大学卒業を待たずに起業し、20代での上場や売却を目指す。今やそんな時代だが、東大起業サークルTNKはそんな時代形成に大きく貢献してきた。
TNKは「学生起業家」という言葉がまだ普及していなかった2005年に設立。これまでに輩出してきた起業家は約50人に達する。東証一部に上場した株式会社Gunosy代表の福島良典氏やGoogleに売却したロボットベンチャー(現在はソフトバンクに売却)株式会社SCHAFTのCOOの鈴木稔人氏など、TNK出身で大型の上場や売却を成功させた起業家も出てきている。
「起業するなら入っておいた方が良い」と起業した歴代OB・OGが勧めるTNKとは一体どんなサークルなのか。
TNKが主に活動場所としている東大駒場キャンパス。
目指すのは「PayPalマフィア」のような起業家集団
TNKの活動自体は何か特別というわけではない。毎週の勉強会、東大の学園祭「五月祭」での出店、合宿形式のビジコン(ビジネスコンテスト)など、一般的な起業系、ビジコンを主催するサークルと大きな違いはない。
しかし、TNKが面白いのは、入部が「選抜制」である点だ。
毎年約100人の応募があるが、面接を経て、20〜30人に厳選される。活動期間は2年間。2年目の学生たちが面接をする。選ぶ基準は、「起業する意思があるか?」「“地頭”が良いか?」といった基本的な点もさることながら、TNKの理念に共感し、「何か成し遂げたいと思っているか」だ。
TNKの理念は「20年後の当たり前を創造する」、そんな志を持つ起業家を輩出し、テスラ代表のイーロン・マスクやLinkedIn創業者のリード・ホフマンといったPayPal出身の起業家集団「PayPalマフィア」のような起業家集団を生み出すこと。
TNKの設立者で株式会社ダブルエル代表の保手濱彰人(34)さんは、東大在籍中の2005年に、ブログを使って見込み客を獲得して起業する方法が書かれた本を読んで起業に関心を持った。
「どうやって会社を立ち上げるか考えている時に、せっかくなら東大にいる『起業したい』と思う優秀な人たちとつながって、情報交換する場所ができたらいいなと考えたのが、TNKというサークルを立ち上げようと思った理由です」
名前の由来は「完全なる秘密」(保手濱さんの当時のブログ)だという。
2017年5月に行った新歓合宿での勉強会風景。TNKの先輩が講師を務めUIやUXについて学んだ。
提供:TNK
当時は「学生起業」という概念がほとんどなかった。最初は7〜8人しか集まらなかったが、その後、保手濱さんがホリエモン(堀江貴文氏)のカバン持ちをする企画がテレビで取り上げられ、一躍有名人に。サークルの人数も増えたが、同時に「雰囲気が希薄になるのも感じた」。
中心メンバーでTNKのビジョンについて夜な夜な話し合い、「TNKらしいすごい人」を厳選しようと、面接を導入。2006年4月には約100人の応募者が殺到したが、30人に絞った。
TNKには東大以外からも入れる。TNK現代表(14期生)の小川大智(22)さんは早稲田大学文化構想学部在籍。主な活動場所は東京大学駒場キャンパスだが、メンバーは東大生に限定されない。割合としては東大生が「3割ぐらい」で一番多いが、早稲田や慶應など、他の大学からも参加している。
価値は「人」とのつながり
TNK9期生で、20歳で起業し、22歳で株式会社クルーズに12.5億円で売却した株式会社Candle代表の金靖征(24)さんは、TNKの価値は「人」だと話す。
「あくまでサークルであり、内容が起業に大きく役立つわけではないかもしれない。けど、起業するんだったら入っておいた方がいいです。その理由は、やっぱり人。横のつながりだけではなくて、実績を出している先輩とも縦につながれる環境が得られる。それが圧倒的な価値。その後は個人で相談して情報を得たり、資金調達にも繋がる可能性がある」
実際、金さんは五月祭で知り合ったTNK5期生でGunosy創業者の福島良典さんから出資してもらい、継続的にアドバイスをもらっている。
また、Candle共同創業者の一人はTNKの10期生メンバーだ。仲間で一緒に起業するケースも珍しくない。
TNK出身の主な起業家。共同創業者などを含めると今まで50人ぐらいが起業した。
TNK提供データをもとにBusiness Insider Japanがグラフ作成
最近ではTNK出身の起業家が増えたことで、現役生が先輩たちの会社でインターンをするという流れもできている。
金さんの会社でインターンをしていた12期生代表の山内遼(22)さんは、TNKの同期と株式会社Telescopeを起業した。TNK現代表の小川さんも、もともと別の会社でインターンをしていたが、TNKに入って山内さんと知り合い、現在はTelescopeでインターンをしている。TNK出身ということで、大きな裁量を与えられ、事業立ち上げや実際のビジネスについて学ぶ機会を得ている。
「生きている理由をちゃんと持っている」
TNKは設立から約13年。学生起業家が増えているという背景もあり、入会希望者は増え続けている。
「集まるメンバーは、こんな風な世の中にしたいよねとか、世の中に対して何かポジティブな影響を与えたいという価値観を持っている。全員が起業という手段を選ぶわけではないが、自分の可能性を限定せずに、何か成し遂げたいと思っている。サークルという名前だけど、そんな文化を作り上げたからこそ続いている。システムは1回壊れるとなくなってしまうけど、文化だと崩れない。最初の1年でこうした文化は作られた」(保手濱さん)
TNK創業者の保手濱彰人さん。TNKは「文化」だと語る。
保手濱さんや2期生代表の高橋飛翔(32)さんらは設立期にどんな「文化」を作り上げるか、にこだわった。その「文化」は今も変わらず残っているという現代表の小川さんはメンバーの印象についてこう語る。
「TNKのメンバーは生きている理由をちゃんと持って、生きることに必死な人が多い。そういう人と普段から接することで刺激を受ける」
一方で、サークル運営やビジコン主催のためのノウハウみたいなものは継承されていない。
基本的には、「各期各々がテーマを決めて組織を運営しろ」(小川さん)というのが不文律。通常、イベントなどを開催していくとノウハウが蓄積されていくものだが、なぜ仕組み的な部分を継承しないのか。
「TNKは各期が自由にイベントを運営できるようにしているので、そこでの特殊なノウハウを継承する意味がない。確かにビジコンを主催するのが目的であれば、仕組みを作った方が良いが、TNKは圧倒的な人材が集まることを目的にしている。仕組みを作れば、それに頼るような人が集まってくる。文化を作る阻害要因になると考えています」(保手濱さん)
後輩に頼られたら最大限協力するが、先輩が後輩に押し付けたりはしない。
結果的にTNKがなくなっても「仕方ない」(保手濱さん)というが、創業期から目指している「経団連を超える」起業家ネットワークを創るという方針に共感してくれるなら、一緒にやっていきたいと保手濱さんは語る。
「設立から10年ぐらい経って、IPOや売却を経験する起業家も出てきた。もう10年、20年経てば、今後もっと大きくなって、経団連を超える組織ができると思う」
(文、写真・室橋祐貴)