Adobe Summit 2018が、アメリカ・ラスベガスで開催された。
「Photoshop」や「Illustrator」などクリエイター向けソリューション最大手のアドビが、現在最も力を入れているもののひとつが「AI」だ。
現地時間3月27日、同社はデジタルマーケティング系サービスのイベント「Adobe Summit 2018」を開催した。
開催地となったアメリカ・ネバダ州ラスベガスのカジノホテルの会場には、世界40カ国からマーケティング担当者、アナリスト、報道関係者など約1万3000人が集まった。
進化を続けるアドビのAI「Sensei」
Adobe Summitは同社のマーケティングツール群「Adobe Experience Cloud」が主なテーマとなる。
Adobe Summitはパートナー向けのDay 0(26日)からDay 3(28日)まで実施される。正式開幕を告げるDay 1の基調講演では、同社のマーケティングツールを中心とした新機能や取り組みが発表されている。
そんな基調講演の中心的存在だったのが、同社の人工知能「Adobe Sensei」だ。
Adobeの人工知能である「Adobe Sensei」。Senseiはもちろん日本語の「先生」が由来。
Adobe Senseiは、すでに同社の各種製品に活用されている。たとえば、写真現像・管理ソフトの「Lightroom CC」では自動補正機能や検索機能、マーケティング分析ツールの「Adobe Analytics」では異常値の予測・検出機能としてユーザーに提供されている。
発表された中でも来場者の注目をひいた新機能は「Sensei Agent & Sensei Graph」だ。この機能は、マーケティング担当者の作業負担を大幅に削減できる。
ワンクリックでSenseiが「新規の広告」を提案
同機能のデモでは、映画の広告の制作から展開までのフローを想定して行われた。「プロ向け」のデモだが、その内容は衝撃的だ。
「Adobe Scan」アプリは手書きのイラストや紙の文章などをデジタル化できる。iOSおよびAndroidで利用可能。
まず、マーケティング担当者は手書きのラフスケッチをスマートフォンのスキャンアプリ「Adobe Scan」で読み取り、Sensei Agentが内容を理解する。
担当者は読み取ったデータを「Adobe Experience Manager」に保存し、Senseiが理解した内容をもとに素材を検索、ピックアップしていく(このとき、素材は既に“背景の削除”などマスキングが完了したものが用意されている。これらの画像処理を行ったのもSensei Agentだ)。
次に、集めた素材を合成し、PR用のビジュアルを制作する。
一般的なフローなら、マーケティング担当者から社内外のデザイナーに、集めたデータを転送することになる。
しかし、Sensei Agentを使うと、ワンクリックで、ラフをもとにしたビジュアルが完成する。そこに映画タイトルや出演者などといったテキスト要素を入れれば完成だ。
もちろん内容によるとは思うが、専門的なアートディレクションとツールの操作スキルなしに、ここまでできてしまうというのは驚かされる。
Photoshopにバラバラに配置された素材が……。
Adobe Senseiによって「いい感じ」になる。
AIが自動制作し、効果分析する「配信先別の広告」
ビジュアルが完成したら、次にその配信設定を行なう。ビジュアルはウェブ用だけではなくソーシャルやメールなど、最適なサイズに加工する必要があるが、ここもSensei Agentにより各媒体に最適なサイズにトリミングと圧縮ができる。
このフローではPhotoshopのレイヤー情報が残っているため、画像の縦横比がオリジナルと違っても、ロゴや各種要素が最適な位置に配置される。
ユーザーがプリセットされている用途のプロファイルを選ぶだけで、最適な画像が生成される。
もちろん、マーケティング担当者であれば完成したビジュアルがデザイン的な観点だけでなくマーケティング的にも効果があるか気になるだろう。そこでSensei Graphを使えば、オリジナルを元にしたさまざまなビジュアルパターンと、そこから予想されるマーケティング効果が表示される。
右側に予想されるマーケティング効果などが表示されている。
Senseiは、どの要素を強調すると過去にどんな効果があったか、同社のクラウド製品で学習しているのだ。
AIは人間の負担を減らすが「代替品」ではない
今回デモされた機能はまだ実験的な段階のもので利用開始時期は未定だが、デモは驚くほどスムーズだった。
また、Senseiを通してアドビの3大クラウド、クリエイター向けの「Adobe Creative Cloud」、ドキュメント管理の「Adobe Document Cloud」、マーケティングツールの「Adobe Experience Cloud」を横断した作業が可能となっていたのが印象的だ。
Adobeの3つのシステムで横断的に、Adobe Senseiやコンテンツ、データなどにアクセスできる「Adobe Cloud Platform」。
Adobe
実際、同社は昨年のイベントで「Adobe Cloud Platform」という構想を発表している。Senseiが3つのサービス群を横断して活用できているのもこの構想の一環だ。
アドビの会長、社長兼CEOであるシャンタヌ・ナラヤン(Shantanu Narayen)氏。
なお、同社の会長、社長兼CEOのシャンタヌ・ナラヤン(Shantanu Narayen)氏は今回の基調講演の冒頭で「AIは人間の限界を超えるためのもの」と説明している。
広告のデモを見て、将来デザイナーやマーケターという職業がなくなるのではと感じた人もいるだろう。しかし、Shantanu氏は「人間のクリエーティブに勝るものはない」と、人々がより創造的で生産性のある仕事をするための手助けをしてくれるもの、と位置づけている。
効率化の裏にある「プライバシー問題」
また、昨今では世界的にフェイスブックの個人情報流出問題に代表するプライバシー管理が取り沙汰されているが、Adobe Summitもその例外ではなかった。
同社のマーケティングツールを使えば、グーグルやフェイスブックといったプラットフォームにログインしていなくても、採用企業が提供する各サービス内で個人を特定することが可能だ。これにより同ツールを採用した企業は「先進的な顧客体験」を提供できる。
Adobe Analyticsの「Experience Cloud Device Co-op」はまさに、別の端末であっても同一顧客と特定する機能だ。
「先進的な体験を受けたいと思う顧客がいるように、自分の情報を利用されたくないという顧客もいるのでは?」という報道陣からの質問に対し、Narayen氏は「個人によって求めている物は違う。ユーザーが求めている経験を提供する、コントロールできないといけない。そういうソリューション構築をしている。」と答えている。
同社はプライバシー保護の取り組みとして、Adobe Cloud Platformにおいて欧州委員会らが定める一般データ保護規則(GDPR)への準拠を発表。4月に管理ツールのベータ版を公開し、5月頭から段階的に正式提供予定だ。
(文、撮影・小林優多郎 取材協力・アドビ システムズ)