元ロッテ投手「3年遅れ、通年採用」で三井物産入社へ——変わる新卒一括採用

人手不足が深刻化する中、各企業は新卒一括採用の形を変えつつある。

通年採用だけでなく、メルカリのように内定者に対して、入社前から昇給できる仕組みを取り入れる会社もある。ユニ・チャームは女性の入社資格を最長30歳まで継続させる「Fresh-Mom Recruitment」を2015年度から導入。子育て後に入社し、キャリアを歩むモデルを提示している。

こうした傾向は学生に人気の総合商社も例外ではない。

三井物産は通年採用を実施、新卒入社組の年齢制限を設けていない。

この4月には、学生時代に三井物産に内定をもらいながらもプロ野球選手となった、元千葉ロッテマリーンズ投手、田中英祐(26)さんが約3年のプロ野球生活を経て三井物産に新卒で就職する。

今回の「異例」の採用はなぜ実現したのか。

田中英祐

外の世界に出ていろいろな人と関わりたいという思いで、商社マンになることを決意したと語る田中英祐さん。

写真:長谷川朗

やりきったからこその「転職」

田中さんは京都大学工学部4年在籍時に三井物産から内定を得ていたが、「プロの世界を経験したい」という思いから内定を断り、千葉ロッテに入団。京大卒のプロ野球選手として大きな注目を集めた。

しかし、けがの影響もあり思うように結果は出せず、1軍での試合出場はわずか2試合。3年目で戦力外通告を受けた。

「(結果が)良くても悪くても次の日が来るのがつらかった。それでも、一流のプロの人たちと野球ができて、身についたことも多い。自分としては悔いのない日々を送ったと思っています」

スポーツ選手のセカンドキャリアは厳しい。

プロ野球では、毎年100人を超える選手が戦力外通告を受けるが、2017年5月に日本野球機構(NPB)が発表した資料によると、2016年に戦力外、引退した選手125人のうち、野球関係の仕事に進んだのが70%(88人)、野球以外の一般の会社に就職、もしくは自営業を始めたのは全体の12%(15人)しかいない。しかもその多くは飲食店で、大手企業への就職は異例中の異例だ。

三井物産

「プロの厳しい世界で勝負してきた経験を評価した」(三井物産・人事総務部人材開発室の古川智章室長)

REUTERS/Toru Hanai

田中さんは野球引退後のセカンドキャリアについて、もともと何も考えていなかったという。

「とにかく目の前の練習や試合に必死で。ロッテから『野球をしている態度を評価した』と言ってくれる人もいて、フロントとして働かないかというオファーもいただいた。将来のことを打算的に考えるよりも、目の前のことに真正面から取り組むことの方が重要だと思ってやってきました」

大学時代に内定を得た三井物産をもう一度受けたのは、「当時採用担当だった社員と交友を続ける中で『もう一度受けてみないか』と誘われた」からだという。

今回の採用に携わった三井物産人事総務部人材開発室の古川智章室長も、「プロの厳しい世界で勝負してきた経験を評価した」という。

商社マンとしては「元同期」から3年遅れての入社になるが、田中さんは入社に向けた意気込みをこう語る。

「元同期には経験できていないことが経験できたと思ってます。自分の人生のテーマは挑戦。世界中で挑戦している人たちに貢献できるような仕事がしたい。三井物産も『挑戦と創造』という言葉を会社のDNAとして掲げており、同じ志を持った人たちと働くのが楽しみです」

大学生活での「生き様」を見たい

田中さんは三井物産の就職にあたり、再度、新卒採用試験を受けた。内定をもらったのは2017年11月。2018年4月入社組はすでに内定式も終わった時期。「新卒採用」としては異例の時期の内定だった。

実は三井物産は新卒採用では「通年採用」を実施し、年齢制限もない。

「2018年卒組からは8月に『合宿選考』を行うなど、夏にも選考を実施している。基本的には通年採用。年齢も制限していない。過去にはアメリカで博士課程を取った28歳の学生も新卒で採用している。20代半ばで採用することはあまり珍しいことではありません」(古川さん )

古川智章

総合商社も優秀な人材確保のため、採用に柔軟性を持たせている。見ているのは「大学時代の『生き様』」と語る古川智章人材開発室室長。

撮影:室橋祐貴

逆に、大学1年から採用を前提にしたインターンを実施している企業もあるが、そのように変えるつもりはないという。

「キャリア教育の一環としてインターンの対象は大学1年からにしているが、新卒採用の対象に大学3年生以下を含めるつもりは当面ない。大学生活での経験がその人の成長や人格形成に大きく寄与する。そこで築かれた『生き様』を採用活動を通して見たい」

なぜ新卒の採用に柔軟性をもたせたのか。

30分の面接で数回話しただけで、一生働くかもしれない会社や、一生雇うかもしれない社員を決めてしまっていいのか、という問題意識があった。それで2泊3日の合宿選考を2017年から始めた。海外採用にも力を入れており、現地でも説明会を開催している。外国人のみを対象にしているわけではなく、よりポテンシャルのある人材を採用していきたい」

インターンも東京だけではなく、6都市で開催し、地方の学生採用にも力を入れている。

「地方では総合商社が就職先として認知されるのが遅く、特に女性の選択肢に入っていないことも多い。総合商社の仕事を追体験してもらうインターンなどを通して、今後もっと総合商社の仕事の内容を知ってもらう機会を増やしていきたい」

本人出資の「社内起業制度」

一方で、総合商社のビジネスが大規模案件にシフトする中、若手時代の「下積み」に耐え切れず、ベンチャーに飛び出す若者も増えつつある。人気就職先として常連だった総合商社も優秀な人材の確保に苦労しているのは、他企業と同じだ。

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総合商社はもともと「新しい仕事を作るのが仕事で、若いうちからチャレンジングな仕事ができる」ことが魅力だった。より若いうちから挑戦的な仕事ができるように、三井物産では2017年度から社内起業制度を導入。社内でアイデアを募集し、成長性や事業性を判断した上で、本人と三井物産が出資して新会社を立ち上げる。

「最初は出向という扱いになるが、3年以内に事業が軌道に乗ったら、4年目以降は三井物産を辞めてそのまま経営を続けることも可能。その後に再度、当社への復職のため、キャリア採用を受験することも歓迎している」(古川さん)

社内起業制度(社内ベンチャー制度)自体は最近では珍しくないが、特筆すべきは本人の出資を必須にしている点だ。

ただ、対象社員は原則として7年目以降の社員。成長意欲の高い20代社員の欲求に応えられるかはわからない。

今後さらに人材が不足し、人々の生き方も多様化する中で大手企業の採用やキャリアパスもますます変化していきそうだ。

(文・室橋祐貴)

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