結婚生活には常にお金の問題がつきまとう。夫婦の生活費をどう分担するか、その際の家事負担をどう考慮するか。転職したくても収入が下がることを懸念する“嫁ブロック”で仕事選びすらままならない男性もいれば、家事や子育ての負担が重くキャリアアップ(=収入アップ)を諦める女性も。
一方で、ミレニアル世代には古い価値観に縛られない独自のルールを設けるカップルも出てきた。
冷蔵庫には夫婦で折半する生活費のメモが貼られていた。
撮影:竹下郁子
東京都在住の小林味愛さん(31)、中西信介さん(31)夫婦はこんなルールを作っている。
1、生活費は完全折半
2、収入や資産の情報は開示する
3、転職は相手の意思を尊重する
4、外食は誘った方が支払う
5、家事はできる方がする
2人とも元国家公務員だが、夫の中西さんは4カ月でキャリア官僚を退職。次に選んだ職はリヤカーで豆腐を販売する「豆腐の引き売り」だ。世帯収入が激減したため、売れ残りの豆腐や無料でもらえるパンの耳を食べて空腹をしのいだこともあったという。だが、そこに悲壮感はない。
「家にいるときの彼の表情がすごく良くなったんです。楽しければ何でもいいじゃんって思いましたね」(小林さん)
「妻をレストランに誘ってません(笑)」
中西信介さん(左)と小林味愛さん(右)。マニュアル思考の夫とコミュニケーションが得意な妻。互いの足りないところを補い合う関係だそうだ。
撮影:竹下郁子
まずは、夫婦合わせて7つの職を経験している2人のキャリアから紹介したい。
妻の小林さんは慶應義塾大学法学部政治学科卒業。衆議院調査局に入局し、経済産業省への出向を経験。その後、日本総合研究所で地域活性化などのコンサルティングをし、2017年に福島県国見町で株式会社「陽と人」を立ち上げた。県の農産物の新たな販路開拓や6次化商品の企画・販売などの事業を手がけており、東京との2拠点生活を送っている。
夫の中西さんは早稲田大学政治経済学部・国際政治経済学科を卒業。農林水産省に入省するもわずか4カ月で退職。リヤカーを引きながら豆腐を販売するアルバイトを1年ほど経験した後、再び国家公務員として参議院事務局に入局。約4年前に都内で複数の認可保育所を運営するナチュラルスマイルジャパンに入社。保護者や園と地域をつなぐコミュニティコーディネーターとして働きながら、保育士資格を取得した。
夫婦の大きなルールは、家賃、電気・ガス・水道代などの光熱費、新聞の講読料とNHKの受信料、携帯電話やインターネットの料金、日用品の購入などの生活費は完全に折半すること。月々の支払い金額を毎月1日に小林さんが中西さんに振り込むようにしている。財布は別々で、生活費以外のお金は自由。ただし資産状況はフルオープン。給与や貯金はもちろん、小林さんは資産運用として不動産を持っているが、すべてお互いに把握できるようにしている。
割り勘論争は過去のもの?
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生活費に食費は含まれていない。もともと多忙で一緒に食事をすることが少なかった上、今は小林さんは月の3分の1ほどしか東京に滞在しない。それぞれが自身の懐具合と相談しながら自由に食事をとるが、外食は誘った方が支払うのがルールだ。ほとんどが外食好きな妻の小林さんが誘って支払うパターンだそう。
「彼女の方が収入も貯蓄も多いんです。でも生活費は彼女と同額支払うと決めているので、残った金額で生活することを考えると自然と節約しますね。家で自炊したり職場にもおにぎりや弁当を持って行ったり工夫しています。僕から贅沢なレストランには誘ったりせず、誘ってもらったら『行きましょう!』と食べに行く。それでよいと思ってるんです」(中西さん)
収入に見合った生活をすればいいだけ
付き合い始めたのは、国家公務員として働き始める直前。すぐに都内のマンションで同棲を開始した。食事も割り勘で、生活費を折半するのはそのときからのルールだ。だから、中西さんが農林水産省を退職し世帯収入が減った後は、「その時の収入に見合う家」として家賃の安い埼玉県の郊外に引っ越した。
結婚前だったとはいえ、同棲中の彼女がいたら相談するものだと思うが、小林さんが中西さんの退職を知ったのは、中西さんが上司にその意思を伝えた後だった。
「 ある日突然『辞めてきた』と言われたんです。マジ? 超ウケる!と思いましたね。良い成績で入省して引っ張りダコだったのに、地位とか名誉とか意識してないんだな、すごいなって。彼は新たなステップに行きたいと言ってるんだから、引き止めようなんて全く思いませんでした。夫婦はどちらかの所有物じゃない。それぞれがやりたいことをやって人生を満たしている方が家庭もハッピーになると思います。収入に見合った生活をすればいいだけですしね」(小林さん)
2人とも転職や起業を数回繰り返しているが、事前に相談することはあまりなく、基本的に事後報告だという。
小林さんは「嫁ブロック」という言葉を聞いたことがないと言う。夫婦の友人たちも「変化を悲観的じゃなくポジティブに捉える人が多いんです」(中西さん)
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中西さんが国家公務員を辞めたいと思ったのは、連日、朝まで続く国会対応に疑問を感じたからだ。
「この激務をこなしながら円満な結婚生活ができるんだろうかって。職場全体の雰囲気を見てもそれは無理そうだったし、組織に染まる前に脱出しちゃおうという感じでした。次は人々の生活に直接関わる仕事がしたいと思っていたときにタウンページで見つけたのが『豆腐の引き売り』。まさに地に足がついている、この時代に超貴重なアナログな仕事だと。これだ!と思いましたね」(中西さん)
朝9時から夜9時までリヤカーを押す生活だったが、もともと収入が低い上に、高齢者に誘われて自宅で何時間も世間話をすることもよくあったため当然売り上げ成績は悪い。その後の生活が苦難の連続だったのは前述した通りだ。仕事の充実感はあったがこのままでは結婚できないと思い、中西さんはもう一度国家公務員試験を受け参議院に入る。再び都内に引っ越し、2人が結婚したのは25歳のときだ。
ティファニーは誰でも買えるから……
中西さんがつくった結婚記念日のムービー。「無理しないってことだよね」(中西)「身の丈に合った生活だよね」(小林)と笑い合う。
撮影:竹下郁子
年に1回は2人の両親も一緒に家族旅行に行く、そして結婚記念日にカメラマンに写真を撮ってもらうことも2人のルールだ。結婚記念日に夫から妻に送るプレゼントの内容も収入に合わせて変わってきた。
「ティファニーのネックレスは誰でも買えるんだから、僕にしかできないことをやろうと」(中西さん)
昔はネックレスや宝石だったが、最近は写真やムービーを編集した1年間の夫婦の記録を贈っている。
「お金をかけずに人の心を動かすテクニックがすごいんですよ、彼」(小林さん)
小林さんは中西さんのことを「マメで柔軟な人」だと言う。家事はほぼ夫の中西さんの担当だ。
「僕の方が時間があるし、やった方がいいかなと。家事はやるのもやってもらうのも苦じゃないですね。学生時代にきれい好きな友人と同居していたときは彼に全部任せていたし、関係性に合わせて決めればいいと思います」(中西さん)
車は持たず、必要なときはカーシェアリングを利用している。家も、これまでも生活の変化に合わせて何度も引っ越しているため購入する予定はない。子どもはそろそろと考えているが、出産や教育費など子どもにかかるお金もすべて折半する予定だ。
マイナビウーマンが22歳~34歳の働く女性を対象に調査したところ、共働きの場合の生活費は折半にすべきだと考える女性は38.5%にとどまった(2014年9月)。フルタイムで働く女性の平均賃金は月額24万4600円と男性の賃金の73%しかないため(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」2016年)、こうした賃金格差も背景にあると考えられるが、今後、小林さん中西さんのような夫婦も増えてくるのかもしれない。
(文・竹下郁子)
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