会をー高橋まつりさんはなぜ亡くなったのか』)上司や先輩はこうしてマウンティングすることで、自分の方が上だと覚え込ませたいんでしょう。女性活躍がうたわれる中で、自分の立ち場を脅かす存在ですから。

そしてもう一つ、一般職女性との関係性の問題もあります。

オフィス

撮影:今村拓馬

「女の敵は女」が大好物な男たち

中野:もともとは結婚して辞めていく前提で置いていた一般職女性が、長く勤めあげるようになってきて、どのように彼女たちの職責を上げていくべきか悩んでいる経営サイドの話をよく聞きます。一方で職場では、経費精算などの事務処理で頼りたいし、一般職の意見も参考にする人事評価制度を導入する企業もあって、彼女たちの機嫌を取りたいという総合職男性たちがいる。そのためにわざと総合職女性をいじって貶めたり、お茶くみなど一般職の仕事をさせたりしているケースもありました。こうして一般職と総合職の女性たちがお互いに嫌な思いをする環境をつくり出し、「やっぱり女の敵は女だね〜」と面白がるんです。

私も記者時代、周りの男性が女性同士をすぐに対立構造にしたがるなと感じていました。「あの子はスカートなのに君ははかないの」などと比べられて嫌な思いをすることもありましたね。そんな風に比べられると、もともと仲が悪いわけではなかったのに、なんとなく疎遠になってしまうこともありました。

女性自身も「あの子は下ネタNGだけど私はOKですよ」と、他の女性とは違う“名誉男性”として振る舞うことで、男性側の「共犯」になってしまうこともあります。利益を受ける面もあるかもしれないけれど、結局は仲間に入れてもらえないことの方が多いです。それに、「あいつは面白い返しができるのになんでお前はできないんだ」と、男性が他の女性に同じようないじりを強いることにもつながり得るので、あまり得策ではない。

被害者が変わる必要はない

中野円佳

中野円佳さん

撮影:Mayuko Vermeulen

——どうしたらいじられないようになりますか?

中野:この本では被害者にとっての解決策をいろいろと並べてはいません。上司に嫌だとハッキリ伝えたところで、「あいつは使えない」と烙印を押されて不利益を被ってしまうこともあるかもしれないし、被害者の切り返しスキルが上がることが果たして解決策なのだろうかと思ったからです。それよりも、まずは加害者に気づいて欲しい。日本企業には自分の過去の成功経験をもとに判断しがちな上司が多いと感じます。でも、あなたとは違う感じ方をする人もいます。あなたにいじられて笑っている部下や同僚の心の中を想像してみて欲しいんです。

企業としての対策も必要だと思います。被害者がハラスメント相談窓口などに訴えても「そんなのコミュニケーションの一環でしょ」と切り捨てたりする。いじりが原因で転職した人も余計なトラブルを起こしたくないからとその理由を言わずに辞めるので、会社も加害者本人も認識できていない。長時間労働やマッチョカルチャーで乗り切った時代と今とは違います。いじりに限らず、あらゆるハラスメントに対して日本企業は甘すぎるので、この問題に真剣に向き合うべきです。

被害者に変わる必要があるとは思いませんが、もし自ら進んで演じているいじられキャラで苦しんでいる人がいたら、その生存戦略は本当に正しいのか、もう一度考えてみてください。これ以上いじらないでほしいけど言い出しづらいという人は、ぜひこの本を職場のデスクに置いてみてください。冗談じゃなく、本当にそういう使い方をしてほしいなと思います。それで少しでもあなたの思いが周囲に伝わるといいなと思っています。

(聞き手、構成・竹下郁子)


中野円佳:1984年生まれ。東京大学を卒業後、日本経済新聞社に入社。育休中に通った立命館大学大学院時代の修士論文をもとに2014年9月『「育休世代」のジレンマ』を出版。2015年4月株式会社チェンジウェーブ入社、東京大学大学院博士課程入学。厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」委員などを務める。2017年4月よりシンガポール在住フリーランス。東大ママ門、海外×キャリア×ママサロンなどを立ち上げる。2児の母。

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