パナソニック「“出戻り”ベンチャー買収」の真相 —— Cerevo創業者 岩佐氏らに聞く“交渉の全過程”

CerevoとShiftallの組織構成

CerevoとShiftallの組織構成。

エイプリルフール明けの4月2日、秋葉原系ハードウェアスタートアップ「Cerevo」(セレボ)が公表した「パナソニックへの子会社売却」というニュースは、モノづくり界隈に衝撃として伝わった。

その内容が単なる事業売却ではなく、「創業社長・岩佐琢磨氏の退任」と「岩佐氏も含めた社内の一部人員の子会社Shiftall社(シフトール)への移籍」、そして「Cerevoへの新しい経営陣の就任」という形で行われたからだ。

Cerevoといえば、創業10年を迎える日本のハードウェアスタートアップの草分け的存在として知られる。

創業者の岩佐氏はパナソニック出身。その人物が、Cerevoの一部の組織を引き連れてパナソニックへ「出戻る」。新生Cerevo経営陣、創業者岩佐氏、パナソニック関係者らの話から見えてきた、老舗ハードウェアスタートアップ売却交渉の内実を探った。

Cerevo社長退任、買収決断の背景

Shiftall岩佐琢磨氏

Cerevo社長を退任、Shiftall社長に就任した岩佐琢磨氏。4月5日、Business Insider Japanにて撮影。

「(Cerevoの社長を交代して)肩の荷がおりた、という感覚はまったくない。2008年にCerevoを創業したときは、私も(肩の荷が)すごく重く、そこからいろいろな仮説を積み上げてチャレンジしてきた。それが、2017年前後には、あらゆる仮説を試して、未知数部分がほとんどないような状態だった。

いまは2008年の創業時にまた戻ったような心境。大企業の資本を入れて、チームを作ってこうやっていけば良い、という新しい仮説はある。これを実証していかなければ。肩の荷はむしろ重くなりました」

Cerevo創業者の岩佐氏は、買収のための新会社発足公表から3日目の心境をこう語った。

4月2日付けでCerevo社長を退任し、パナソニックが買収した子会社Shiftall社長に就任、いまはShiftallへついてきた26名のスタッフともに、浅草橋の新オフィス立ち上げに奔走している。

(Cerevoの経営から退任するのは)非常に複雑な心境ではあります。(買収に関しては)期待と不安、ポジティブとネガティブの両方ある。(Cerevoの経営を通じて)この10年培ってきたものを残して行くのは、後ろ髪ひかれる想いは当然ある」

Shiftallの公式サイト

Shiftallの公式サイトより。空っぽのオフィスの写真に、岩佐氏の決起の言葉だけを書いたシンプルな公式サイト。「生活を1歩ミライへ」というキャッチコピーを使っている。

この10年、日本でハードウェアスタートアップはいくつも生まれてきた。一方で、そうした起業家たちの全員が、メーカーとして継続性のあるビジネスが築けていたかとといえば、必ずしもそうではなかった。

一般に、ハードウェアメーカーとしての「起業」は難しいといわれる。それは、製造のさまざまな段階で一定の資金が必要で、たとえばWebサービスでの起業のように「たった一人で歯を食いしばって開発する」というような低コスト化はできないからだ。これが、IT(ソフトウェア)での起業とはまったく異なる部分だ。

岩佐氏は、この10年を振り返り、

「(ハードウェアスタートアップは)死屍累々という話がある一方で、日本のハードウェアの大会社も傷んでいる。日本全体の“モノづくり”が、部品(の技術と製造)以外はボコボコというのが、この10年だったんじゃないか」

と、近年の“日本メーカー”への見立てをコメントする。

早い段階から「丸ごと買収」は考えていなかった

パナソニック

パナソニックと具体的な売却交渉を始めた時期は、関係者の話を総合すると、おおむね2017年度の前半。

パナソニック側は、同社のビジネスイノベーション本部が中心的役割となって買収交渉を進めたと見られる。当時ビジネスイノベーション本部本部長で、現パナソニック専務執行役員の宮部義幸氏と岩佐氏とは、「パナソニック時代以来、折に触れてかわいがってもらっていた」(岩佐氏)という、知らない仲ではない関係性だった。

岩佐氏によると、買収の打診はパナソニック側からの提案を受けたもの。その内容は、こういったものだったという。

「数人のチームで10カ月で量産品をつくって、量販店で実際に売っていくような“アジャイルなモノづくり”ができていたメーカーは、(スタートアップを見回しても)ほとんどない。そのノウハウでパナソニックを助けてくれへんか、と」

買収の経緯について取材に応じたパナソニック広報担当者も、岩佐氏とそのチームが持っているスピード感や組織能力に魅力を感じている、といったコメントをしている。同広報によると、買収の発表にはパナソニック社内からも大きな反響があり、Shiftallの素早いプロトタイピング能力を使いたいとの声がすでに上がっているという。

アジャイル:「機敏な」「敏捷な」という意味の言葉。プログラミング開発用語のアジャイル開発は、小規模な実装とテストを繰り返しながら素早く開発していく手法を指す。

同広報担当によると、Cerevo側が既存事業(既存製品の販売や、新規の企画開発)の継続を希望しており、それを尊重する意味で、早い段階から「Cerevo丸ごとの買収」は検討になかったという。

一方で、パナソニックが求めたのは、スタートアップならではの、スピード感あるモノづくりを実現する「組織力」と「ノウハウ」。つまり、岩佐氏一人だけの移籍というのもありえない。

2社間でさまざまな買収の形に付随するリターンとリスクの検討が行われ、最終的に、

  1. Cerevoは独立会社として存続
  2. 岩佐氏自身と一部の人材を子会社(Shiftall)へ移籍
  3. Shiftallをパナソニックが買収

という、やや複雑なスキームで売却交渉がまとまった。結果、Cerevoに残ったのは45名、Shiftallへ転籍したのは26名。なお、パナソニック広報によると、買収額は非公表だ。

Shiftallとパナソニックの関わり方はどうなっていくのか? 前出の広報担当者は一例として、「たとえば(パナソニック)本体の人間がチームに入って、トレーニングして戻ってくるようなことも将来的には期待しています。ビジネスプロセスを変えていくためのマザー工場のようなもの(として)」、また共同開発については「案件ごとに(Shiftallへ)委託するような形になるのでは」と語った。

新生Cerevoの経営陣、事業売却子会社Shiftallの関係

Cerevoの会社概要

Cerevoの会社概要。役員構成や従業員数などは最新の内容に改められている。

新生Cerevoの社長には、青木和律氏が就任。新生Cerevoになっても、株主構成に変更はない。青木氏はCerevoと関係が深いDMM.make AKIBA界隈でスタートアップの技術的な支援者として知られている。また、メルカリのシェア自転車「メルチャリ」のスマートロックの製造も手がけるtsumug社の中心メンバーでもある。

青木氏が新社長就任の打診を受けたのは2017年11月ごろ。岩佐氏によると、買収に際して子会社(Shiftall社)に岩佐氏がフルコミットすることが条件として入っており、それを受けて株主サイドから青木氏が指名されたという。

岩佐氏とは以前から顔見知りではあるものの、青木氏がビジネスとしてCerevoに関わった経験はない。

青木氏はBusiness Insider Japanの取材に対し、新生Cerevoの経営を引き受けた理由を、

「(いろいろな話し合いを続けるなかで)会社を分けて、やれることが“半分”になってしまうなら大変ですが、やれることが“2倍”になるなら面白い」

と感じたからだと説明する。

青木氏は、岩佐氏の代表取締役交代が決定して以降、組織の分割と新体制づくりを引き受けて来た。

新社長就任が決まった2017年末から、約90名いた社員・スタッフ全員と面談。個々人の意思を尊重しながら、新しい子会社へ転籍するか、Cerevoに残るかといった組織づくりの切り盛りをしてきた。4月2日からは、家電ベンチャーUPQの広報経験を持つ古田和歌子氏を新任の取締役に迎えた。

いまの社内のムードについて聞くと、岩佐氏、青木氏とも、ほぼ同じ答えが返ってきた。

「文字通り“同じ釜の飯を食べた”仲間たちの集団であるのに、新たな出発に向けて社内の空気がガラッと変わった」

CerevoとShiftallは「領域競合」を恐れない

売却を報告するCerevoのリリース

子会社のパナソニックへの売却を報告するCerevoのリリース。

1つの会社が2つに別れるのにはさまざまな形がある。

Cerevo、Shiftallの場合は、それぞれが単体の家電メーカーとして成立する機能を持った形で2社に別れた。Shiftallの26人という従業員規模は、Cerevoの2015年当時の規模とほぼ同じだという。

青木氏、岩佐氏それぞれの経営に対するビジョンは次のようなものだ。

新生Cerevo 青木社長:

・従来のCerevoは1人のカリスマの下に人が集ってくる組織だった。10年経った新生Cerevoでは、エンジニアや広報といった「現場」を前面に出していきたい。「社長」の色は必要ない、というのが自身の矜持
・従来どおり「ドミネーター」や「タチコマ」のような他社知財の商品化もありえる
・Cerevoが持つ、少ロット生産のノウハウを生かし、「量産」のハードルをもっと下げる形でスタートアップ支援をしていきたい。設計・製造ノウハウだけではなく、「広報」や「サービス」の支援まで含めた支援をしていきたい
・経営状況について、可能な限り透明化していく。今後は資金調達の状況から、会社の口座の残り残高までオープンにしていく
・スタートアップへの「投資」は基本的にしない(「投資」以外をサポートしていく)

Shiftall 岩佐社長:

・Cerevo時代と同様に、最終製品までつくるビジネスも並行して手がけていく
・大企業の文化を踏まえつつ、スタートアップのノウハウを使って、パナソニックのモノづくり改革に協力していく。既に、2社の共同案件で進んでいる企画がある
・事業としてゼロリセットした状況なので、プロダクトが世に出るまでは粛々と進める。半年程度で何か動きを出したい

両社の事業領域には似た部分がある。特に、最終製品の企画・販売については、袂を分かった2社ともに同じ事業だ。

事業が競合する可能性については、岩佐氏も「Cerevo側と事業領域の取り決めは特にしていません。5年後、10年後の話として、両社が同ジャンルの製品をつくって競合する、ということは十分起こり得ると思う」と認める。

Cerevoの沿革

Cerevoの沿革。2008年5月に設立。まもなく10周年を迎える。

新生Cerevoは10周年を迎える今年、6月を目処にオフィス所在地を湯島から、再びDMM.make AKIBA(富士ソフトビル)へと移転することが決まった。24時間いつでも使えるモノづくりの環境が整った場所で、新たな出発をしていく。

Shiftallについては、まだしばらくは慌ただしい状態が続きそうだ。

今回の売却は早くから決定していたものの、新社名決定や転出の諸手続きに時間を要したため、社名ロゴも新オフィスの造作も現在進行形でデザイン・施工を進めている真っ最中。まさに会社の形を作りながらのアジャイルな再出発となった。

岩佐氏は今年40歳、Shiftallの従業員26名の平均年齢は35歳。決して若手ばかりのスタートアップではない。

「帯をきゅっと締めなおしている感じ」(岩佐氏)

と表現する立ち上げの緊張感に満ちた環境の中で、4月中にも新たなプロジェクトの製品開発を走らせていくことになる。

(文、写真・伊藤有)

編集部より:初出時、古田氏が年度末の組織再編に関わった旨の記述がありましたが、正しくは4月2日の就任以降となります。またCerevoの従来のスタッフ数を旧Webサイトの人数に合わせました。関係各位にお詫びして訂正致します。 2018年4月9日 11:00

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