大学3年生の途中から、学生たちは突然、表情が暗くなる。就活の話はタブーになる。
100社受けても、内定は2社。30社エントリーしても全滅。就職氷河期の話ではない。空前の売り手市場と言われるこの1、2年の話だ。
一方、会社のことを「よく知らなまま、内定をもらった」という学生や、「入社前にこれでいいのか」と悩む学生もいる。
売り手市場なのに、なぜ学生たちの表情は堅苦しく、疲弊しているのか。
売り手市場なのに、就活生は全然楽しそうじゃない。
REUTERS/Yuya Shino
売り手市場でも100社エントリー
PR会社に勤務する慶應大学経済学部出身の男性は、すでに売り手市場と言われていた2年前の就活で、100社近くエントリーした。
同級生たちは、銀行などの金融に内定していたが、自分の志望業界は倍率の高いメーカーや広告、マスコミに絞っていた。2017年3月のエントリー開始前は、前年2016年12月にアナウンサーの選考を受け、1、2月は就活の勉強会、広告業界向けの集団OB訪問などをし、3月にエントリーを始めた。
選考が進む中、同級生たちは6月に決まっていった。「そこからが一番きつかった」。メーカーの2、3次面接後、「お祈りメール」(選考不通過を知らせるメールで「今後のご活躍をお祈り申し上げます」などと締めくくられる)が増えて、「気がついたら選考中が10社ほどになってしまっていた」。
結局、就活は7月末まで続いた。
個人面接で30社全滅
2018年3月に学習院大学を卒業した篠田晴香さんは、2017年3月の解禁後に広告業界に絞って、コピーライターや制作職など、約30社にエントリー。どこも1次面接は通過して、2次の個人面接で落ちた。
「面接対策のようなことをしていなくて、感じたことを素直に話し、自分を出した」
就活を続けても、本気で行きたいと思える会社が見つからなかった。
「就活で疲弊していき、落ちていった」
周りは銀行志望が多かったので、就活も孤独。そんな中「30社弱に『お祈り』されると結構つらかった。こんなにがんばってアピールしたのにって」。
「就活は素でやりとりしてもダメで、関係が歪んでいるみたい。厚化粧している感じ」
その後、学習院大学で教える斉藤徹教授に誘われ、斉藤氏の会社「Looops」に就職し、SNSの関連仕事をしている。
ロボットがたくさんいて選ばれている
学生たちは“リクス”(リクルートスーツ)を来て、数十社とエントリーをしている。社数は変われど、買い手市場と同じシステムのまま。
撮影:今村拓馬
今就活中の学習院大学4年の前田真由美さん(23)は、2年生の時にアメリカに留学した。毎日夜遅くまで働く家族や兄の就活をしている姿を見て、就活や社会に出ることが怖くなり、3年生に進級する前に留学に出た。
留学中に、絵画に出合ったことで、「アートで社会を豊かにしたい」と業界、業種を絞って就活を始めた。
だが帰国後に参加したマイナビやリクナビの合同企業説明会は、「ひとりの人として」というより、「ロボットがたくさんいて、選ばれているみたい」と感じた。WEBテストや面接のたびに、ふるい落とされ、「売り手市場でも、どこでも(すぐに)採ってもらえない印象」だった。
「就活生たちは人と話をしたくなくなるみたいで、友人も『自分がどのステージにいるか、話したくない』と。内定先が有名企業じゃないと会話を濁したり」
就活の話題は仲間内でもタブーなのだ。
就活サービスは買い手市場のまま
そんな中、「学生視点の就活のサービスがほしい」と立ち上がった学生がいる。
学習院大学をこの春卒業した冨田侑希さん(22)。
自身は就活までに「やりたいことが見つからず」、数十社のインターンに参加した。
「テーブルゲームみたいなワークショップ、一方的な会社の説明で、どの会社を見ても働くイメージが持てなかった。動けば動くほど、不安が募った」という。ベンチャーのコンサルティング会社から内定をもらったが、会社も自分も「深く知らないまま」決まっていった。
学生たちが企業を知るのは、大手就活サイトやインスタグラムの広告からだ。だが、「本当にそれでいいのかな」という疑問が残った。
「(人手不足による)売り手市場で本来、学生は行きたいところに行けるはずなのに、買い手市場だった頃のサービスが残っている」
冨田さんは就活のあり方そのものを変えようと、知人ら学生100人に、就活の困りごとをアンケートした。「インターンに行ってもネットで聞ける情報しか知れない」「会社の雰囲気がわからない」という声が集まった。
就活に直結しない企業との接点
学年、時期不問の「Z-1チャレンジ」。
出典:dot
冨田さんが立ち上げたのは、学年・時期不問の企業と学生の交流・発表会「Z-1チャレンジ」(Z-1)。一緒に立ち上げた井手崇偉さん(24)は1年生のときに、外資系金融、メガバンクの企業訪問をしたが、その後、新興国やアメリカでのインターンや留学を経験、「自分の手で仕事をしたい」と就活はせずに、学習院大で学内ベンチャー「dot」を設立した。z-1はdotの事業だ。
Z-1では学生十数人が企業に集まり、テーマに沿ってワークショップする。インターンと似ているようだが、学年や時期は不問。3日間かけてビジネスモデルを仕上げ、プレゼンする。その後は、企業と学生が混ざっての懇談会だ。
狙いは就活ではなく、まずはイノベーション教育を広げること。参加者はLINEグループでつながり、学生・企業ともインターンや選考に関すること、日頃の会話もできる。
第1弾は動画マーケティング「Viibar」とアパレルレンタル「airCloset」の2社で3日間、合計20人の学生が参加した。リクルートスーツはなし。4チームに分かれた参加者がLINEグループをつくり、LINE上の個々のノートに、自分の意見を書いていく。ここでインターンが決まった学生もいる。
冨田さんは「Z-1は失敗しても評価が下がらなくて、チャレンジする学びの多いもの。企業側も褒めてくれる、いい環境づくりをする。通常の就活の座談会は、採用に直結しているので、お互いに知りたいことを知ることができない」。
大手の倍率増、学生・企業の情報処理が追いつかない
ディスコのキャリタスリサーチの武井房子上席研究員は、「売り手というと、どんな学生も希望のところに内定が決まりそうですが、むしろ安心して活動が遅れたり、何とかなるだろうという学生がいるのも事実」と話す。
「3年の秋から冬に1dayインターンシップに行き、そこから正規の選考に進む。2月中に企業研究し、エントリーは本命企業数社、という学生もいますが、平均のエントリー数は20〜30社台」
一方で、「目標、志望が定まらないと、就活は長引く。通年選考の企業も就活の2クール目は、「ストライクゾーンに合致する学生の幅が狭くなる」(武井さん)と早く決まる学生と長期化する学生の2極化を指摘する。
2018、2019年のどちらの就活生も、半数近くの学生が苦戦している。
出典:ディスコ、キャリタスリサーチの4月1日時点の就職活動調査
売り手市場にも関わらず、企業と学生のマッチングが進まない背景に、就活時期の短期化も影響していると指摘する。武井さんは、今は3月に説明会、6月に選考解禁と短期化し、「学生も企業も3カ月で、学生じっくりと企業を見るのが難しいのかも知れない。売り手市場で、企業からのアプローチも多いので、あまり考えずに行ってみるという学生もいる。学生は、情報が多すぎて処理ができない」と話す。
企業も売り手市場で採用確保が難しくなっているため、「あまり学生のことを知らなくても内定を出てしまうこともある」という。
また近年、大手の倍率は氷河期時代よりも上がっているという。
「氷河期は、あんな大手は無理だろうと思って、エントリーしなかった学生がするようになって、分母が大きくなっている」(武井さん)
学生にも企業にも幸せな形になっているとはいいにくい今の就活システム。買い手市場時代のままでは、限界も見えてきている。
(文、撮影・木許はるみ)