地方の大学生は就活のために今の時期に何度も上京する。就活の金銭的、時間的な負担は地方の学生にとって非常に重い。福岡からも日帰りで東京、交通費は高速バスで節約。早朝に東京に着いて、体も心も疲れ果てたまま、面接に向かう。
そんな中、首都圏のシェアハウスに住み、マッチングサービスで“OB訪問”をする賢い上京就活生がいる。最近は上京生就活生向けの無料のシェアハウスも登場した。
無料の就活シェアハウスに住む学生らと、企業が懇談する交流会。
中国地方の国立大学に通う女子学生(21)は首都圏での就職を希望し、3月から1カ月半ほど、都内のシェアハウスに住んでいる。ホテルに連泊をすれば、10万円を超える。カプセルホテルやネットカフェを利用しても意外と高くつく。
「友人はウィークリーマンションに住んで、10日間で10万円です。10日連泊で空いているのがすごいくらいです」と女子学生。今のシェアハウスは1泊2000円と安価だ。
シェアハウスは友人や先輩から聞いて拠点に選んだ。就活は説明会の予定や空きが直前に決まることが多い。選考の進行具合も読めない。スケジュールを組みにくい就活生にとって、長期かつ安価で住めるシェアハウスは相性がいい。
就活が本格化する前のインターンのときは、深夜のバスで東京まで日帰りしたこともあった。午後8時に出て、早朝に到着。
「疲れた体でインターンが始まりました」
女子学生は、就活費用はバイト代と親の援助でまかなっている。シェアハウスは比較的安いとはいえ、それでも1か月以上滞在すると10万円近くになる。
ディスコのキャリタスリサーチによると、地方学生の就活費用は、関東の学生と5万円以上の開きがある。就活費用の全国平均は14万3943円。交通費・宿泊費の全国平均は7万4935円。地域別でみると、北海道、九州・沖縄が13万円台でトップ、中国・四国は約12万円、東北が約11万円と続いた。一方、関東は4万8378円と、地方とは5万円以上も違う。
無料シェアハウス、入居学生の条件は
関東と地方の就活格差は小さくない。
出典:ディスコのキャリタスリサーチ
就活での「宿泊費」を解決しようと、2017年秋にオープンしたのが、就活生向けの無料のシェアハウス。就活ベンチャー「ナイモノ」が運営する。シェアハウスは都内に4棟、計55室の個室を完備。家具は備え付け。
学生は2000人が登録、地方の難関私大、国立大の学生が中心だ。協賛企業は約100社。
ナイモノでは毎週2回夜に、協賛企業数社と入居する学生らの交流会がある。学生は、この交流会や協賛企業の中の説明会に計3回行くことで、1チケット(1週間分のシェアハウスの無料滞在)を得られる。滞在はチケット枚数に応じて決まり、1週間から3週間。
運用費用は、企業の協賛金でまかなう。協賛企業は、ネットベンチャーやコンサル、不動産など「成長企業」が中心だが、それでも地方に支社がなければ、少ない人員で何度も地方に採用活動に行けない。そういう企業に重宝されている。このため、大企業だけを志望する学生の入居はなるべく避けている。
参加企業は成長企業だ。
出典:ナイモノ
4月中旬の夜の交流会に参加した企業にその思いを聞くと、
「地方になかなか行けず、地方の学生と交流する機会がなかった。(売り手市場の中で)採用の母集団を広げたい」
「ベンチャーの情報が地方に届きにくい。わざわざ上京してくる学生さんは、ちゃんと考えて受けてきてくれる」
意識の高い地方学生を採用したいという。
ナイモノの霜田孝太社長(34)はこの無料シェアハウスを企画した意図を「広告を可能な限りゼロにしたい」と語る。
「売り手市場になると、就活メディアの広告単価は高くなる。企業は高い広告を払うぐらいなら、(地方から上京する)学生の宿泊、交通費、食費に回した方がいい」
OB訪問はマッチングサービス
無料で上京就活生が住むことができるシェアハウス。
出典:ナイモノ
ナイモノでは2019年からは自社のシェアハウスの利用者を将来はOBとして、全国各地の学生に対して上京しての就活の仕方、企業選びのポイントを説明することも考えている。
中部地方から上京し、シェアハウスに入居する男子学生は「OB訪問はしたくでもできない」と話し、地方の学生にとっては社会人とのつながりを持つことも課題のようだ。
そんな中、前出の中国地方の女子大生は、就活用マッチングサービス「Matcher」(マッチャー)を使い、“OB訪問”をしている。マッチャーは2016年2月サービス開始、社会人7000人(4000社弱相当)、学生は4万人が登録する。
社会人や内定者が個人で無料登録し、業界の情報や就活のスキルを提供し、代わりに「自社のfacebookページに『いいね』をください」や「自社サービスへの意見をください」という提案をする。学生も企業のニーズに答えることで無料で、志望企業や内定者の話を聞くことができる。運営費は、学生のデーターベースを契約企業にスカウトなどに役立ててほしいと提供し、費用を得ている。
社会人らが就活生向けにサービスを提供するマッチャーのサイト。
出典:Matcher
社会人は個人で登録する場合が多いが、会社としてリファラル採用(社員の推薦による選考)を強化しようと、企業で取り入れているところもある。ある1社は、マッチャー経由で20人を採用したという。
利用する社会人の所在地が関東のため、学生も関東の学生が69パーセントを占めるが、それ以外は地方の学生だ。
マッチャーを設立したのは、東洋大学出身の西川晃平社長(25)。学生時代にノートに企業の広告欄を作り、学生に無料で配布するビジネスをしていた。その時の社会人とのつながりで、学生時代から100人規模の学生と社会人のマッチングイベントを開き、OB訪問のニーズを感じていた。大学にあるOBの名簿は紙ベースで更新されず、ネット化の必要性も感じていた。
サービスを利用した前出の女子大生は、大学の先輩や知人らのほとんどが大学のある地元や自分の出身地、関西で就職。OB訪問をできる相手が少なく、バナー広告でマッチャーを知って利用した。女子大生と会ったPR会社の男性は、社内のリファラル経費を使って、「カレーを一緒に食べませんか」と誘い、就活生との接点を持った。
女子大生は、「広告など志望業界のほかにも、コンサル業界の人にも会った。異文化交流みたいな感覚。社会人になると、他業界の人に会うことがないから」とも話していた。
売り手市場で採用に苦労する企業は、上京就活生に期待する。
「御社の選考はいつ終わりますか」
シェアハウスを立ち上げた横浜市出身の霜田社長は、前職で面接・説明会代行の仕事をしているときに、地方の学生から面接の冒頭で言われた言葉が忘れられない。その学生は経済的、家族の事情で、「私は東京に2週間しかいられない」と。
大切な進路選択の時に、距離のハンディがなくなるサービスが次々と出てきている。
(文、撮影・木許はるみ)