インターネット、あるいはテクノロジーというおとぎ話

コーディングをしている様子

REUTERS/Kacper Pempel

監視社会、個人情報の流出、フェイクニュース。日夜、ニュースを見ていると勃興するテクノロジーは少し前までの想像を容易に越えていくように感じる。そんな現実はむしろおとぎ話として語るべきではないかと考え、より良い未来をつくるためにおとぎ話を記述してみようかと思う。


昔々、あるところに大きな国がありました。大きな国はもう一つの大きな国と戦争になるかも知れないと考えて、陸でも海でも、星々が浮かぶ雲の上でも未来の戦争に備えて準備をしていました。

ある時、もう一つの大きな国が雲の上の世界に人間がつくった星を打ち上げました。大きな国の王様は驚きました。戦争を始めるかもしれない国が人間のつくった星から自分たちをじっと眺めたり、とがった矢を降らせるかも知れないからです。 大きな国の王様は、頭の良い学者達を集めて、「こんな風に驚かされるのはもうたくさんだ」と言って、「戦争に備えて新しい道具を考えてくれ、必要なお金は与えよう」と言いました。集まった学者達は戦争になったら大変と、いろいろな道具を考えました。道具の中には、暗闇でも人が見える道具や必ず相手に当たる矢などがありました。

たくさんの道具が考えられました。その中に遠く離れた人々に、言葉や絵を目に見えないほど小さな小さな小包に入れて伝える道具が発明されました。インターネッツという道具です。その道具はとっても便利なものだったので、最初は学者達が使い、そのうち周りの人々も使うようになり、小包も運びやすいように形がそろえられて、みんなが使うようになりました。

やがて人々は本をやめて検索窓にどんどん言葉を入れるようになり……

インターネットで世界がつながる様子

Shutterstock

みんながインターネッツを使い始めた頃は、遠く離れた人に言葉を伝えるメイルと呼ばれる使い方がされました。それは紙の手紙の代わりになりました。

そのうちに人々はメイルだけでなくブラウザという道具を発明し、いつでもそれを使って誰かの書いたお話を読んだり、誰かの描いた絵を見るようになりました。インターネッツは人と話すのが苦手な人や人里離れたところに住む人がたくさんの人とつながる素敵な力になりました。街や村に暮らす人々が素敵な力を手に入れたことにみんな喜びました。人々はインターネッツの世界が好きでたまらなくなりました。

インターネッツの世界に楽しいものが溢れてきたので、人々は言いました。「こんなにたくさん見るものがあったらどこから見ていいかわからないよ、楽しいものから先に見たいのに」と言いました。

頭の良い学者が検索窓というものを考えました。検索窓に見たいものを書き込むと、検索窓が教えてくれるのです。インターネッツから見えるもう一つの世界では誰かが動く絵を見せたり、音が出るようにしたりと、どんどん楽しいものになりました。人々は本を読むのをやめて検索窓にどんどん言葉を入れるようになりました。

そのうちに人々は誰でもインターネッツでモノを売ったりするようになりました。商売上手な人はたくさんお金を稼ぐようになり、商人達は自分の売り物をみんなに知ってもらうために検索窓が伝える言葉をお金で買うようになりました。検索窓をつくった人たちやつくるためにお金を出した人たちは国一番のお金持ちになりました。

お金と交換に自分の秘密を教えてもいい人も現れ……

携帯のイメージ

shutterstock

人々がインターネッツが好きでたまらなくなる一方で、インターネッツの世界で悪口を言ったり言われたり、ケンカをする人たちも現れました。会ったこともない人とケンカをするのです。それでも人々はインターネッツが楽しくてしょうがなかったので、いつでも持ち運べるように小さな箱にしまって持つことにしました。これで朝が来ても夜が来てもどこにいてもインターネッツを見ることができます。

人々はインターネッツの世界の中に本当の名前で自分のことについて書くようになりました。最初はそんなことをするのはちょっと恥ずかしかったのですがすぐに慣れました。そのおかげで遠く離れたところの人から伝言がきたり、友達ができるようになりました。

人々は自分の素敵な顔や洋服や、食べているお料理までインターネッツで国中に、いや世界中に伝えるようになりました。なぜって、もしかしたら世界中の人が素敵な顔やお料理を褒めてくれるかも知れないからです。人々は歩いているおきでも小さな箱の中の自分に夢中になってしまい、よそ見をして転ぶこともありました。

人々は自分がいつ生まれてどんなところに住んでいるのか、そんなことまでインターネッツに書くようになりました。お金と交換に自分の秘密を教えてもいいと思う人も増えました。勝手に人々がどんな人でどんなことが好きなのかを秘密を調べる人も現れました。でも人々はそんなことにも慣れていきました。なかにはお金を払って自分の顔や洋服を褒めてもらう人まで現れました。

インターネッツのお話は何が本当かわからなくなり

人々が小さな箱に夢中になっているのを見て、なにやら考えている人がいました。王様です。王様は自分が人々にどう思われているか、毎日、毎日、気が気でありませんでした。

食べ物をSNSでシェアしている様子

REUTERS/Toru Hanai

王様は家来に言いました。「どれ、人々がわしをどう思っているか、インターネッツを覗いて教えてくれ」

家来たちはたくさんの人とたくさんの道具を使ってインターネッツを覗き見しました。すると王様に隠れて、友達と王様の悪口を言っている人がいました。それを知った王様は怒ってその人を牢屋に入れてしまいました。

王様は他にも悪口を言っている人がいないか心配になって、インターネッツを見張らせるようになりました。ますます心配になった王様は、インターネッツにある自分のことを悪く言うお話には「あの話は嘘だ、あいつを捕まえろ」と言い、家来たちには自分が素晴らしい王様だという話をふれ回るように命令しました。あんなに楽しかったインターネッツも見張られて、告げ口をする場所になってしまいました。

それに、インターネッツにあるお話も何が本当か嘘かもわからなくなりました。どんなに偉い人が話していても嘘だったりするのです。

「こっちが本当の世界。もう昔には戻れない」

でもだいぶ前から人々は、インターネッツの中のお話が本当か嘘かはどちらでも良くなっていたのでした。

本当か嘘かよりも楽しく珍しいお話だったら、人々はよかったのです。

人々はインターネッツでお金を送るようになっていましたが、昔、お金が紙だったことなどすっかり忘れてしまいました。人々は王様が自分たちの家の中のおしゃべりからお財布の中まで見張っていることや、インターネッツには王様を褒めたたえるお話ばかりだと知っていましたが、もうインターネッツのなかった頃には戻れません。

それどころかそんな昔のことは思い出すこともできなくなっていました。それにだんだん王様も良い王様かも知れないと考えるようなってきました。インターネッツの見える小さな箱を顔にくくりつけた人々は、まるで目隠しされているようでした。でも人々は言いました。

「私たちにとってはこっちが本当の世界なんだ、もう昔の世界には戻れない」

おしまい。

※本稿はあくまでおとぎ話というフィクションであり、特定の団体・組織・個人とは一切の関係の無いことを予めご了承ください。


塩野誠(しおの・まこと):経営共創基盤(IGPI)取締役マネージングディレクター。国内外の企業や政府機関に対し戦略立案・実行やM&Aの助言を行う。10年以上の企業投資の経験を有する。主な著書に『世界で活躍する人は、どんな戦略思考をしているのか?』、小説『東京ディール協奏曲』等。人工知能学会倫理委員会委員。

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