驚きの調査結果:「若い女性選手ほどセクハラ受け入れている」——日本スポーツ界で対策進まない理由

女子レスリングで五輪4連覇を果たした伊調馨選手(33)に対して、日本レスリング協会の栄和人強化本部長(57)による「パワハラ」があったとする報道をきっかけに、女子選手に対する監督、コーチのハラスメント問題が注目を集めている。女子のスポーツ界では昔から指摘される問題だが、日本ではなかなか後に続く告発がなく、表面化しにくいため、本質的な解決につながっていない。

伊調馨選手

五輪4連覇を果たした伊調選手。告発状が提出された内閣府を中心に調査が進んでいる。

REUTERS/Toru Hanai

2018年1月、アメリカの体操協会の元チームドクターが、未成年を含む7人に対して性的暴行を加えたとして最長で175年の禁錮刑を言い渡されたことは記憶に新しい。20年もの間、治療を装いセクシャルハラスメントに及んでいたのだ。

最初は2016年、米体操協会が選手たちから性的暴行の報告を受けながらも調査をしていないと、報道されたのがきっかけだった。その後、ハリウッドの大物プロデューサーのセクハラが明らかになると、被害を受けた女優たちによる「#Me too」運動が全米に拡大。ロンドン五輪女子器械体操の金メダリストがTwitter上で「#Me too」のハッシュタグを使って被害を受けていたことを明らかにした。

一方の日本では、伊調選手が日本レスリング協会の栄和人強化本部長からパワハラを受けたとされる問題が起きた。その後、他選手に対してもセクハラ・パワハラ被害があったと報じられているが、いずれも週刊誌上の“告発”にとどまっている。選手がアメリカの体操選手のように、自ら実名で発信する動きは今のところない。彼女たちが発信できないのは、それが決して周囲に理解や歓迎はされないことを知っているからだろう。

若年層ほどセクハラ受容している実態

国内のスポーツ統括組織における取り組みの現状

日本のスポーツ界では暴力やハラスメント、ドーピングなどの倫理的問題や金銭的問題が 起きた場合の規程やガイドラインの整備は、なかなか進んでいない。

高体連や高野連、日本体育協会などの所属組織を対象にした「国内のスポーツ統括組織における取り組みの現状」(明治大学政治経済学部・高峰修教授)の調査よりBusiness Insder Japanが作成

「日本は指導者、競技者ともにセクハラやパワハラへの認識が非常に低いからです。スポーツ界のセクハラ対策が進んでいるアメリカでさえ体操協会のような事件が起きる。対策が整備されていない日本でも、多くのセクハラが起きていると考えられる。女子レスリングで声が上がっている被害は、氷山の一角だと見ています」

そう話すのは明治大学政治経済学部の高峰修教授。大阪府立大学高等教育推進機構の熊安貴美江准教授とともに、3月28日に明治大学駿河台キャンパスで「スポーツ界のセクシャルハラスメントについて」という勉強会を開いた。

高峰さんと熊安さんが2007年に国体出場レベルの競技者1162人と指導者3734人を対象にした認識調査では、性的関係やマッサージ(で触る)など「セクハラになり得る15の言動」について受容する度合いが、女性のほうが男性よりも高く、中高年層よりも若年層のほうが高かった。つまり、若い女性たちがセクハラを容易に受け入れてしまう実態が浮き彫りになったのだ。

「これは驚きでした。ハラスメント対策が進んでいる欧米の調査結果とはどちらも正反対だった。欧米では、男性より女性のほうが決して受け入れられないものとしてとらえられているし、中高年より若年層のほうがセクハラ行為に対して敏感なのに、日本は完全に逆行していた。古い(10年前)調査ですが、対策や教育が進んでいない現状では今もそんなに変わらないと考えています」(高峰さん)

何がハラスメントに当たるのか明確なガイドラインが必要

スポーツ環境で生じた性暴力事例(単独型)

加害者と被害者の間に権力差があり、共有時間が長くなるとセクハラが発生しやすくなる。

高峰さんによる「スポーツ環境で生じた性暴力事例(単独型)」は、いずれも加害側が指導者などで単独で行われたものだ。加害・被害者間に圧倒的な力の差(権力)があるうえに、合宿や遠征など共有時間が多い。この2つの要素が作用すると、被害者自身が被害に遭っていると気づかないほど周到に時間をかけて距離が縮められていく。

海外ではこうした状況は「グルーミング理論」と表現される。

疑われているレスリング協会のハラスメントは、上記の条件にすっぽり該当する。

指揮する大学チームがありながら日本代表選手を選考する権力をもつ強化本部長、密接な関係は「選手と恋愛しなければ指導が成立しない」といった発言からも想起できる。

しかしながら、すでに他の選手からは「私の中では栄監督は何も変わっていない」という発言が出始めているように、加害側とされる人物をかばう動きもある。

これは、部活動などで暴力(体罰)事件が起きたときに他の選手や家族が「監督はいい人だ」と処罰軽減の嘆願署名を集めた過去と酷似している。体罰を告発した選手とそれ以外、ハラスメントを告発した女性とそれ以外。対決軸が生まれるのは常だ。

セクハラが発覚すると、当事者もその仲間もそれぞれの感じ方や価値観が入りまじってカオス状態になる。だからこそ、何がハラスメントに当たるのか、きちんとジャッジできる明確な概念やガイドラインが必要なのだ。

個人の認識だけでなく「秩序を乱したか」で判断を

レスリング問題は現在、パワハラ・セクハラがあったか否かのヒアリング調査の結果待ちという状態だが、告発者以外の選手が「パワハラもセクハラも感じなかった」と答えれば、“なかったこと”になるのだろうか。

10~20代の選手が、強化指定や国際大会出場選手を決める権利を持つ協会に不利益になるかもしれない発言をするのは、極めてハードルが高いのではないか。これまでのように判断要素が「(選手の)権利の侵害があったか否か」だけに絞られていては、真実に近づけないのではないか。

スポーツをめぐる法律問題を扱う弁護士の宗像雄さんは、「権利侵害モデル一辺倒からの脱却を目指すべき」と主張する。

テニス

セクハラを組織の構造的な問題と捉えなければ、本質的な解決にはつながらない(写真はイメージです)。

Shutterstock/Microgen

宗像さんによると、いじめを含めたハラスメントに関しては、

  1. 権利侵害モデル(特定の人の権利を害する行為)
  2. 秩序維持モデル(組織ないしコミュニティの秩序を損なう行為)

と2つの考え方があるが、日本ではもっぱら1の権利侵害モデルのみで判断される、という。

「権利侵害モデルでは、被害者の意識が議論の中心問題になる。つまり、選手がセクハラだと感じたと言えばセクハラ。そうでなければ違うとなる。個人の認識の違いで左右される。それでは概念が非常に曖昧になります。また、関係者への忖度も生まれやすい」(宗像さん)

セクハラに関する議論や報道は、倫理的に「下品な言動」も、刑罰法規に抵触する「犯罪行為」も同じ文脈で論じられているのが現状だ。

「そのため、被害者側と加害者側の言い分がかみ合わず生産的な議論がしづらくなり、結果的に規程やガイドラインを作っても効果的に運用することができないのです」(宗像さん)

ハラスメントの概念を2の「秩序維持モデル」に従って理解することは、すでに一部では認められているという。つまりは、「あなたの行為は組織(チーム、もしくは競技団体など)の秩序を乱しました」というとらえ方だ。

例えば、厚生労働省が作成・公表した「パワーハラスメント対策導入マニュアル」では、「職場のパワーハラスメント」を「同じ職場に働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為」と定義している。「精神的・身体的苦痛を与える」行為であるか、「職場環境を悪化させる」行為であるか、どちらかであれば、パワハラになるというわけだ。

先立つ今の競技環境を失いたくない

さらに宗像さんによると、秩序維持モデルを採用することには以下のような3つの利点がある。

  1. 被害者の申告がなくても、組織として調査が可能になる。
  2. どのような言動をハラスメントとするかを、指導者やコーチの外形的な行為について行動規範(例えば、選手と密室で2人きりにならない、など)で策定することができる。
  3. ハラスメントが発生した責任を、加害者個人ではなく、組織全体に帰すことができる。

3は加害者の矯正だけでなく、組織をブラッシュアップする効果も期待できる。その結果、日本のスポーツ界におけるハラスメンが起きやすい背景、セクハラ認識の低さや、競技団体などのコンプライアンスの未整備を改善することにもつながるという。

もちろんアメリカや国内の裁判で、「権利侵害」を根拠にその違法性を勝ち取ってきた歴史がある。「秩序維持だけで違法性を問えないし、権利侵害だけでも問えない。議論を重ねなくてはいけない」と前出の高峰さんは訴える。

若い女性選手のセクハラへの受容度が高い日本では、被害を受けた仲間の側に立つことは非常に難しい。五輪に向かって鍛錬を続ける今の環境を、全国大会に向かって練習する部活を、失いたくない思いのほうが先に立つ。体罰事件が起きた学校の保護者を取材したことがあるが、「暴力はいけないと思うが、監督が辞めるのはわが子が卒業してからにしてほしい」という声を聞いた。

私たちは、アスリートの勝利という光だけでなく、闇に埋もれた姿を見ようとしなくてはいけない。

(文・島沢優子)

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