新iPad実機レビュー:高い完成度の裏にある「アップルの苦悩」と “教育市場”逆襲のシナリオ

新iPad

新iPad。ディスプレイは9.7インチで、低価格モデルとしては初めてApple Pencilに対応。価格は3万7800円から(税別)。

「中庸の美」というものがあるとすれば、今回のiPadは、そんな存在かも知れない。アメリカで評価用機材を受け取り、使いながら原稿を書いている筆者は、素直に「お買い得だ」と評価する。

アップルは、iPadの低価格モデルを「教育市場向け」と位置づけている。今回はその色合いを特に鮮明なものとした。アメリカ・シカゴの公立レーン・テック・カレッジ・プレップ高校に世界中からプレス関係者を集め、同社の教育市場に対する理念を説明した。

アップルの発表会場となったシカゴの高校

アップルが教育向けイベントを開催した、米・シカゴの公立レーン・テック・カレッジ・プレップ高校。

新iPadのコスパの良さに注目が集まり、教育市場での戦略が知りたい人はあまりいないかもしれない。特に現在、アップルはアメリカの教育市場で、グーグルの「Chromebook」に押され、劣勢だ。今回の新製品についても「Chromebookの対抗にはならない」という辛辣な意見もある。

だがそれでも、アップルは教育にiPadを推す。その理由をアピールすることこそが、今回アップルがイベントで伝えたいことだからだ。

アップルペンシルが使えて「3万円もおトク」なiPad

iPad ProとiPad

左がiPad Pro(10.5インチ・2017年モデル・シルバー)で、右がiPad(9.7インチ・2018年モデル・スペースグレイ)。

まず、みなさんが気になっているだろう、新しいiPadの全体像から見て行こう。

iPadは2017年以来、「最新の技術を詰め込んだiPad Pro」と「過去のモデルの設計を活かしたiPad」の2レイヤー構成になっている。今回発表されたのは「iPad」だから後者だ。筆者はちょうど10.5インチ版iPad Pro(2017年6月発売モデル)を使っているので、いろいろと比較してみた。

サイズは、ディスプレイが小さい分、若干iPadが小さい。だが、重量はほぼ同じ、厚さは1.5mmもiPad Proが薄く、「プレミアム感」はiPad Proに軍配が上がる。ディスプレイの色再現性・ペンで手書きした時の細かな追従性でも、iPadよりiPad Proの方が上だ。

だからといってiPadがダメなタブレットかというと、全くそうではない。なにしろ、価格差にして3万2000円(最廉価モデル同士の比較の場合)も違うのだ。かといって、iPadのペンの追従性が「悪い」わけでもないし、ディスプレイの品質が「悪い」わけでもない。むしろ、同価格帯からそれ以下の、一般的に「低価格タブレット」と呼ばれる領域のモデルと比較すると、まったくモノが違う、というくらいiPadの方がよくできている。

それも当然で、デジタルカメラの能力をのぞくと、2016年版のiPad Proと性能はほとんど同じレベルなのだ。2年前に6万6800円(税別)で売られていたものと同じような製品が、3万円安くなった、と思えばいいだろう。教育用といわず、電子書籍や映像の視聴、ビジネス用に買っても損はしない。

特にお買い得と感じるのは、「Apple Pencilを使いたいが、iPad Proは高い」と感じていた人々だろう。今までは否応なしに本体+ペンで8万円以上の出費を強いられていたが、新iPadは、低価格製品としては初めてApple Pencilに対応した。5万円弱でペンとiPadのセットが手に入るわけで、購入のハードルは明らかに下がった。

iPad Proに比べてピーク性能が半分程度であり、別売の「スマートキーボード」が使えず、カメラの性能も8メガピクセルで抑え気味……という価格なりの部分は確かにある。けれども「そうした部分にこだわる人にはProを」という差別化は、消費者側としても納得しやすい落としどころではないか。

iPad ProとiPadの比較

iPad背面。手前がiPadで、奥がiPad Pro。iPad Proは光学手ぶれ補正付き12メガピクセルカメラなので、8メガピクセルのiPad向けより「でっぱり」がある。

iPadの機能が一枚でわかる発表会スライド

新しいiPadの概要。特にApple Pencilへの対応は、この価格帯で初めてのことだ。

皮肉なのは、iPadの価格が下がった一方、Apple Pencil(1万800円)の価格は据え置きであるため、相対的に「別売オプション」のApple Pencilの価格がより高く思えてしまうことだ。アップルは周辺機器メーカーの米Logitech(日本ではロジクール)と共同で、低価格なiPad用ペンである「Logitech Crayon」(ロジテッククレヨン)を発表した。

ロジテック クレヨン

Logitech(ロジクール)のデジタルペン、Crayon。

Crayonは49.99ドル(約5278円)とApple Pencilの半額程度の価格でお手頃だが、Apple Pencilのような「筆圧検知」機能を持たない。そのため、メモや書類へのマーキングには十分な性能を持つが、線のタッチを使い分けるようなイラスト作画などには向かない。

Chromebookとは違う「アクティブな学び」を目指す

アップル教育市場への取り組みは40年目

アップルの教育市場の取り組みは、今年で40年目になる。

アップルはコストパフォーマンスの改善したiPadを誇らしげに発表した。ただ一方で、アメリカの教育市場全体に目を向けると、アップルは必ずしも好調ではない。

40年前、まだパーソナルコンピューターが珍しかった時代の「アップルII」の教育市場導入以降、アメリカ市場では「教育といえばアップル」という定評があった。しかし、現在はその地位をグーグルに追い立てられている。

調査会社Futuresource Consultingの調査によると、Chromebookで使われているChrome OSのマーケットシェアは、2017年通期で58.3%にものぼるという。

理由は「管理のしやすさ」だ。学校内で手書きノートの延長線上の文具として使う場合、丈夫でシンプルに使える「学校が管理しやすいノートPC」として、Chromebookは非常に喜ばれている。

アップルも同様の管理ツールは用意しているが、「ノートPC的でない」iPadは、ある意味学校で使いづらい……と言われることがある。

アップルが今回採ったのは、「ノートの代わりのノートPC」という路線を一切アピールしないことだった。

アップルが推したのは、iPadを「多彩なことができるコンピューター」として扱い、それを自由に子どもたちが使うことで、自発的な学びの形を生み出す、という手法だ。

今回アップルは、iPadの「カメラ」の活用に力を入れた。ビデオ編集ソフト「Clips」を国語の授業に使って朗読や詩をまとめる作業をしたり、カメラを使った「AR(拡張現実)」アプリで、カエルの体を学んだり……という使い方を記者陣に説明した。ノートPC型のChromebookにもカメラはあるが、タブレット型であるiPadに比べると持ちづらい。机の上ではノートPC型の方が使いやすいが、校内・校外を飛び回って素材を集めて学ぶには、タブレット型の方が望ましい。

壇上で紹介された学習例

アプリを使い、カメラの映像から動きや加速度を学ぶ。

壇上で紹介された学習例

ARアプリ「Forggipedia」。カエルの一生を映像で見つつ、自分で飼うことも可能。

アップルは最近、iPadに「どんなコンピュータにも似ていないコンピュータ」というキャッチフレーズを使い始めた。これは、カメラやマイク、ペンにタッチセンサーといった、ノートPC的な価値観では重視されないデバイスを使った「学び」ができる機器、という意味合いを持たせたいと考えているのだろう。

アップルのティム・クックCEOは、発表会の最後に「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」という比喩を持ち出した。これは、スティーブ・ジョブズ氏がCEOだった頃から使っている表現だ。コンピューターを自由に使うことで、その「交差点」を生み出すのが、同社の狙いでもある。

テクノロジーとリベラルアーツの交差点

ティム・クックCEOは、同社の理念である「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」という発想方法を、教育にも適用していく。

新しい方法論からどうカリキュラムを組み立てるのか

こうした理念は、教師から単に押しつけられる「学び」の形を変えることにつながっており、非常に野心的なものだ。

だが一方で、野心的であるがゆえに、その実現にはいろいろな試行錯誤と、教師の側での「学び」が必要になる。ノートや辞書の代わりにPCを使うなら「管理」だけが問題になるが、学び方のアプローチを変えるなら、教師の側が適切なカリキュラムを構築し、子どもたちを導くための道筋を組み立てる必要がある。

「iPadは難しい」と言われることがあるのは、そうした手法を学ぶ必要があるからだ。

そのことはアップルもよく分かっている。事例集やカリキュラムの考え方を集めた「Apple Teacher」という無料オンライン講習プログラムを始め、多数のサポート施策が準備されている。さらに今年からは、絵画や音楽、プログラミングまでを含めた「Everyone Can Create」というカリキュラムをスタートさせる。

AppleTeacher

教師側のトレーニングツール「Apple Teacher」。アプリなどの習熟度をはかるクイズを用意するなど、教える側の教育についても配慮している。

アップルにとって「教育」には特別な意味がある

アップルが今回のイベントでアピールしたかったのは、新iPadの存在よりも、そうした教師向けプログラムやサポートツールの存在により、「我々は主体的な学びを学校と共に作り上げたい」という宣言だったように思う。

アップルもいくつかの学校の事例を紹介したが、実際に上手くいっているところはある。一方で、比較してiPadではなくChromebookの導入を決めた学校のように、上手くいかなかったところもある。

将来どっちに転ぶのかは、筆者にも確信が持てない。日本でも、2020年にプログラミング学習が小学校で必修化されることを背景に、「主体的な学習」への感心が高まりつつある。だが「高まりつつあある」からといって、教育の現場でその熱気を活かせるのか。疑念が残る。

ただ、ひとつ言えることがある。

グーグルはアップルのイベントの前日である3月26日、Chromebookからキーボードと取り外し、ペン対応にしたようなデバイスである「Chrome OS搭載タブレット」を、Acerが発売すると発表した(製品名は「Chromebook Tab 10」だ)。グーグルがタブレット型に乗り込んでいくなら、そこで求められるのは、結局アップルと同じようなアプローチだ。

そこで、アップルと同じことが、果たしてグーグルにできるだろうか?

(文、写真・西田宗千佳)


西田宗千佳: フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に『ポケモンGOは終わらない』『ソニー復興の劇薬』『ネットフリックスの時代』『iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』など 。

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