財務省の福田淳一事務次官による女性記者へのセクハラ報道を受け、4月16日、財務省は事実関係を全面的に否定する福田氏のコメントとセクハラ被害を受けた女性記者に名乗り出て調査に協力するよう呼びかける文書をホームページに公開した。
福田氏の言い分を代弁するかのような報告書を作る財務省が、被害女性に名乗り出るように呼びかける調査手法の歪(いびつ)さを指摘する声が、政府内や識者からも続出している。一方で、官僚や政治家、経営者たちを取材する女性記者が、同様のセクハラに遭う事態は「珍しくない」という声が女性記者の間で起こっている。
匿名のセクハラ告発者に名乗り出るよう呼びかけた財務省。疑問と憤りの声が上がっている。
REUTERS/Toru Hanai
調査は財務省顧問弁護士が担当、閣僚からも「違和感」
発端は4月12日発売の週刊新潮が、福田氏が女性記者に飲食店で「おっぱい触っていい?」などセクハラ発言を繰り返したと報じ、翌13日には福田氏とされる音声データをネット上に公開したことだ。
今回発表された財務省の調査結果によると、福田氏は「女性記者との間でこのようなやりとりをしたことはない」「会食をした覚えもない」「セクシャル・ハラスメントに該当する発言をしたという認識はない」と強い言葉で報道内容を否定した上で、辞任する考えがないことも明らかにした。
さらに「福田事務次官からの聴取だけでは、事実関係の解明は困難」とし、記者クラブ加盟社には、「各社内の女性記者の方々に以下を周知いただくよう、お願いいたします」と以下3項目を呼びかけた。
・福田事務次官との間で週刊誌報道に示されたようなやりとりをした 女性記者の方がいらっしゃれば、調査への協力をお願いしたいこと。
・協力いただける方に不利益が生じないよう、責任を持って対応させていただくこと。
・対応は下記弁護士事務所に委託しており、調査に協力いただける場合は、下記事務所に直接連絡いただきたいこと。
調査の委託先は財務省の顧問弁護士の事務所だ。匿名でセクハラ被害を告発した女性に、財務省と関係のある弁護士事務所に「名乗り出よ」と言わんばかり対応には、多くの疑問の声が上がっている。
「相当やり方に違和感がある。女性のセクシュアルハラスメントの被害は、それをなかなか訴えられないということもセクシュアルハラスメントの問題の一つ。「自分だったら(被害者だと名乗りでることが)できる?」という話ですよね。私も何か考えていかないといけないと思っている」(野田聖子総務相/朝日新聞4月16日)
「(女性記者が)出て来られないだろうと思ってやっているとしか思えない。セクハラ対応の大原則は被害者保護だ。政府がやったこと自体がセカンドレイプになると思うし、はっきり言って恫喝(どうかつ)だ」(小池晃共産党書記局長/朝日新聞4月16日)
今回の財務省の決定は、今後の#MeTooにどう影響するだろう。
撮影:今村拓馬
被害者に脅し懐柔してダメージを最小化
セクハラ問題に詳しい横山幸子弁護士も、今回の財務省の対応は一方的すぎるという。
「今回のケースで女性記者が福田さんに処罰を与えたければ、裁判を起こし音声データを全て公開するなどの必要が出てくるでしょう。セクハラの裁判は被害者が大きな誹謗中傷を受けますし、本当に負担が大きい。そうはしたくないからこのような方法を取ったんでしょうが、それを逆手に取ったかのように財務省という国の組織が、匿名で告発した女性に『名乗り出よ』と呼びかけるなんてあまりにもひどい。セクハラは対等な関係ではなく圧倒的な力関係のもとに起きますが、財務省の対応はそれを象徴しています。自分たちの権力に無自覚すぎる。女性記者の調査はすべて弁護士に委託するそうですが、客観性が担保されるのか、本当に女性に不利益がないのかも疑問です」
女性記者への調査協力依頼は記者クラブの加盟社に宛てたもので、財務省のホームページに掲載しなくとも配布ルートはある。事務次官の聴取結果と合わせて省庁のホームページに公開した意図は何なのか。Business Inside Japanでは、その背景を財務省に聞いているが、まだ返答はない。
そもそもセクハラの認識について、福田氏や財務省の認識に不安もある。福田氏は「女性が接客をしているお店に行き、お店の女性と言葉遊びを楽しむようなことはある」としている。
「音声データを聞く限り、明らかなセクハラ発言です。しかも女性が『だめです』『やめてください』と拒絶しているのに言葉を重ねている。セクハラを『言葉遊び』というのは問題の矮小化ですし、ある種の接客業の女性に対してはそのような発言も許されると取られかねない発言で、大きな問題だと思います」(横山さん)
セクハラが被害者の告発によって可視化されたとき、今回のように告発された側が「名誉毀損」を理由に訴訟を起こすと言ったり、被害者(告発者)探しを始めるのは一般企業でも行政組織でもよくあるという。告発された側は自身のダメージを最小限に抑えるために被害者を脅したり懐柔したりさまざまな方法をとるが、最も多いのは加害者サイドやその周辺人物からの人格攻撃だ。
横山さんが過去に担当した地方自治体職員のセクハラ裁判でも、「普段から仕事をサボっていた」「エッチな漫画を読んでいた」など被害者女性が不利になるような証言をした人が多かったという。
幹部が女性記者だけを呼ぶ飲み会
「報道機関に対する圧力だと思っていますよ」
財務省担当の報道機関の記者は、セクハラ疑惑の張本人である福田氏が組織のトップを務める財務省が、(報道関係者であるとされる)被害者への協力を呼びかける構図に付いて、そう話す。
現在、福田氏のセクハラ疑惑について、財務省幹部は一様に口を閉ざしているという。「はめられたのではないか」(財務省幹部)と口にする幹部も出るなど、省内がピリピリする中で、告発した女性を追及するかのような財務省の出方は、異様でもある。
財務省担当経験のある別の記者は「今回の報道は、誰も驚かない」と、福田事務次官周辺では普段から、セクハラがらみで“グレーゾーン”の言動が見られたことをほのめかす。
「財務省に限らず、霞が関の省庁幹部が女性記者だけを飲み会に呼ぶなど、セクハラまがいのことは取材現場で珍しくもない。かえって男性差別ではという話も出ます」
今回のセクハラ疑惑の告発者が、大手報道機関に所属する女性記者だったとしたら、なぜ自社で報道しなかったのか。また、なぜ週刊誌に告発するのでなく、会社として抗議しなかったのか、という疑問を持つ人も多いだろう。
「新聞社やテレビ局は完全な男性組織。セクハラや性被害の問題について、そもそも上司の関心が薄いというのもありますし、女性記者自身も、自分が告発したことが明るみに出ると、今後取材できなくなるのではという恐怖心もあると思います」
全国紙の30代女性記者はそう話す。
そもそも記者会見など“公式”の取材ルートでは聞けない話にこそ、官僚の本音やニュースの本質が潜んでいることが多い。記者たちはできるだけ“真実”に迫ろうと、1対1で話を聞く機会を狙う。夜討ち朝駆けのような取材手法もその中で生まれたものだ。
だが、そうした取材はどうしても「2人きり」の状態を生むことになる。女性記者の場合、それを避けていれば、より深い取材ができないのも事実で、セクハラが起きやすい仕事環境に晒されているという構造的な問題もある。
女性記者の告発を周囲や社会がどう受け止めるか、私たちも問われている。
(文・竹下郁子)