副業解禁に踏み切る企業が増える中、「副業を始めてみたい」と考える読者も多いのでは。
しかし、「副業に時間を割かれることで、本業に支障をきたすのではないか」と不安視する人や、そのことに懸念を示す企業が多いのもまた事実。
世間では「新しい働き方」とパラレルキャリアに光が当たっているものの、本音としては、副業でキャリアが拓けてくる可能性や本業との両立に懐疑的な思いを抱いている人が多いのではないでしょうか。
サイボウズは2017年1月、「複業採用」と称し、本業がある個人を柔軟な契約形態や働き方で採用する取り組みを発表しました。そこで採用されたのが、新潟県を拠点にセミナーや講演・執筆活動をしながら、NPO法人を運営している竹内義晴さんです。
竹内さんは、すでに個人として確固たるキャリアを築きながらも、複業採用され、「チーム」で働くことからこそ得られる学びや醍醐味を思い出したと言います。副業が個人のキャリアにもたらすものとは何か —— 。
今回は、採用側であるサイボウズ、コーポレートブランディング部長の大槻幸夫さんを交え、探っていきます。
複業採用で新潟から通う、サイボウズの竹内義晴さん(左)と、同社コーポレートブランディング部長、大槻幸夫さん。
「企業理念への強い共感」が複業の動機
——竹内さんはサイボウズの「複業採用」になぜ応募されたのですか。
竹内 特に「副業しよう」という思いはなかったのですが、サイボウズが「複業採用」というのを始めたのを知って、単純に面白そうだと思ったんですよね。募集要項に書かれていた「チームワークあふれる社会を創る」という理念にも共感できたし、フルタイムでなくても「これまで培ってきた経験や専門スキルを活かせる」というのもしっくりきた。
「申し込まない理由はない」という感じでした。私自身、「楽しく働く人を増やしたい」という一心で、NPO法人では職場のコミュニケーションや、ストレスを抱えている人の課題を解決するために活動しています。表現の違いこそあれ、そのビジョンや目指している方向性は非常に近いと感じたんです。
——竹内さんご自身のご経歴が非常に興味深いです。ファーストキャリアは日産自動車だとか。NPO法人を立ち上げ、ビジネスコーチやカウンセラーとして活動しながら、ライターとしても著作多数と、まさに「最大限にパラレルキャリアを実行している」ようにお見受けします。
竹内 結果的に、という感じなんですけどね。日産でエンジニアとして働いた後、新潟に帰郷してプログラマー・システムエンジニアに転身しました。それから管理職をまかされたものの、なかなかチームをまとめられなくて、コーチングやNLPというコミュニケーション心理学を学んだのです。リーマンショックと前後するタイミングでビジネスコーチとして独立して、2010年にNPO法人を立ち上げました。
何か明確な意図を持ってキャリアを選んできたというよりは、その時々の課題を解決するために悩んで、選択してきた末に今がある、という。ただ、会社の仕組みや論理で自分の人生をコントロールされたくなかったというか、自分自身で生計を立てられるような力を身につけなくてはということは意識していました。
——サイボウズが「複業採用」を始めたねらいは?
大槻 当社では2012年から社員の複業を認めてきたのですが、彼らがもたらす人とのつながりや知見に可能性を感じてきました。新たな学びや発見をもたらしてくれるような、多様な人材と出会えたら、ということで今回の採用を発表しましたが、多くの応募をいただき、反響は大きかったと思います。結果的には、竹内さんともう一人エンジニアの計2名を採用しました。
——複業社員として、サイボウズではどのように働いていらっしゃるのですか。
竹内 今は新潟の妙高高原駅から、週に2日、水曜日と木曜日に出勤して、チームワークに関する研修やオウンドメディアの『サイボウズ式』の執筆などを行っています。私たちはグループウェアを提供していますが、そのツールはいいチームが使うからこそ活きるわけです。サイボウズが現在のように働きやすい会社になるまでに培ってきたノウハウを、私自身のノウハウと照らし合わせながら体系づけ、社外向けの研修として展開できるように進めています。
大槻 竹内さんがこれまで取り組んできた職場作りやコミュニケーションに関する研修やコーチング、カウンセリングという仕事は、「チームワークあふれる社会を創る」というサイボウズのビジョンとの親和性も高いんですよね。
当社にはチームワークに関する知見があるものの、それを人に伝えるスキルを持った社員はあまりいませんでした。ですから、竹内さんの豊富な経験に基づいた仕事が、目に見えて相乗効果を生んでいると感じます。それに、ITmediaでの連載を始め、多くの執筆仕事も経験されていますから、サイボウズ式でぜひ書いてもらいたいなとも考えていました。
——竹内さんを採用した決め手はなんだったのですか。
大槻 執筆仕事もそうですが、これまで取り組んできたことが実績としてあって、強みが明確ですよね。すぐに「サイボウズではこんな仕事をしてもらおう」とイメージできる。それに、われわれはチームワークを重視していることもあって、竹内さんの穏やかな人柄は、会社の雰囲気とのマッチングも高いなと感じました。
複業だからこそ得られる成長、チームへの貢献
——サイボウズでの仕事を始めてみて、率直に感想はいかがですか。
竹内 すでにあるサイボウズというチームに、複業する個人として混じることでいい意味での「違和感」に気づけている感じがあるんですよね。
例えば、私自身のセオリーなら「こういう場面では対面で話すべき」といったことも、サイボウズでは普通にオンラインの会話で済ませてしまうこともある。リモートワークが前提となった働き方が浸透しているので、独自のノウハウが形成されているんですよね。
「え、隣に座っている人に仕事の質問をするなら、直接聞いてしまったほうが早いのに、それもオンラインでやりとりするの?」と戸惑うこともありました(笑)
つまり、今まで私が培ってきた経験は前提としてあるのですが、そこにサイボウズにある知見や考え方を加えると、「確かに、そういう見方もあるな」とあらためて考えさせられて、融合することがあるんです。
大槻 サイボウズではそれが当たり前になっているので、指摘されることさえ新鮮なんですよね。そういった部分は竹内さんが歩み寄って、溶け込んでいただいたと思います。
竹内 逆に、サイボウズの中で表現されてきたことに私の表現を載せることで、サイボウズのノウハウがブラッシュアップされていく部分もありますね。「大事なのはこういうことだよね」というのを、別の角度から裏づけられるというか。
大槻 例えばチームワークの研修で、僕らはよくプロスポーツのチームやアスリートのエピソードを参考として説明していたんですけど、「いや、これはそのままサイボウズの事例やエピソードで説明したらいいんじゃないかな」って指摘されて、目から鱗でしたね。伝える順序や、本来伝えるべきことにフォーカスする手法など、細かいところから教えてもらっています。
竹内 こういう違和感に気づいて、関わりあって、融合することって、個人で働いているだけではどうしても限界があって。チームで働くからこその成長の機会というか、それも複業の良さだと実感しています。
——複業に取り組んでいて、難しさを感じる場面はありませんか。
竹内 難しさというか、自分の中での課題ではありますが、「もっと仕事したい」という欲求は出てきますよね。会社としては「ぜひ」となるんでしょうけど(笑)
大槻 それは確かに、ありがたいですね。当社の場合、働く時間と場所の2軸で切り分けた9種類の働き方を選択できるようになっていて、竹内さんは時間が週2日、場所はかぎりなくリモート寄りですから、どうバランスをとるかは本人に委ねている状態です。
竹内 それで言うと、オフィスから離れている時間は自分の裁量で決める部分ですが、そこで誰かに指示されたり、止められたりするわけではありませんから、サイボウズの仕事をすることもあります。そこの配分は、自己管理しなくてはならないなと考えています。
——先ほど、竹内さんは複業採用へ応募した理由を「面白そうだから」とお話されていましたが、実際に入社してみていかがですか。
竹内 今まで経験したことのなかった文化に触れられた実感があります。単純に、会議などで自由に発言が生まれるような雰囲気で、人と人との関わりとしての楽しさもありますが、これまでの常識を覆されるような楽しさ、というか。
例えば、私はコーポレートブランディング部に所属して、広報的な仕事をしていますが、これまでもNPO法人で広報的なことはやってきたつもりなんです。けれども「広報のあるべき姿って、こういうことなんだな」と今、肌で感じていて。
「あるべき姿」というのを言葉にするのは難しいけれど、あえてするなら、自分たちが社会に対して「このままでいいのだろうか」と疑問や課題を抱いていることを、どう表現して問いかけるか、ということをやっている。
読者としては接していたけど、「サイボウズ式ではサイボウズの宣伝をしない」というのは、本当なんだな、と。普通ならもっと直接的に宣伝しますよね。けれども自分たちの中に確たるものがあるからこそ、そういうことができるんだ、と実感しています。
個人でありながら「会社員のメリット」を享受
——これだけ複業が取り沙汰される中で、「自分でもやってみたい」と考える人も増えてきたと思います。けれどもその大多数は、「面白そう」というよりは、「金銭的なものを求めて」という感じですよね。
竹内 おそらくそれが「複業」と「副業」の違いなのでしょうね。それに加えて、会社のビジョンにどれだけ共感しているか、ということだと思います。
大槻 選考の際にはやはり意識レベルで「複業」か「副業」なのか、という部分では、前者でないと、というのはありました。
竹内 「面白そう」というのは確かに動機だったのですが、言い方としては少し軽かったかもしれませんね。その中には、純粋な興味だけでなく、成長への期待感や「貢献できそうだ」という思いが含まれているようなニュアンスです。私自身にとってはとても合っていて、働きやすい職場なんですよね。
けれどもおそらく、自律的に働けない人にとっては、とてもつらい職場だと思います。その「自律的」というのを、社員の皆さんが意図して行動しているというよりは、それがあくまで日常的な業務の進め方になっていて、それぞれが自律して働く、というのが文化としてある気がします。
大槻 「自律的」に関して、複業採用へ反響をいただく中で印象的だったのは、「『クライアントから緊急の用件があるので、サイボウズは休みます』というのは道理に反するのではないか。うまくいくはずがない」というコメントでした。
社長の青野にぶつけたところ、「例えば子育て中の社員で『子どもが熱を出したので、アポイントメントをリスケする』というのは起こり得ること。生きているかぎり、誰しもプライベートを抱えているのは当たり前で、ある意味、誰しも複業しながら働いているんだ」と。
つまりそのクライアントと「リスケしてもいいような関係性」を築くことが重要なわけで、その理由が育児でも介護でも複業でも変わらないですよね。
実際、当社はそういった背景を抱えている多様な社員がいるため、日々の会話や振る舞い、価値観にその文化が染みついているんです。「これをやれ」という指示ではなく、ゴールを示して、そこにたどり着く方法を自ら考える。それは、何か特定の制度や事業など、外形的に見えるものではありません。
——「自律的に働く」ということが当たり前のように文化として、個人にも会社にも息づいている。それは、なかなか一朝一夕でできることではありませんが、どんなことを手掛かりに始めればいいでしょうか。
竹内 私自身の出発点は、「将来どうなるか分からないけど、どんな状況でも楽しく生きられるようにしよう」という思いが根底にあった気がします。人生100年時代を提唱する『LIFE SHIFT』の世界が現実になって、会社も社会保障もどうなるか分からない中で、「自分はどう生きたいのか」を考えること。
そうすると、答えは人それぞれかもしれないけど、少しでも違和感を覚えたら違うところへ行ってみたり、新たなスキルを身につけたり、今までと同じ価値観でないところに飛び込んでみる。今の環境を継続したところで、同じような未来は約束されていませんからね。
大槻 サイボウズに慣れすぎて逆に分からなくなっているのかもしれませんが、竹内さんの場合も、時間と場所がかぎられている以外は、普通の中途転職と変わらないと思うんですよね。オフィス以外で働くことをどれだけ許容できるか、明確なアウトプットがなくても納得感を得られるような働き方を許容できるか。それがすべてだと思うんです。
ただ、それを踏まえてあえて挙げるとすれば、お互いへの信頼感、嘘をつかず、公明正大で、共感し合えるような価値観を、社員全員が共有していることが前提となります。よく、リモートワークの場合、成果で社員を管理するのか、という話になるけど、例えばマーケティングの仕事なら、1日の成果では見えにくいじゃないですか。1カ月かけてようやく一つの企画が仕上がったり、「今日は丸1日一人でブレストしてました」ということだってあり得る。
竹内 リモートだからこそ、何かちゃんと見せなくては、という意識は芽生えますよね。オンラインで何か書いてみる、とか。ただ、極端な話、単なる成果物やスキルだけなら、業務委託でもいいはずなんです。けれどもそれでは補えない部分が大いにあって、それは社員同士のコミュニティにいる感覚というか、お互いの信頼感があって、「仲間に入れてもらえた」感じがする。
しばらく個人で仕事をしてきたから、なおさらそう思うのかもしれないけど、あらためて、チームってすごいな、と思うんです。
自分の苦手なことでも折り合えたり、手伝ってもらえたりするし、なかなかアイデアが思い浮かばないときでも「あ、みんなとブレストすればいいのか」って。個人として仕事をしながら、会社としてのブランド力やチーム力を活用できるのは、複業だからこそだと思います。
[取材・文] 大矢幸世、岡徳之 [撮影] 伊藤圭v
"未来を変える"プロジェクトから転載(2017年7月13日公開の記事)
竹内義晴:サイボウズ株式会社コーポレートブランディング部。1971年新潟県妙高市出身。大手自動車メーカー、ソフトウェア開発エンジニア、同管理職を経て、コミュニケーション力の必要性を痛感。コミュニケーション心理学やコーチングを学ぶ。2010年NPO法人しごとのみらい設立。地元新潟を拠点に首都圏でもビジネスコーチやカウンセラーとして職場作りやコミュニケーションのセミナーやカウンセリングなどを行う。ライターとしても著書多数。2017年1月からサイボウズ株式会社で複業を開始。
大槻幸夫:サイボウズ株式会社コーポレートブランディング部長。大学卒業後、知人とともに株式会社レスキューナウ・ドット・ネットを創業。プロダクト企画と営業を主に担当。2005年にサイボウズ株式会社に転職。以来、マーケティングに従事。2010年ソーシャルコミュニケーション部長就任。2012年5月、オウンドメディア『サイボウズ式』のスタートと共に編集長を務める。2015年より現職。