音楽業界はポスト・デジタルの時代 —— アーティストのブランド化支援する日本の動画メディアluteって?

Dr. Dreが手がけたBeatsのヘッドホン

ドクター・ドレーが立ち上げたヘッドホンブランド「ビーツ・エレクトロ二クス」。アーティストによるブランド事業の成功例の一つと言われる。

REUTERS/Eduardo Munoz

アメリカの経済誌『フォーブス』は毎年、収入が多かったミュージシャンのランキングを発表している。

ビヨンセ、ドレイク、ジャスティン・ビーバーなど世界を代表するトップスター達が並ぶこのランキング。そうそうたる面々を抑えて2017年の1位になったのは、1年間で1億3000万ドル(約146億円)を稼いだ「パフ・ダディ」ことショーン・コムズだった。ちなみに、1位から10位までは以下の通り。

ranking

このランキングからは、現状のアメリカの音楽ビジネスの二つの趨勢が見て取れる。

一つ目は、いまや大物ミュージシャンにとっての最大の収入源はツアーの興行収益だいうこと。2位と3位のビヨンセとドレイクも、この期間にそれぞれ行った大規模なワールドツアーの収益が収入の大部分を占めている。前年の2016年に1億7000万ドルを稼ぎ、1位となったテイラー・スウィフトも、収入の多くは「1989」ツアーの興行収益だった(ツアーがなかった2017年は年収4400万ドルで17位)。

そしてもう一つの大きな収入源となっているのがブランド事業だ。その象徴がショーン・コムズの成功である。

1990年代から活躍するヒップホップ界の大御所プロデューサーであり、「ディディ」「P・ディディ」など頻繁にMCネームを変え続けるラッパーでもあるショーン・コムズは、ここ数年、毎年6000万ドル以上をコンスタントに稼ぎ、同ランキング上位の常連となっている。

ショーンコムズ

「パフ・ダディ」の名前で知られるショーン・コムズ。手広く事業を展開し、アルバムのリリースなどがなくても高い収益をあげている。

REUTERS/Steve Marcus

主宰するレーベル「バッド・ボーイ・エンターテインメント」の運営に加え、ファッションブランド「ショーン・ジョン」、英ディアジオ社とブランドパートナーシップ契約を結んだウォッカブランド「シロック」など手広く事業を展開。アルバム作品のリリースや大規模なワールドツアーがなくても安定して多額の収入を得ている。

2017年にはレーベルの仲間が集った「バッド・ボーイ・ファミリー・リユニオン・ツアー」の興行収入、「ショーン・ジョン」の株を3分の1売却したことなどが重なり、1億3000万ドルもの収入に結びついた。

音楽ビジネスは「興行」と「ブランド」に

こうしたブランド事業を展開する大物ミュージシャンは他にもいる。

自ら立ち上げたヘッドホンブランド「ビーツ・エレクトロニクス」をアップルに約30億ドルで売却したドクター・ドレー。レーベル「ロック・ネイション」やファッションブランド「ロッカウェア」など数々の事業を手掛けるジェイ・Z。トップショップと手を組み自らのブランド「アイヴィー・パーク」を立ち上げたビヨンセ。アディダスとパートナーシップ契約を結び「YEEZY(イージー)」を展開するカニエ・ウェスト。

2000年代中盤からの10数年で、これらヒップホップ・R&B界の大物たちによる大型ブランド契約が次々と進んできた。いまやトップレベルの収入を上げるアーティストにとって、音楽ビジネスの軸は「興行」と「ブランド」の2つになっている

アメリカの音楽市場はV字回復の最中にある。全米レコード協会(RIAA)の最新の統計によると、2017年のアメリカ音楽業界の売り上げは87億ドルで、前年に比べて16.5%増。落ち込みを続けるCDとダウンロードの売り上げをストリーミング配信の拡大が上回り、2年連続の二桁成長を果たしている。それでもレコード会社が取り扱う録音物の上げる収益は、もはや大物ミュージシャンにとって収入の主軸ではなくなっているのだ。

ポスト・デジタル時代の音楽ビジネス

ビヨンセ

ビヨンセもブランドビジネスで成功した一人だ。

REUTERS/Eduardo Munoz

こうした動きに対して、日本でも音楽のビジネスモデルを再構築しようとする動きが出てきている。

ウェブサイトを持たない「カルチャー系分散型動画メディア」として、次世代を担うアーティストのミュージックビデオやライブ映像やドキュメンタリーなどの映像作品をYouTubeを中心に発表してきたlute。2017年7月には日本初のインスタグラムストーリーメディアをローンチした。

lute社長の五十嵐弘彦氏はこう語る。

「僕がやりたかったことは、こうしたフォーブスのランキングにも明らかな、目指すべきゴールにプライベートブランドやブランドパートナーシップも含まれる“ポスト・デジタル時代”の音楽ビジネスの世界を日本にも作ることなんです」

音楽の聞き方が、CDやダウンロードからストリーミング配信へと移行しているだけではなく、そもそも「音源を売る」ことを前提にした従来のビジネスモデル自体が変わろうとしている。そうした“ポスト・デジタル時代”の音楽ビジネスの世界で、ミュージシャンの収入は「ストリーミング、興行、マーチャンダイズ(プライベートブランド)、ブランドパートナーシップ」という4分野から得られるものになるだろうと彼は予測する。

祖父も父親もレコード会社で働いていたという五十嵐氏は、ベンチャー企業やウェブメディアの編集部を経て、エイベックス・デジタルに入社。AWAやLINE MUSICといったサブスクリプション型ストリーミング配信の立ち上げに携わったのち、2016年に社内ベンチャーとしてluteをスタート。2017年8月には法人化する形で独立した。

映像部分でのパートナーになりたい

同社の狙いはどこにあるのか。どんなビジネスモデルを画策しているのか。五十嵐氏は「大きくわけて事業は3つある」と説明する。

1つ目の事業はメディアです。そこにYouTubeもインスタグラムストーリーメディアも含まれる。ただ、ここで短期的に収益を上げようとは思っていません。

2つ目の事業がアーティスト・ビジネスディベロップメントです。ブランドとのやり取りを見据えた戦略をもとに、アーティストが映像部分でのパートナーとしてうちを使ってもらうような組織を考えています。アーティストも映像はlute、他は別会社というように、ゆるく所属していい。企画やプロジェクトごとにパートナーシップを結ぶイメージです。

3つ目は、自分たちの中にアドエージェンシーとしての機能を持っています。クライアントから仕事を受託している。ただ、映像制作の受託だけでなく、キャスティングやデジタルマーケティング、メディア展開も含めて、若者に向けた音楽系のコンテンツ制作にまつわる全てのクリエイティブができる。

現状では、luteのロゴの認知が徐々に広がっているレベルだと思います。そして、そうしたメディアに対する愛を持ったクライアントも増えてきています」

luteのインスタストーリー

luteはインスタグラムのストーリー機能(投稿が24時間で消える機能)も積極的に活用している。

写真:西山里緒

五十嵐氏によれば、特に多いのはファッションブランドからの引き合いだという。従来のレコード会社を主体とした音楽業界の体制では、曲ごとのタイアップの企画はあれど、ミュージシャンとブランドのパートナーシップを構築するという発想は根付いてはいない。

しかし、その一方で若い世代のミュージシャンの意識は徐々に変わり始めている。

「若い子たちは気づき始めています。10代や20代の、DJをやってる子は特にそうですね。東京に出てこなかったり、あるいは組織に属する意味がないと思っていたりする人もいる。

メーカー、例えば自動車ブランドなどのパーティーを企画している代理店の担当者から彼らのインスタグラムのアカウントに直接連絡が来て、パーティーに呼ばれてちゃんとギャラをもらえる世界があったりする。

決して音楽を軽んじているわけではなく、そっちの方が合理的だし、自分の好きな音楽を作れますからね。僕らはそういったミュージシャンの力になることができるし、そういう新しい流れをもっと多くの人に提示できるようになっていきたいと思います」

アーティストとブランドによる大きな契約目指す

2000年代中盤からの10数年で大きく構造が代わったアメリカに対し、いまだ「CDを売る」ことをベースに発想することの多い日本の音楽業界。そんな中、五十嵐氏は次の時代の音楽ビジネスのあり方を模索している。

「もちろん、パッケージのビジネスも残っていくと思います。でも、アーティストによって収入のバランスが違うし、それに合った組織と、それに合った付き合い方でやっていくことがハッピーだと思うんです。luteと相性がいいアーティストは、ブランドパートナーシップの割合が大きい人なんじゃないかと思います。

luteがやりたいことは、そういうタイプのアーティストとブランドによる大きなディールを結ぶこと。例えばアップルが先日公開したHomePodのCMは、スパイク・ジョーンズ監督が手掛けて、FKAツイッグスやアンダーソン・パークが起用されていますよね。ああいう形でアーティストが世に広まっていくような世界を作りたいと思っています」


柴那典(しば・とものり):音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌やウエブなどを中心に音楽やサブカルチャー分野を中心にインタビューや執筆を行う。著書に『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』『ヒットの崩壊』など。

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