GTC 2018の展示会場に展示されていたNVIDIAの自動運転試験車。
すっかりAI/自動運転の銘柄として定着した半導体メーカーのNVIDIA。2017年には100ドル超えで多くの人が驚いていた株価は、今や200ドルを超え、一時期は250ドルに届いたこともあったほど高値安定が続いている。
NVIDIAのGPU関連の世界会議「GPU Technology Conference 2018」(GTC 2018)の基調講演が行われた3月27日時点での株価は225.55ドル。時価総額約1300億ドル=約13兆7千億円という市場の評価は、多くの投資家がNVIDIAを、AIやAIに基づく自動運転のキーコンポーネント企業として評価しているからにほかならない。
2017年のGTC 2017ではトヨタ自動車とNVIDIAの提携発表が大きなニュースになった。
しかし、今年(2018年)のGTCでは将来のロードマップと新しい自動運転開発用シミュレータの発表にとどまり、昨年に比べるとやや地味な発表にとどまった。今回の自動運転関連の発表が控えめなのは、先日、ウーバー(Uber)が起こした初の自動運転の“人身事故”が大きく影響していると考えられている。
基調講演で感じた自動車関連の“自粛ムード”の正体
NVIDIAのジェンスン・フアン(Jensen Huang)CEOによる基調講演の目玉は、処理能力が2ペタFLOPS(半精度/FP16)と、従来製品の2倍になる「DGX-2」と呼ばれるAI/ディープラーニング向けのサーバーだ。39万9000ドル(約4235万円)という価格が設定されているサーバーは、ディープラーニングの学習(開発)に向けて処理能力が足りないと考えている研究者などにとって、福音となる製品だ。
NVIDIAが発表したDGX-2、1つのサーバーで2PFLOPS(半精度)という高い性能を実現し、ディープラーニングの学習時間が2017年秋に販売されたモデルの1/10に。
そうしたAI関連の派手な発表に比べると、自動車関連の発表は非常に明暗分かれる内容だった。今回フアンCEOが語った自動運転関連の発表は、「将来のロードマップ」や「シミュレーション関連のプラットフォーム」という、主に技術に焦点を当てたもの。一方で、マーケティング的な観点から見ると目玉がないと言ってよい内容だった。
「トヨタ自動車との提携」(昨年の記事はコチラ)という世界中の度肝を抜いたというインパクトに比べると地味だったと言わざるを得ない。
NVIDIAが発表した自動車向け半導体のロードマップ。
NVIDIAの関係者は何も語っていないが、今年のGTCの自動車関連の内容は非常に抑制された内容だった。有り体に言えば「自粛モード」という雰囲気が漂っていた。おそらく、事前にはもっと多くのコンテンツや発表が計画されていたが、何らかの理由でそれがキャンセルされた……それが現地での実感だ。
ウーバーの自動運転実証実験での死亡事故の影響
基調講演で壇上に立つNVIDIAのCEO ジェンスン・フアン氏。
その背景にあると考えられるのが、米アリゾナ州で発生したウーバーの自動運転試験車による死亡事故だ。犠牲者となった方には心から哀悼の意を表明したい。
日本にいるとあまり感じないが、実はアメリカではこのウーバーの事故はセンシティブな話題として行方が注目されている。メディアやSNSなどでは、「こんな事故を起こした技術は諦めた方がいいのではないか」。そんな論調も増えている。
NVIDIAとの関係で言えば、そのウーバーの自動運転車に対して、半導体などのシステムを提供していたのがNVIDIAだと「考えられていた」からだ。というのも、1月に行われたCESで、NVIDIAはウーバーと提携することを発表していた(ただし、NVIDIAはアリゾナのウーバーの死亡事故はウーバー自身が開発したシステムであり、NVIDIAのシステムではないと明らかにしている)。
CES2018で発表されたUberとの提携。
NVIDIA
こうしたこともあり、基調講演後に行われたフアンCEOのQ&Aセッションではその点に質問が集中した。フアンCEOは、
「正直に言って我々も報道以上のことは何も知らない。何が起こったのか現時点ではわからないので、コメントすることはできない」
とだけ述べて、その詳細について言及することはなかった。逆に言えば、フアンCEOがそうしたノーコメントで通しているという事実そのものが、そうした“雰囲気”に配慮して、自粛しているということの裏返しだと言えるだろう。実際、NVIDIAの広報によれば同社は現在自動運転の実証運転を自粛しているという。
そうした姿勢を取っているのはNVIDIAだけではない。トヨタ自動車も、自動運転技術の子会社であるTRI(Toyota Research Institute)が行っている自動運転の実証実験を一時的に中止するという“自粛”姿勢を取っていると、複数の米紙が報道している。
自動車事故の年間死者は全世界125万人、日本でも約3600人
shutterstock
交通事故について、社会全体が努力して少しでも死傷者をなくすように努力をすべきであることに異論のある人はいないだろう。
しかし、その一方で考えなければならないのは、全世界で起きている交通事故は今回の一件だけではないという現実だ。WHOが発表した統計によると2015年時点での全世界の交通事故死者は125万人となっている。ちなみに日本では年々減り続けており、警察庁交通局発表の2017年の交通事故死者は3694人。国内で統計を取り始めてからは史上最小になっている。それでも年間に3500人を超える犠牲が発生している。
我々が考える必要があるのは、自動運転を導入することが、その犠牲者を減らすことができるのかという点だ。
自動運転を導入すれば事故が減るか? ということに関しては、さまざまな意見がある。けれども、筆者はこう考えている。
人間が運転していようが、AIが運転していようが、人がクルマの前に突然飛び出してくるような事故はおそらくなくならない。これは(自動車ではなく)道路というシステムの問題であり、それを避けたいなら、道路を人間と車両で完全に分けるしかない(高速道路で人をはねたという事故が一般道に比べて少ないことを見ればこれは明らかだ)。
shutterstock
しかし、人間のミスで起こる事故、例えば居眠り運転や飲酒運転、あるいは人間のミス(例えばアクセルとブレーキを間違える)といった問題から起こる事故は、自動運転の導入により確実に減らすことができる。AIは疲れないし、酒も飲まず、アクセルとブレーキも踏み間違えない。当然、AIも間違いを起こす可能性はある(今回のUberの事故はそれを示唆している)が、人間に比べれば低いと考えられる。
現在の自動車事故は、そうしたドライバーのミスが最大の不確定要素として起きているという現実がある。警察庁交通局の発表によると、2018年の2月末までに発生した死亡事故(563人)を原付以上運転者の法令違反別にみると、
- 漫然運転 78件 15.9%
- 運転操作不適 77件 15.7%
- 脇見運転 53件 10.8%
- 安全不確認 50件 10.2%
の順に多いという。つまり、死亡事故の最も大きな要因は、「間違いを起こす人間のドライバー」そのものだと示唆している。その多くがAIドライバーで代替できるとすれば、(極論だが)約60%の死亡事故は防げた「可能性」があるということだ。
つまり我々に突きつけられているのは、国内で年間数千人の犠牲者を救える可能性がある技術を諦めるのが、正しい判断なのか? ということだ。我々は社会の一員として、この事実を真剣に議論する必要があると思う。
日本でも社会のコンセンサス作りが重要になる
フアンCEOは報道陣からの質問に対して、
「アメリカでは日々多くの人が交通事故で亡くなっている。我々の自動運転の技術が活用されれば、その犠牲者を減らすことができると信じている」
と答えている。そして、同社の自動運転の実証実験には、必ずエンジニアが乗り、事故をできるだけ避ける努力をしている。
それでも、自動運転社会に向けた実証という段階で、ウーバーの事故は起きてしまった。その原因が何だったのかは、今後、警察やアメリカ政府などの調査によりはっきりしてくるだろう。それがわかるまで、(自社の車両が起こした事故ではなかったとしても)実験を自粛すると決めたトヨタやNVIDIAの判断は正しいと思う。GTCでの発表がやや地味な内容だったのも、おそらくはその延長線上にある話なのだ。
今後同じような問題は日本でも起こる可能性はある。その時に向けて、我々の社会がどのような姿勢を取るべきなのか。そのコンセンサスを確立しておく重要性を、今回の一連の動きは示唆しているのではないだろうか。
(文、写真・笠原一輝)