“日本郵政ショック”非正規の待遇改善に正社員の手当削減は「悪い見本」か

日本郵政グループは、今年の春季労使交渉で、日本郵政グループ労働組合(JP労組)の要求に応える形で、正規社員と非正規社員の「同一労働同一賃金」を目指し、待遇格差の是正に乗り出した。ただ、その手法に「正規社員の待遇を下げる」が含まれたことが、論議を巻き起こしている。

日本郵政によると、グループ正社員約22万6500人のうち、引越しを伴う異動のない一般職2万人中5000人を対象に、10月から段階的に住居手当を廃止する。最大で月2万7000円の住居手当てを、10年かけて毎年10%ずつ減らす。また、正社員のみ対象の寒冷地手当、遠隔地手当も削減する。

一方で、正社員のみに限られていた年始手当1日当たり4000円を、約20万3000人の非正規社員にも支給。非正規社員に病気休暇を新設するほか、ボーナスを上積みする。

非正規の待遇改善の一方で、正社員の待遇が下げられるのも事実。多い人で年間30万円程度の住居手当ての将来的な廃止は、生活への影響も深刻だ。これについては、正社員の初任給を一般職6300 円、地域基幹職4700円引き上げることなどで対応するという。

Busiess Insider Japanの取材に対し、同社の広報担当者は「会社の原資が限られる中で、どう配分するかを考えた結果」と説明。

日本郵政に20年間勤める正社員の女性は「影響は限定的。でも、本来なら非正規の待遇を上げるべきなのに、正社員の中でも弱い立場の一般職にしわ寄せがいくのは納得できません。買収に失敗して何千億円も損失を出しても経営陣は責任を取らなかったのに」と不満を持つ。

通行人

非正規の待遇が改善されると思っていたのに……。

撮影:今村拓馬

「悪い見本」「労働者同士の分断」を懸念する声

朝日新聞が4月13日朝刊でこの件を報じると、ツイッター上には賛否両論が巻き起こった。朝の通勤時間帯にはツイッタートレンド1位になったことからも、関心の高さがうかがえる。ビッグデータ解析サービスを提供するユーザーローカル(東京)のソーシャルメディア解析ツールを利用し、「日本郵政」「正社員」を含むツイート を分析したところ、「中立」が最も多かった。この件を報じた記事のリツイートやシェアが多かったからだと考えられる。一方で、コメントの書き込みはネガティブ6.91%に対し、ポジティブは1.8%にとどまった。

ツイート分析

「日本郵政」「正社員」を含むツイートのポジティブ・ネガティブ分析

ユーザーローカルのデータを基に作成

以下は、ツイッターの投稿だ。

「「働き方改革」=残業代カット 、「同一労働同一賃金」=下に合わせる 、どうしようもない奴隷の国ジャパン」

「最低賃金1500円」の実現を目指すAEQUITAS (エキタス)は、「おい」と一言。怒りが伝わってくる。

ブラック企業問題に詳しい日本労働弁護団常任幹事の嶋﨑量弁護士は、「非正規の待遇が低いのが問題なのであって、正社員の待遇が高すぎるわけではない」とし、今回の日本郵政の決定が同一労働同一賃金に向けた企業側の取り組みの「悪い見本」になることを懸念している。

実際、「これウチの会社の組合もこういう可能性があるから嘱託職員の手当てを求めるかどうか迷ってたんだけど 本当にやる(正社員の待遇をさげて)会社が出てくるとはな」と、自分の会社に同じことが起きることを心配する人もいた。

目的は「労働者同士を分断」することではないかと疑う意見も。確かに、今回の決定を不満に思う正社員は多いだろう。

日本の労働生産性の低さや、郵便局員が郵便物を隠していた過去の事件を思い出した人もいたようだ。

「人手不足で社員一人あたりの仕事量が増えて、また社員のモチベーションも一気に下がるのは目に見えているよね。これから誤配や、郵便物廃棄等の不祥事は確実に増えまっせ」というツッコミが。

「社会保障制度とセットで議論すべきもの。住居手当とか扶養手当とか、社会保障と合わせて考えないと」という声も。

「な? 正規を非正規と同じにする、という話だったんだよ」と、政府にいら立つ人も多い。

そもそも同一労働同一賃金は、安倍政権が今国会に提出した働き方改革関連法案の柱の一つだ。2018年1月の施政方針演説で安倍首相は「雇用形態による不合理な待遇差を禁止し、『非正規』という言葉を、この国から一掃してまいります」と述べており、厚生労働省のガイドラインでも正社員と非正社員で通勤手当てなど各種手当に差をつけないよう求めている。今後の政府の対応にも注目が集まるだろう。

正社員のメリットは「無期雇用」だけ?

一方で、「現実的にはこの方向じゃないか」という意見も。

ブラック企業アナリストの新田龍さんは、「人件費もロクに払えない会社なら、正社員が不利益変更を迫られるケースは今後どんどん出てくるはず。もう正社員のメリットって『「無期雇用』くらい…?」と言い、それでも日本郵政が「就職人気ランキング堂々12位!」(マイナビ2017就職企業ラニング)だと紹介している。

日本郵政とトヨタ、どちらがロールモデルになるか

『同一労働同一賃金で、給料の上がる人・下がる人』の著者である人事コンサルタントの山口俊一さんは、今回の報道を驚きを持って受け止めたという。

日本郵政の子会社である日本郵便は、正社員と同じ仕事をしているのに手当などに格差があるのは違法だとして、契約社員ら8人(うち1人は退職)から計約3100万円の支払いを求める裁判を起こされていた。2018年2月の大阪地裁の判決では、今回の報道で話題になった住居手当をはじめ、扶養手当や年末年始の勤務手当の支払いがないのは不当だとし、計約300万円の賠償を命じる判決が出ていたからだ。

「判決からわずか数カ月でこのような決定に至ったのは驚きです。人件費などを試算して、非正規にまでこのような手当を支払うのは難しいという結論が出たのでしょう。働き方改革関連法案が成立しないうちに企業対応が先行している印象です」(山口さん)

同一労働同一賃金の法案が通過した場合、企業の対応は大きく分けると以下の4パターンになると考えている。

  1. 非正規の待遇を正社員の水準まで引き上げる
  2. 日本郵政のように、正社員の賃金水準(賞与や手当など含む)を引き下げる
  3. 同一賃金を前提に、正社員・非正規社員も合わせた賃金制度の見直しを実施する
  4. 先行企業の様子を見ながら、何も対応しない

1が政府の方針だ。例としては、期間従業員にも家族手当を支給するようにしたトヨタなどがあたる。経営状態に余裕のある企業はこうした対応ができるだろう。2が今回の日本郵政のパターン。ただ、正社員から「不利益変更」として訴訟を起こされるリスクも大きい。3は、年功賃金や家族手当など、正社員内でも世代間や既婚・未婚間の不公平感が発生していたり、時代にそぐわないものはないか見直すことになる。

だが山口さんは、最も多いのは4で各企業の訴訟の状況などを“様子見”する期間が続くのではないかと見ている。

「働き方改革関連法案では裁量労働性や高度プロフェッショナル制度にばかり注目や批判が集まっていますが、対象者が最も多いのはこの『同一労働同一賃金』です。非正規社員にとって良い影響しかないと考えている人も多かったかもしれませんが、今回の日本郵政の決断が話題になったことで、国会でも社会でも、より現実的な議論がなされるようになることを期待しています」(山口さん)

(文・竹下郁子、滝川麻衣子、浦上早苗)

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