武田薬品工業株の下落基調が止まらない。アイルランドの製薬大手で、中枢神経や遺伝子難病の治療薬などに強みを持つシャイアーの買収検討が原因だ。
武田薬品工業が進める5兆円規模のM&A。果たして「小が大を飲む」買収は成功するのか。
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小が大を飲み込む買収
最初に明るみに出たのは3月28日。ブルームバーグは「買収提示額が500億ドル(約5兆3000億円)近くに上る可能性があり、実現すれば日本企業の海外企業買収としては過去最大級になる」などと報じた。ソフトバンクグループが2016年に英半導体設計のアーム・ホールディングスを買った時の買収額は3兆3000億円。武田がシャイアーを買えばこれを軽く上回る。
報道に対して武田は「何らかの提案を行うことを検討していることは事実だが、検討はごく初期かつ調査段階」とコメント。株式市場は武田がシャイアーを買う可能性があることを嫌気し、武田株は急落した。翌29日の終値は前日比7.4%安の5120円だった。
市場の疑念を晴らそうと、武田社長のクリストフ・ウェバーは4月5日、東京本社にアナリストを集めた。声をかけたのは7人。そこで「提案はシャイアーに対してだ」と発言した。
武田の2017年3月期の連結売上高は1兆7300億円。シャイアーは1兆6000億円。時価総額は武田が4兆円弱なのに対し、シャイアーは5兆円。売上高こそ拮抗しているが、企業規模はシャイアーが上。丸ごと買うとなれば小が大を飲み込むことになるため、株式市場には「買収するにしてもシャイアーの一部ではないか」という観測が広がっていた。
ウェバーの「提案はシャイアーに対して」という発言は「買うなら全部」という意味で、その観測を否定するものだった。
資金調達方法に触れず深まる疑念
社長のウェバーの説明に市場は疑念を深めるばかり。
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しかしアナリスト相手の説明は不十分極まりない。資金調達方法には触れず。一方で、「(買収は)格付けや配当水準の維持が前提」と指摘した。結局、市場の疑念はさらに深まる格好となり、4月6日の東京市場で武田株は一時前日比5%安の4997円まで下げた。
武田の市場対応はお粗末としか言いようがない。巨額買収を検討しているとしながらも、先立つものについて言及しないのなら、何のためにアナリストを呼んだのか。そればかりではない。呼びつけて事情を説明したのは限られたアナリストだけで、選に漏れた機関投資家や報道関係者が会合の中身を確認しようと問い合わせをしても「どんな話が出たのか確認できない」と木で鼻を括(くく)ったような対応をしたのでは、いかにもお粗末だろう。
ウェバー体制支えたCFOも去る
シャイアー騒動さなかの3月31日、武田の最高財務責任者(CFO)だったジェームス・キーホーが武田を去った。2016年にウェバーたっての希望でクラフトチーズから招かれた金庫番は、「どこかの米国企業で新たなキャリアを築きたい」と曖昧なことを言い残して日本を後にした。
ウェバーは2014年、次期社長として英製薬大手のグラクソ・スミスクラインから武田に転じた。一方、それまで有力視されていた生え抜きの本田信司は昨年の株主総会で退任した。よっぽどウェバーとそりが合わなかったのだろう。本田は最後の総会に欠席した。さらに会長だった長谷川閑史は相談役に退いた。
社内取締役4人のうち3人が外国人となり、武田は名実ともにウェバーの天下になったわけだが、そのウェバー体制を体現した1人であるキーホーがあっさり辞めたのだ。「武田の財務部門の混乱が、稚拙な市場対応を招いた」と大手製薬会社幹部は言う。
確かにそうみえなくもない。が、ウェバーは2017年1月に営業赤字の米創薬ベンチャー、アリアドを75%ものプレミアムを乗せて買収し、「あまりの高値づかみ」と株式市場の失笑を買った過去がある。
「ウェバーは財布の中身も見ずに、『あれも欲しい、これも欲しい』と子どもじみたことをやっているように見える」という別の製薬大手幹部の指摘が正しいように思える。
創業260年を超える老舗は初の外国人社長の下で乱気流に巻き込まれている。(敬称略)
悠木亮平(ゆうき・りょうへい):ジャーナリスト。新聞社や出版社で政官財の広範囲にまたがって長く経済分野を取材している。