北朝鮮の核ミサイル開発問題をめぐり、中国の習近平政権が2017年夏から採ってきたトランプ政権との対米協調路線を見直す可能性がでてきた。習政権に近い有力な中国学者が東京で明らかにした。
南北首脳会談と米朝首脳会談の設定に続く、金正恩労働党委員長の電撃的な訪中によって、次にロシアと北朝鮮首脳会談の早期実現の可能性も浮上しており、朝鮮半島情勢は、南北コリアと米中ロによる国益と思惑が交差するパワーゲームの様相を呈してきた。
金正恩委員長の電撃訪中は、北朝鮮をめぐる大国の関係にも影響を与え始めている。
KCNA/via Reuters
台湾旅行法への強い反発
朝鮮半島問題で最も注目されるのは、軍事攻撃をちらつかせるトランプ政権の出方と中国の外交姿勢であろう。その中国は2017年夏以来、朝鮮半島有事の場合はアメリカとの軍事協力を進め、人民解放軍が中朝国境を超え、北の核を中国の管理下に置くシナリオを出し、世界中から注目された。
ところが、米中協調シナリオを主導してきた中国の有力学者が、その路線からの転換を強く示唆したのだ。3月30、31の両日、東京で開かれた日米中韓豪5カ国の学者、元日本政府官僚、ジャーナリストによる非公開研究会「米中関係の中で考える日中関係」(主催・新外交イニシアチブ=ND)で、賈慶国・北京大学国際関係学院院長が「トランプ政権が台湾問題で中国を挑発し続けるなら、朝鮮問題に対する中国の態度の大きな変更を招くかもしれない」と明言した。
賈氏は中国の米国研究の第一人者。習近平指導部の対米政策を下支えする役割を担っている人物だけに、発言の意味は小さくない。賈氏は記事での直接引用を許可しており、金訪中を受けた指導部の政策転換を、内外に印象付けようとする意図がありそうだ。特に、トランプ政権への警告と、中米協調路線に反対し、「中朝の伝統的血盟関係」を重視する党・政府内の「左派」に向けてのエクスキューズの意味もあるのだろう。
賈氏の言う「台湾問題での挑発」とは何か。トランプ大統領は3月16日、1979年の米中国交樹立以来、歴代米政権が禁じていた、アメリカと台湾の閣僚や高官の相互訪問を認め米台関係強化を図る「台湾旅行法案」に署名・成立させた。
米中の核問題専門家のグレゴリー・カラツキ―氏(米「憂慮する科学者同盟」上級アナリスト)は、東アジア情勢が緊迫している際にトランプが法案を成立させたことについて、「彼は知識のない無知な弱い大統領」と表現し、中国をこれほど刺激するなどとは思ってもなかったのではないかとみる。思い付きで決めるトランプらしい行動というのだ。
北への経済制裁に中国が賛成した理由
賈氏は2017年9月中旬、オーストラリアの英文サイトに「北朝鮮の最悪の事態に備える時」という論文を発表した。ポイントは、
- 北朝鮮緊急事態の対応について中国は米韓との協議を始めるべき
- 中国が北の核管理を担っても、アメリカは核不拡散の観点から反対しない
- 北朝鮮国内の秩序回復のための米軍の進駐に中国は反対
などと、中国による北の核管理を含む踏み込んだ政策転換を主張した。これを発表すると、「左派」(伝統的な中朝血盟関係を重視する一派)から強い批判の声が上がった。
一時は協調路線をとると方針転換をした習近平政権だったが……。
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賈氏によるとは、北の核実験は、
- 中国の安全保障にとって脅威
- 北朝鮮への支援の弱まり
- 核問題への姿勢の転換
という変化を中国政府にもたらし、「北朝鮮への支援と圧力をどのようにするかが北京の課題になった」と振り返る。
さらに核問題に対する優先順位がかつての(1)安定(2)非核(3)平和交渉による解決から、(1)非核(2)安定(3)平和的交渉に変化したと指摘した。2017年9月の国連安全保障理事会での北への厳しい制裁に中国が賛成したのも、そうした変化が背景だと説明した。
米中協調に舵を切った習政権に対し、北朝鮮は2017年5月から国営通信社を通じ、中国を名指し批判を始めた。一方、9月9日の北朝鮮建国記念日では、習近平主席は祝電を平壌に送らなかった。11月に習近平国家主席の特使を平壌に派遣したものの、金委員長は会おうともしなかった。中朝関係を「血盟関係」と呼んだ関係は、完全に消え去った。
中国の「2つの中断」を無視した米国
一方、賈氏は対米協調政策の内実について、「アメリカの言うことに何でも従うわけではない」とする。「中国は『北朝鮮との戦争は望まず』『核実験と米韓軍事演習の中断』という『2つの中断』を提案したが、アメリカから無視されてきた」と不満を露わにする。ボルトンなどタカ派の起用によって変数が増えたことも挙げながら。
金訪中の意図については、
- 米朝首脳会談でより良い取引材料を得るために中国の協力が必要
- 米中関係が不安定化し、中国の制裁緩和に期待
を挙げた。一方、中国側の立場として、
- 関税引き上げや台湾問題、南シナ海問題で、アメリカは中国に敵対する措置を打ち出しており、中国は近隣諸国との関係強化の必要がある
- 中国が枠外に置かれているとの印象は与えたくなく、自国利益のためにも中心的役割を演じたい
とし、アメリカが台湾問題で挑発を続ければ、これまで協調路線を取っていた対北政策の転換もあり得ると主張するのである。
賈氏は具体的にどのような政策変更につながるかは明らかにはしなかったが、中国の艦船や軍用機が、台湾周辺で頻繁に演習を繰り返す可能性は否定しなかった。
日米の前にロ朝首脳会談も
金委員長が次に向かうのはロシアだろうか。
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今後の外交展開について、上海日本学会の呉奇南会長は「4月中旬の日米首脳会談前にも、金委員長がウラジオストクに赴き、プーチン大統領とロ朝首脳会談を開く可能性がある」と指摘。賈氏も「可能性は極めて高い」と賛同した。
さらに賈氏は「金が核開発をあきらめるかどうかは分からない」としつつ、金委員長は米中のどちらをとるかと問われれば、中国をとるだろう」と述べ、米朝首脳会談を含め、今後の外交駆け引きで北側に付く可能性を示唆した。
北朝鮮の核問題をはじめ、対話の開始や平和定着の方法(停戦協定の平和協定への移行や米朝国交正常化)については、中ロ韓朝の主張は共通点が多く、中国が実際に朝鮮半島政策を見直せば、パワーゲームは「中ロ朝韓vs日米」という冷戦終結前の構図に戻る印象を与えるかもしれない。「思い付き」で対応するトランプと日米を、孤立させる思惑もちらつく。
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。