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苦境のテスラ「身売りならトヨタより日産」と断言できる3つの理由

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自らの「エイプリルフール倒産」発言も災いして、株価低迷に苦しむテスラのイーロン・マスクCEO。

Reuters

米電気自動車(EV)メーカー、テスラの株価が芳しくない。

2017年通期決算は最終損失が19億ドル超と過去最大の赤字を計上した。資金調達の必要性が囁かれるさなかの3月23日、同社の多目的スポーツ車(SUV)「モデルX」が大破炎上し、運転席の男性が死亡する事故が発生。続く29日には、主力セダン「モデルS」について、過去最大となる12.3万台のリコールを発表した。

リコール自体はどこのメーカーでもよくあることで、同じ3月中にも、メルセデス・ベンツの「GLC」クラスが5車種で12.1万台、ホンダのミニバン「オデッセイ」が25.4万台と、大規模なリコールが起きており、株価低迷の要因と位置づけるのには無理がある。

一方、テスラ車の品質については、2016年末のトヨタ自動車との提携解消時から疑問視されていただけに、死亡事故の原因と疑われる(米国家運輸安全委員会が調査中)同社の半自動運転機能やEV技術に関して、市場からの期待が裏切られたことは間違いない。株価低迷はそうした評価を反映した動きと言えるだろう。

1カ月前に340ドル前後だったテスラの株価は、3月末から4月初頭にかけて250ドル付近まで売られた。下落率は25%超。この間、同社の時価総額は1兆円以上減少した計算になる。先週(4月第1週)後半頃から、市場関係者の間で「テスラ身売り」の可能性を指摘する声が上がり、その影響もあってか株価は持ち直し始めているが、それでも3月中旬から15%下げている状況だ。

「トヨタが買収」は戦略的にあり得ない

今回のリコールはさほど深刻ではなく、その費用負担もテスラの経営危機に直結するものではないだろう。全世界を揺るがす米フェイスブックの個人情報漏えい問題に比べれば、信用の凋落といった決定的な事態でもない。ただ、その根本に品質を軽視した製品開発があるとすれば、近い将来さらなる問題が起きるのは必至で、その場合、株主にとっても放置できない由々しき事態となる。

ここでテスラの株主構成を見てみると、60%前後を機関投資家が保有し、イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)を含む関係者の保有分は28%で、3分の1を割り込んでいる状況である。米アップルの株価低迷期に、共同創業者であるスティーブ・ジョブズが退任に追い込まれたように、取締役会と機関投資家が一致団結して現CEOの退任と身売りを要求する可能性も否定できない。

テスラが身売りをするとしたら、どんな企業が買収に名乗りを上げるだろうか。

たとえば、日本の経済情報誌では、レオス・キャピタルワークス社長の藤野英人氏が「テスラの株価が暴落したら、恐らくトヨタ自動車が買うかもしれません」(東洋経済オンライン2018年4月6日付)と指摘している。

トヨタにとってEVは通過点にすぎない

しかし、M&A戦略の専門的視点に立つと、トヨタによる買収は考えられない。そう言い切れる理由は2つある。

1つは、品質を重視するトヨタ自動車のカルチャーと、製品開発のスピードを重視するテスラのカルチャーが一致しないからだ。

トヨタとテスラは2010年に資本業務提携(トヨタが45億円を出資)し、2012年には既存車をベースにした「RAV4 EV」を発売したが、2015年以降は共同開発や協力を行うことのないまま、トヨタが一部株式を売却。2016年末までに残りの株式も手放した。

両者が提携を解消した理由も、やはりカルチャーの違いだった。トヨタは最大の強みである徹底的な品質重視のカルチャーを壊してまで、テスラを必要としなかった。ゼロから自社でEV車種を開発したほうが、顧客と自社のいずれにとっても中長期的に利益を生むと判断したわけだ。

こうした経緯を踏まえれば、「市場の評価が低く、割安だから」という理由だけをもって、トヨタがテスラを買収するとは到底考えられない。

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車載用電池での協業を発表するトヨタの豊田章男社長とパナソニックの津賀一宏社長。

Reuters

もう1つは、トヨタがEV開発を「通過点」としか考えていないことだ。

2017年9月にアメリカで行われた機関投資家向けの「インベスターサミット」。翌10月に行われた「東京モーターショー」。さらには、2018年2月の第3四半期決算説明会。いずれにおいても、トヨタはクルマの電動化に留まらず、自動運転やコネクテッドカーを見据えた「新しい自動車の形」を提案している。1月に家電見本市「2018CES」で発表した、米アマゾンやウーバー・テクノロジーとの提携も、一連の流れの中にある。

トヨタはEVの走行距離を大幅に延ばす「全固体電池」の開発に多額を投じ、2020年代前半の実用化も見えてきている。現時点で最大5兆円(トヨタの時価総額の25%超に相当)にもなるテスラをこれから買収するのでは、高値づかみの誹りを免れないだろう。

M&Aを得意とする日産なら……

しかし、トヨタ以外なら、テスラ買収が大きな意味を持ってくる自動車メーカーもある。その実現性が高いと筆者が睨んでいるのが、日産自動車である。

その理由を3点挙げておこう。

まず1点目は、日産の現経営陣が自動車メーカーのM&Aを成功させた経験があるからだ。同社には、燃費偽装問題で揺れていた三菱自動車を買収し、立て直した実績がある。2016年10月に2300億円超という巨額を出資して傘下に収め、わずか1年半で売上高2.1兆、純利益1000億円(2018年3月期決算)という「V字回復」を実現する見通しだ。

三菱自動車の例を出すまでもなく、日産はそもそも、2兆円もの有利子負債を抱えて経営危機に陥った1999年に仏ルノーの傘下となり、経営のプロとして送り込まれたカルロス・ゴーンCEOの手で再生された会社である。M&Aと(日本企業が疎い)買収後統合戦略(PMI)は最も得意とするところだ。そして、そのような統合によって拡大してきた企業だけに、カルチャーの壁は深刻な問題とならない。

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日産自動車のカルロス・ゴーンCEO(仏ルノー会長兼CEO)は動くか。

Reuters

2点目に、日産は経営計画の柱にEV分野でのリーダーシップを掲げており、同分野で最先端を行くテスラのブランド資産を有効活用できるからだ。

2010年に世界初の量産型EV「日産リーフ」を発売し、2017年のフルモデルチェンジを経た世界累計販売台数は30万台を突破。北米、日本、欧州とまんべんなく売り上げを伸ばし、世界で最も売れたEVと言われている。

一方、テスラの新型EV「モデル3」はスペック的に日産リーフを上回り、予約台数は35万台以上とも言われる人気を誇るが、パナソニックとの共同出資で作られた米ネバダ州の車載電池工場「ギガファクトリー」のライン不具合で生産が遅れており、思うように売り上げを伸ばせていない。手元資金のおぼつかないテスラが現状を打開するのは簡単ではないだろう。

NECとの共同出資で立ち上げた電池事業を2017年に手放した日産は、当面、車種によってフレキシブルに外部から電池を調達する方針で、パナソニック・テスラの電池工場をサポートしやすい立場でもある。生産ラインを正常化させることができれば、日産はトップクラスのブランドを2車種揃えることになり、EV分野での優位は決定的になるはずだ。

M&A戦略の視点で見れば、シェアとブランド力を一気に拡大し、競合企業を市場から閉め出すことになるため、非常に効果的と言える。また、買収と生産ラインの正常化により、テスラ株の価値は向上するだろうから、その価値を活用すれば(テスラの株式を担保に入れて借り入れを行うなど)さらなる投資も可能になる。

日産とテスラをつなぐ「パイプ役」

最後に3点目。日産とテスラとの間には、強力なパイプ役が存在することだ。

テスラで広報担当副社長を務めたサイモン・スプロール氏は、それ以前、日産・ルノー連合の執行役員としてゴーンCEOの直下でグローバルコミュニケーション部門を統括していた。同氏は現在、古巣の英アストン・マーティンに復帰し、副社長兼最高マーケティング責任者(CMO)を務めている。強烈な個性を持つゴーン、マスクというリーダーを結びつけるのに、これ以上ない人材と言えるだろう。

仮に日産がテスラを買収したとすると、自動車産業にどのような影響を及ぼすだろうか。

筆者が強調したいのは、企業間の組み方(買収やアライアンスを含む)が変わることにより、日本特有の「自前主義」的な発想が通用しなくなるということだ。

日産はこれまで、ルノー・日産・三菱アライアンスとして資本関係を強化しつつ、グループ内で購入する部品の共通化を進めることで、調達コストの削減を進めてきた。テスラも同様にこの協同購買グループに加わることで、コストのみならず、同社にとって最大の課題である品質を向上させ、製品開発の効率を改善できる可能性がある。

そうなれば、現在テスラと組んでいる日本のサプライヤー陣は、コスト面を中心に調達の見直しを迫られることになる。当然の帰結として、何でも自社で揃える自前主義のあり方も見直さざるを得なくなるだろう。

自社の課題・ボトルネックを解決するために、グループ会社や他社を最大限活用する発想が出てきにくいのが日本企業の現状だ。それでも、ITや製薬のように変化が激しい業界では、他社とのアライアンスやオープンイノベーションを起こそうとする動きが活発になってきており、自動車や電機のように古くて大きい企業が多い業界は、時代の流れに取り残されるかどうかの分岐点にいる。

新時代の旗手とも言えるイーロン・マスクCEOの熱烈な支持者は多く、テスラの身売りが現実のものとなるかどうか、現時点では可能性の話としてしか語れない。しかし、自動車産業130年の歴史において過去最大の変革期と言われる今、テスラだけがM&Aの対象外とされる理由はどこにもないのである。


森泰一郎(もり・たいいちろう):森経営コンサルティング代表。東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。戦略コンサルティングファームを経て、ITベンチャー企業にて経営企画マネージャーを担当。M&Aや経営企画、事業企画、業務改善に従事。中堅企業にて取締役CSOとして経営企画と戦略人事、新規事業開発を担当。現在は大手上場企業から中堅・中小ベンチャー企業まで、成長戦略の立案、M&Aコンサルティングを行う。

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